05 勇者の虚像
「俺たちは田舎者だった事もあって、人に慣れてなくて…あいつが『勇者』に選ばれたときも全力で逃げようとしてたよ…『勇者』が嫌だった訳じゃなく、ただ恥ずかしいと言う理由だけで…」
長い…長い話になる。
皆に楽な体勢にしてもらい俺は、話を続けた。
―あの時は大変だった…。思い出しても笑ってしまう。
恥ずかしくて人前なんて立てない 勇者を無理やり引きずりだして俺まで一緒に旅をすることになった。
勇者は人前ではちゃんと『勇者』していたのが救いだったな…。
折角、町についたのに野宿することになった時はさすがに参った。
顔を青ざめてすごい形相で俺に訴えてくるんだぞ…。
あの時野宿しなかったら命を絶つんじゃないかって勢いで…仕方なしに野宿して勇者を落ち着かせた。
『勇者』に選ばれた時から絵姿が回るのがはやくて、何処へいっても注目されてたから 勇者にとっちゃ死活問題だったのかもしれない。
信じられない？…あぁ…『聖女』さまとお会いした時には大分マシになった頃だったから知らないのは当たり前か…『勇者』である事で…期待が重かったとか酷い事を言われたとかなかった訳じゃありませんが残念ながら 勇者はまったくそんな事気にした事はない。
むしろ『勇者』である事は 勇者にとって夢でもあったから、本当に努力を惜しまなかった。
『勇者』の虚像をずっと追いかけて、誰の前にたっても 恥ずかしくない『勇者』になれる様に。
『勇者』の虚像を盾に『勇者』は、人前でも何とか平気になった。
それでも、人前には慣れなかった。勇者は…
『自分でも、『勇者』として十分やっている事は分かっているだ。
それでも出来ない事や多すぎて『勇者』を名乗っている事が恥ずかしい…。
そんな高慢な考えをもって恥ずかしいなんて思っている自分がもっと恥ずかしい…。
『勇者』なんて必要ないほうがいい。
『勇者』がいない世界こそが幸せな世界なのだから。
『勇者』だと慕われる事 俺はそれがとって嬉しくて、こんなにも恥ずかしいんだ…』
『勇者』（しんゆう）は苦笑しながら俺に語った事があった。
あの時の表情は…諦めている訳でも悲観してる訳でもない、ただ前を向いている親友の本当の顔だった。
そんな時『勇者』が『聖女』と出逢った。
『聖女』の存在は、『勇者』にまた違う感情を与えたんだ。
『勇者』として虚像としての友でなく 愛することを知った『勇者』の今までとは違う羞恥。
見てるこっちのほうが恥ずかしくなるぐらい二人の気持ちは惹かれあっていた。
『勇者』の青ざめていた顔色は、耳まで真っ赤で良く仲間内でからかっていた。
もう勇者の虚像という呪いは薄れていくように思えた…。
『勇者』として『魔王』を倒せば終わりだと…勇者は開放されるって思っていたんだ…。
『聖女』の存在意味…『魔王』との死闘…『聖女』の死…
それは語り継がれている通りだ。俺たちは無力だった。本当に無力だった。
『勇者』は最後まで『聖女』を引き止めた。何か他に方法があるはずだと。
それも時間が許さなかった。『聖女』の身体が『魔王』に耐えられなかった。
何千…何万人の命と引き換えにしてきた『魔王』との戦いを無駄には出来なかった。
『聖女』がこの世界から消えた後 『勇者』であったアイツは…
『もう…俺は『勇者』なんて名乗れないな。愛する人を守れなくて何が『勇者』だ…。
今、俺は後悔しているんだ…。世界なんかより 聖女に生きてほしかった。
軽蔑するだろう…？『聖女』が守った世界を…『勇者』がいらないなんて…。
あぁ…なんて情けない…なんて…
何で…俺が『勇者』だったんだ…。幸せに…幸せになってほしかったんだ。
守れなかった…守ってやれなかったんだ…。
恥ずかしいよ…俺は…恥ずかしい…』
それから 勇者は『勇者』として人々の前に出る事はなかった。
それでもこの世界の人々は『勇者』を必要だった。
『魔王』の存在は消えても、世界はもうギリギリの状態で、世界には、希望が欲しかったんだ。
『勇者』と言う希望の存在が…。
…まぁ…簡単にいっちゃ…娯楽が足りなかったんだな。
何かを楽しむ余裕がなかったんだ。明日が見えてなかった。
『勇者』の姿こそが彼らの希望…それなら、俺が語ろう…。俺が語って、語って語りつくしてやろう。
勇者が見たもの
勇者が聞いたもの
勇者がふれたもの
どれだけ、勇敢で どこまでも 優しくて 嘘みたいに かっこいい『勇者』の虚像を！
勇者が恥ずかしくて出られなくなるぐらい
勇者が恥ずかしくないように…
それが、『吟遊詩人』の道を選んだきっかけになった。
もともと『勇者』の仲間だといっても殆ど戦力になってはいなかった俺でしたから、これで少しは『勇者』の力になれると俺は、『勇者』を残して旅に出ました。
勇者を一人残していくのは心残りでしたが…
まさか、『賢者』に無理難題を吹っかけてたなんて…。
――――――――――――
「っと言うわけで、アイツの事は気にしないで下さい」
『えっ』っと一同 何を言っているのか分からないと言う顔で俺を見ている。
俺の目は据わっているだろう。主にアイツのせいで。
「気にするなったって…僕たちがアイツにしてきた事って…」
「彼女の行動を…信じてやれなかった…」
『魔法使い』と『戦士』が力なくうなだれる。
「アイツの手のひらの上で転がされただけだ。アイツの演技力が完璧だった。『勇者』の虚像を演じてきたアイツに勝てるなんて思ってないだろう？」
そう、アイツがそう仕向けたんだ。こうなる事が分かっていて。
こいつらだったら簡単に騙せただろうな。まったく…純粋な若者を傷つけてどうする。
…段々とイライラしてくる。
「俺は、あいつから『勇者』と言う立場を奪って…」
「先ほども言いましたが、アイツは極度の恥ずかしがりやです。
俺を見てください。『昔』はのっぽのガリで今の体形と全く違います。これは予想ですが、貴方が『勇者』をやらなかったら、アイツに俺が『勇者』にさせられてましたね。
アイツが言っていた『勇者』の理想の体形に近いですから…。アイツの計画の為にこの体形になったんだと思ったらしっくりきます。想定外の事に貴方が『勇者』になった。俺もアイツも貴方に助けられたんですよ」
まくし立てる様に話す俺に、皆は唖然としている。
イライラはダメだな。どうしても、早口になってしまう。
本当に助かった…。この体形に違和感を感じていたのもアイツのせいだったのかと、怒りもあるが…。
「それでも…俺は…」
「貴方は…『勇者』って言うものは気分がいいものでしたか？むしろ『勇者』を名乗る事のほうがリスクが高い。命だって簡単に狙われる。魔物からも、時には信じていた人からも…。貴方は、そんな状況からアイツを身を挺して守っていただけだ。あんな思いを…アイツは二度としたくなかったはずだから…。
アイツの代わりに感謝を…。…本当にありがとうございました…」
俺が頭を下げると あわてる声と体勢を戻そうと肩に置かれる手。
この人は優しい人だ…。そして…とても『勇者』の虚像に近い人。
…分かってるのか！こんなにいい人さえも騙したんだぞ！
アイツに悪態をつきつつ、俺は頭を上げる。
『聖女』さまに目を向けると 彼女はもう話す言葉はないかのように憔悴していた。
彼女もアイツに騙されて…
ち…がう。ちがう。違う…違う…違う！！
アイツは、騙すつもりはなかった！俺が間違えなければ、何も変わらなかった！
ただ、本当に恥ずかしかっただけだったんだ。
アイツが本当に望んでいた事…恥ずかしがりやのアイツがしたかった事は…
「『聖女』さま幸せになってください」
「…幸せ…？」
「幸せに！幸せになって、アイツが笑えるように…。アイツが、望んだように」
はにかむアイツの顔が浮かんでは消える。 『聖女』（かのじょ）がアイツの与えた思い。
「…でも、『勇者』さまは…」
「『勇者』だから、『勇者』だと思ったから、彼を愛したのですか？」
「違います！」
「そうですよね。『勇者』だったからアイツを愛していた訳じゃない」
はっとした顔で、『聖女』さまは俺を見つめる。その目には涙があふれていくがそれを拭うのは俺の役目じゃない。
もちろん…ここにいないアイツでもない。
これから彼女を幸せにする彼が『聖女』さまの涙を拭い、俺はその姿に安堵する。
…きっと、この二人は幸せになる。
…幸せになってもらわないと困る。
完全なハッピーエンドじゃなくても二人の愛を信じたい。
誰かの犠牲から成り立つ幸せでは幸せになれないのだとしたら、この世界の人々は一生幸せにはなれない事になる。
誰かの犠牲はきっと知らないうちに起こっていて きっと俺たちはその上で幸せを掴んできたのだから。
「実は、本業にもどろうと思いまして…」
自然と出た笑みと言葉。
えっ？っと向けられる視線。
俺は、アイツの為に又、『吟遊詩人』の道を選ぶ。
今回の『勇者』さまは、俺に感づかれないように徹底して俺と関わってこなかった。
彼らを偽り世界を救った。
ごめん…ごめんな…。俺が、この幸せを崩しそうになったのに 責任をアイツにばかり押し付けた。
分かってはいるつもりだ。これが最良の終わりだったってことを…。
偽りの『勇者』の姿こそが彼ら知っている『勇者』の虚像
…それなら、俺がその偽りさえも語ろう…。俺が語って、語って語りつくしてやろう。
勇者が見たもの
勇者が聞いたもの
勇者がふれたもの
どれだけ、勇敢で どこまでも 優しくて 嘘みたいに かっこいい『勇者』の虚像を！
勇者が恥ずかしくて、俺に怒鳴り込んでくるぐらい
勇者が恥ずかしくないように 頑張る俺の為に
「聞きたいことがあるんです。今回の『勇者』は…」
―俺にまで 恥ずかしがって出てこなかった薄情な『勇者』さまの話を…
たぶん全く変わってないアイツの話を聞かせてほしいんだ―
