03 『記憶』の語り部
『勇者』さまと『聖女』さまは、結婚して幸せになりました。
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「皆さんお久しぶりです」
俺は、久しぶりに会った『勇者』さまご一行に敬意の姿勢をとる。
すると何処からか笑い出し俺も噴出してしまった。まったく似合わない事をするんじゃなかった。
「君がそんな姿勢をとるなんて、似合わなすぎるよ」
最年少の『魔法使い』が、笑いながら俺に向かっていった。年下のくせに生意気な。
「『勇者』さま『聖女』さま。ご結婚おめでとうございます」
「あっ無視するな!」
「これはこれは『魔法使い』さま。あれぇ~何だか縮みました?」
「人が気にしてる事を~!」
俺に突っかかってくる『魔法使い』の首根っこを掴んで持ち上げるとジタバタしながらキーキー言うのを眺めてみる。
男としてはもう少し身長がほしかったんだろうなぁ。しかし男は 身長じゃないぞ!たぶん。
周りの目もいつものやり取りを見守っているようだ。『聖女』さまも微笑みながら椅子に座っていた。
「まぁそこまでにしてやってくれ」
苦笑した『勇者』さまが俺にそういったので手を離す。
「いてっ!」
『魔法使い』は俺の足を踏んでいきやがった…!後で覚えてやがれ!
「ところで、傷のほうはもういいのか?」
『勇者』さまは、俺の右腰の辺りを気にするようにみるので、俺は傷口を触りながら安心させるようにニッっと笑う。
「えぇもう旅が出来るぐらいに復活してます!『魔法』が消える前で本当によかった」
「そうだな…回復の『魔法』が消えてしまったのは残念だ」
『魔王』を倒して3ヶ月後、急に魔物の存在が最初からいなかったかのように消え、それと同じく『魔法』も使えなくなった。
俺は、『勇者』さまご一行の一人だった。『魔王』の城直前に魔物に致命傷をくらい戦線離脱してしまった。
折角 『勇者』さまと『魔王』の戦いを間近で見られるチャンスだったのに…!まぁシャレにならないぐらいは危なかったらしいので、命があるだけありがたい。『魔王』を倒してすぐに『魔法』が使えなくなったら危なかっただろう。
「あぁ!そうです!旅先で見つけて思わず買ってきてしまったので、これを」
俺は、懐から包みを取り出し『勇者』さまに手渡す。
「これは…?」
「リリザの実を乾燥させたものらしいです」
「…すまない。私の村ではリリザの実をよく採れたのだが 私はどうも苦手で…」
「えっ…あぁ…そうでしたか…」
失敗した…。ダメだな…どうしても『昔』と混合してしまう。
俺が包みを受け取ろうとすると、『魔法使い』が包みを横から奪う。
「なにこれ?食べられるの?」
「いいぞ、食べてみろよ」
俺は、この実を食べた反応を見たくて『魔法使い』に進める。
一口食べた『魔法使い』は、始めは目を瞑り 次に眉間に皺がより 最後は舌を出した。
「うわぁ…すっぱいし、苦いし…しかも最後が甘いって…こんなの好きな人いるの?」
「あぁ少数だがいるな。俺の友人は、「人生そのものの味だ!」とか言ってたか」
『昔』は、甘いものが村に少なくてリリザの実は子供のおやつの定番だった。
「村でも、リリザの実を食べるのはアイツだけだったな…。よく食べれるものだと感心したものだ」
「アイツって…?あぁ!『勇者』さまの幼馴染の!そういえば今日はいませんね。どうしたんです?」
その場にいた全員が口を噤んだ。なんだ?聞いてはいけなかった事なのか?
『魔王』の戦いでは彼女も無事に帰ってきたと聞いたが…?
状況が飲めない俺は、周りを見回し誰かが口を開くのを待つ。
そして漸く、『勇者』さまご一行の一人 赤髪の男『戦士』が話し出す。
「彼女には、帰ってもらったんだ…」
「帰るって…彼女には、そんな場所はないんじゃ…」
「『聖女』さまに刃物を向けた犯罪人になるよりはマシだろう」
「ちがいます!」
『戦士』の言葉を『聖女』さまが否定する。いったい何があったんだ?彼女が『聖女』さまに刃物をむけた?
そんな訳ないだろう。『聖女』さまを守り続けたのは彼女だ。自分の命よりも『聖女』さまを守った彼女がそんな事する訳がない。
「何か訳があったんです!何か訳が…!」
「だから嫉妬なのでしょう!『勇者』さまが愛している『聖女』さまを妬んで…」
「ちがいます…ちがう…」
「違わない!ここにいる全員がみているんだ!」
ここにいる全員が目撃していた?何かが俺に引っかかった…。なにか…こう…。
『勇者』さまは取り乱した『聖女』さまの肩を抱きしめる。
「もう…やめよう。その内、きっとヒョッコリ顔を出すさ」
「そうそ!アイツのことだし、お腹が減ったとかいって戻ってくるって!なんか『戦士』って熱くなりすぎる職業だよね~」
「職業は関係ない…。すみません。言葉が過ぎました」
『勇者』さまと『魔法使い』が場を落ち着かせる。
俺は、何か引っかかっているが答えが見えない。
「ところで、今日は聞きたい事があると聞いていたのだが…」
『勇者』さまは、話を変えようと俺に振ってきたのがわかった。色々と聞きたい気がしたのだが、彼女の事は今は地雷にしかならないだろう。
「実は、本業にもどろうと思いまして…」
「本業とは、あの…」
「『吟遊詩人』でしょ?本当、職業間違ってるんじゃないの~?」
俺の腹の筋肉をぽんぽん触りながら『魔法使い』は、胡散臭そうな目で俺をみた。
「確かに貴方と一度手合わせをして見たかった」
「いやいや、本業の『戦士』さまには敵いませんって」
「やってみなければ分からないぞ」
「『勇者』さままで煽らないで下さい」
俺の職業は『吟遊詩人』なのだが、見た目のガタイの良さと目つきの悪さで誰も信じてもらえない。
これでも、その筋では美声で通っているんだぞ!
まぁ、武器にバトルアックス振り回してりゃ勘違いもされるか…。
「まぁ…本業に戻って、『勇者』さまの事を語らせていただきたくてね」
「僕は?僕の事も、かっこよく語ってよ」
「はいはい…。それで、『聖女』さまに聞きたい事があったんだが…」
「私に…ですか?」
『魔法使い』が「また無視かよ~」っと言いながら隣のテーブルにあるお菓子を食べだしている。
すまんね。本業のため無駄話は今は出来ないっての。
立っていた『勇者』さまも近くの椅子に座る。戦士は壁に背を預け聞く体制をとった。
始めから話に入っていない『賢者』もこの部屋にいるのだが微動だにしていないので忘れそうになる。
ご老体…死んでないよな…。
「『封印』の事を聞かせていただければと」
「『封印』ですか?」
「あぁ『聖女』さまには 前の『聖女』さまの記憶があると聞いてます。前回の『封印』について…あれはどんな風に封印を?」
「『封印』は、『聖剣』で『魔王』を倒しその『聖剣』に宿った『魔王』の力を『聖女』の体に移すんです」
「移すってどんな風に?」
「お腹に刃を向けて刺すように体に取り込みます」
「何だか痛そうだな…」
『勇者』さまは顔をしかめながら呟いた。そうか…普通は知らないんだな…。
「『聖剣』はけして『聖女』を傷つける事はないんですよ」
「へぇそうなのか…」
「…よく知ってらっしゃいましたね」
『聖女』さまは、意外そうに俺の顔を見る。そりゃあそうだろう。ここにいる『聖女』さま以外の誰もが知らない事なんだから。
俺は少し考えて今まで秘密にしていた事を『聖女』さまに白状する事にした。
「『聖女』さまは、前の『聖女』さまの『記憶』を持っているんですよね?」
『聖女』さまは、静かにうなずく。
「俺にもあるんですよ。一緒にするのは失礼なぐらいの記憶ですが…前の『勇者』の親友って奴の『記憶』が…」
「『勇者』さまの親友といいますと…まさか…」
「はい、そのまさか…です」
『聖女』さまが驚くのも無理はない。『今』の俺と違って大分姿が違う。
どちらかというと、ひょろひょろと背の高い 食べても太らない男だった。
もし『勇者』さまが『記憶』を持っていたとしても気がつかないだろう。
「話は戻しますが…今回は、どうやって『魔王』を『封印』ではなく、『消滅』出来たのかをお聞きしたくて…」
『封印』ではあれば『聖女』は、もうこの世界にはいない。でも、ここに『聖女』は存在している。
『魔法』や『魔物』が消えたという事は『魔王』は『消滅』したと考えていいだろう。
なら、どうやって『魔王』は『消滅』したのか…。
「私にも、よく分からないのです…。『魔王』倒した時、私は『封印』する為に『聖剣』に触れたのですが…」
「何か問題でも…?」
「『聖剣』に『魔王』の気配がなかったのです」
「『魔王』の気配がなかった…?」
「はい。その後は皆様が知っての通りです」
なら、倒した時点で『魔王』消滅した?それなら何故、『魔法』や『魔物』はまだ存在したんだ?
「『魔法』の存在が消えちゃったからさ~。僕も、転職を余儀なくされちゃったしね~」
今まで黙って聞いていた『魔法使い』が、ため息をつきながら話に入る。
そうか…もうこいつも『魔法』が使えないのか…。
「もう『魔物』はいないんだ。『魔法』は用無しだろう?」
「むーそれを言うなら『戦士』だってそうじゃんかー」
「そうだな。その事について、私からも『勇者』さまにお話が…」
「話…?」
『戦士』らしい礼をとって、『勇者』さまに向き合う。
軽く深呼吸をすると何かを決意したように話だした。
「もう『戦士』としての剣は この世界には必要ないと存じます。城を離れて旅に出ようかと」
「それは…いや、そうだな。行くあてはあるのか?」
「…『勇者』の村へ…。彼女にもとに…」
「えっ…彼女って…それは…」
先ほどまで、攻め立てていた奴の所に行こうというのか?『聖女』さまを危険にさらした奴を許さないって事なのだろうか?
一同、彼をどうやって止めようかと考えあぐねいていると、今まで『勇者』さまの目をしっかり見て話していた彼は、目線を下にして何かを呟いた。
今、何だか意外な言葉を聞いた気がするが…。
「すまない…聞こえなかった。もう一度、言って貰えるだろうか?」
『勇者』さまも、何だか動揺している。俺も耳の掃除を考えたぐらいだからな。
しかし彼から出た言葉は、俺に微かに届いていた言葉と寸分違わぬ言葉だった。
「…結婚を申し込もうと思っています」
「「「えーーーーーーーーっ」」」
驚きすぎて、目の前の顔を赤くしている男を凝視する。かなり整った顔立ちに伏せた目の睫毛が影を落としている。男の俺が見てもかっこいいと分かる彼は、女にも不自由していないはずだ。いや、それよりもいつの間にそんな展開になっていたのか…。俺意外も驚いているって言う事は、聞いても誰も知らなかったのだろう。…彼女自体も分かってなかったりは…してないよな…?いきなり求婚されたら驚くぞ…。驚くだろうな…。
「そうか…その…彼女を幸せにしてやってくれ」
いち早く思考を戻した『勇者』さまが驚きつつも彼の肩に手を置く。
「お許しをいただけるなら二人で挨拶に参ります」
「許すも何も、是非彼女と一緒に訪ねてくれ」
「ええ!歓迎しますわ」
『勇者』さまも『聖女』さまも顔を見合わせて微笑みあっている。
「それにしても、いつの間にそんな関係になってたワケ?」
「俺も知らなかった…」
俺が、同意すると「あんたじゃね~」っと馬鹿にするように返される。言いたい事は分かっている。
どうも俺は、彼女に嫌われているのか避けられていた。それはもう徹底的に、話をした事など片手で足りるほど。
その俺が、彼女と彼がそんな関係になっていても分かるはずがないのだ。
「いや…これから、そういう関係になるつもりだ」
「はぁ?これからって!ちょっとイキナリ求婚するわけ?!」
「今までは、『魔王』との戦いがあったからな。それが終わってから話すのが筋だろう?」
今の発言は『勇者』さま達に喧嘩を売っている発言だと気づいているのかこいつ…。
まぁ変に真面目な男だったらしい。
断られる事を想定していないのだろうか?求婚される彼女の事を思うと心配になってくるが…。
「そういう意味じゃないんだけど…いいや…もう、勝手に頑張ってよ」
「あぁ…ありがとう」
呆れ顔の『魔法使い』の言葉に、『戦士』は素直に答える。
噛み合っていない会話に やっと世界は救われたんだ実感する。
これから、皆 幸せになれるんだな…。
『昔』の『記憶』がやっと幸せに埋まる。やっと彼らの幸せを語る事が出来る。
フッっと『勇者』さまの腰の辺りに目がいった…。そして無意識に言葉にしてしまった。
「『聖剣』は『消滅』しなかったんですね」
っと…。




