ハリセンの話
「少し前から思ってたんだけどそれなんなの?」
ある穏やかな昼下がりにミリナが俺のハリセンを指差して言った。
「何って……ハリセンだけど」
「それはわかってるわよ! じゃーなーくーて、なんでそんなもの携帯してるのよ?」
確かに他の貴族はハリセンなんて携帯しない。というかこんなもの作らない。
「最初はエリシアの教育用だったんだよ」
「え」
「昔はかなりのわがままだったからね。 口で言っても聞かないから時には叩いて聞かせるしかなかったんだ」
俺も精神年齢下がってたしなぁ。他に方法が思い付かなかったのだ。
だけども流石に殴ったりするのは可哀想だと思い作ったのがこのハリセンであった。
「それから数年間使う機会に事欠かなかったからね。 いつでも使えるように持ち歩いてたんだ」
その結果持ち歩くのが癖のようなものになってしまったというわけだ。あ、ちゃんと普段は服の中に隠してるよ?流石に帯剣ならぬ帯ハリセンをできるほど俺の心は強くない。
「いや、わかったけど……なんでハリセンをチョイス?」
「こいつは叩かれると衝撃は強いけどあんまり痛くないからね。 ちょうど良かったんだよ」
「そ、そういうものなの?」
そういうものなのだ。実際実用化にあたっては自分自身でテストを重ねたので信頼性はバッチリである。
「当時自画自賛しすぎて思わず特許取っちゃったし」
「特許!? わざわざ!? というか取れたの!? 需要はどこなの!?」
「あるぞ。 主に教育熱心な人たちに。 あとは最近では大道芸人たちが買うみたい。 相手を叩いた時に痛くなくて大きな音が出るからって大人気さ」
「巡りめぐって原点回帰してるわよ!?」
生まれが違えど行き着く先は同じか……ハリセンのことじゃなかったら深い話になったのだろうか?
というかそんなにハリセンを見つめてどうしたのか。別に特殊な仕掛けがあるとか謎の素材が使われているとかないよ?
「……そのハリセンで私のこと叩いてみてくれない?」
突然の被虐宣言にさしもの俺も戦慄する。穏やかな昼下がりに何を言ってるんだこの人。
「どうしたの突然。 アレな趣味なのなの?」
「前世でもハリセンで叩かれる機会なかったしどんなものか気になったのよ。 あとそういう趣味はないわよ!」
たしかに普段の生活の中では叩かれないな。それでも昔はチャンバラごっこの時に新聞紙ブレードの代わりにハリセンを使ったりしたものだけど女の子だと違うのかな?いやそもそもチャンバラやらんか女子。
とか思ってたらハリセンを持った腕を持ち上げられた。そしてミリナ自身は目を閉じて頭を差し出してくる。
「さ、いいわよ」
なにが?と、言えるほど俺は鈍感じゃない。俺の同意を得ずに既に待機し始めたし状況的証拠はフルコンプだ。
というかノリノリじゃないですか。やる気というかやられる気まんまんですね。
どこかワクワクしながら頭を差し出すミリナと静かにハリセンを振り上げている俺。なんだこの図。
このまま止まっていてもしかたないので促されるままにミリナの頭をハリセンでスパーンと叩く。もちろん音が悪くならない程度に手加減はしている。
流石に女の子相手に思いっきりやるのはね……え?エリシアに手加減?してないけど。
「わ、ほんとだ。 そこまで痛くない」
「だから言ったろうに」
とりあえず満足したらしい。もう一度とか言われてたら逃げてた。……いやこの場に留まったら変なテンションでまたなにかやらされるかもしれない。
これ以上変なことに付き合わされたらたまらん。逃げよう。
妙に足早で去っていくアルフォンスを見送ったミリナはふと視線を感じた。
おそるおそる振り返ればそこには建物の影からじっとこちらを見つめるエリシアの姿が!
「えっ、こわい」
しかもエリシアの目には光が灯っていない。さらに瞬きすらしないというおまけ付きだ。その光景にミリナの背には悪寒が走りっぱなしである。
「お兄さまに叩かれるのはわたくしの特権でしたのに……!」
「ええ……なんだかよくわからないけどちょっとした好奇心でとてつもない恨みを買ったことだけはわかる!」
「どうしようもなく胸が苦しくて燃えてしまいそう……! これが嫉妬ですの……?」
「嫉妬の狂い方おかしくない!?」
その後、ミリナがエリシアの誤解を解くのに二時間かかった。
おまけなので大体こんなノリで短いです。
多くても十話いくかいかないかになると思う。