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01 この美しき風景を独り占め

つたない文章ですが、宜しくお願いします。

山を登っています。崖をよじ登っていると言った方が正解だろうか。

手にはめた手袋がボロボロになってきた。

予備に持ってきた新しい手袋が役にたつようだ。

さすが私!用意周到って所だろうか。結構頑張ってくれた手袋だったので寂しい気もするが、まだ先はある。さっさと付け替えて先に進まないといけない。

太陽が顔を出す前に登り始めたのだが、もう真上にある。もう少しだとは思うが、体力が落ちている分予定よりは遅くなりそうだ。

大丈夫…それも想定して早めに出てきたのだ。


「結婚式ぐらい呼んでくれてもいいのに…冷たいなぁ」

私はこの国の城がある方角を見ながらつぶやく。

今日、『勇者』さまと『聖女』さまがご結婚されるそうだ。

『魔王』を倒した『勇者』さまと、幸せになる『聖女』さまの結婚式だ。

きっと盛大に祝われる事だろう。美味しいものもいっぱいなはずだ。

実は私も『勇者』さまと『聖女』さまと共に『魔王』を倒しに行った一人だったりする。

私は、この山に存在した小さな村で幼い頃育った。

その頃はまだ両親と一緒にいて、幼馴染と山で遊んでいた。

その幸せが崩れたのは、『魔王』という物語で語り継がれていた存在がこの世界に突如現れたからだ。

『勇者』を恐れた『魔王』が『勇者』の意思を継いだ村を襲った。

あっという間に村に魔物が支配し何もかもを焼き払った。

その村での生き残りが、『勇者』と呼ばれる事になる幼馴染と私だけだった。

その日も山で遊んでいて 運よく難を逃れたのだ。

私たちは必死で隣の村まで走って教会に保護してもらった。

あれよあれよと『勇者』に仕立てられた幼馴染とお荷物だった私。

『聖女』さまと出会い、強力な仲間が出来て『魔王』を倒す旅に出た。

私がしていた事といえば『聖女』さまを守る役目だった。その頃には、形見になってしまった短剣で魔物と対峙できる力がついていた。

もともと私は『勇者』さま達と『魔王』を倒しにいくメンバーには入れられてなかったのだが、居場所がなかった私はついていく事にしたのだ。

旅は楽なものじゃなかったが、それなりに楽しい事もあった。

その旅の中『勇者』さまと『聖女』さまの仲も深まっていった。

そんな二人を私は、邪魔しに邪魔しまくった。

『私』の好きな人を奪うのだから、徹底的に『嫉妬』した。

それはもうあの手この手で。それでも二人の仲は崩れなかった。

『魔王』を倒した時には、二人は抱きしめ合い愛を囁いていた。

報告の為 城に戻った時、私は『聖女』さまを呼び出し短剣を突きつけた。

そこに駆けつけた『勇者』さまが『聖女』さまを背に庇い 私に言った。

「刺すなら俺を刺せ。それでお前の気が晴れるなら何度でも刺されてやる」っと。

すぐに他のメンバーも駆けつけ止められた。まぁあんな事言われちゃ、もう刺す気分でもないのだけど…。

私はそのまま城を出て今まで旅をしていたメンバーと別れる事になった。

そりゃあそうだろう。何せ『勇者』さまと『聖女』さまに刃物を向けたんだ。

良く無事に城から出られたもんだ。きっと二人が見逃してくれたのだろう。

その後の城から発表された『魔王』を倒した討伐メンバーに私の名前は入ってなかった。

そんな事どうでも良かったけど、結婚式ぐらいは呼んでほしかったな…。

なんて…無理だろうなぁ~。大切な『聖女』さまだもんなぁ~。


それにしてもいい天気だなぁ…。

きっと神様も祝福しているのだ。『勇者』さまと『聖女』さまの結婚を。

雲ひとつない空を見ながら現実逃避してみた。

よし、休憩時間は終わりだ。早く登ってしまおう。

私は、近くの木を支えにしながら先に進んでいく。下の村から遠くに感じていた鳥の鳴き声が近くで聞こえてくる。

幼い頃は毎日のように聞いていた鳥の鳴き声。懐かしさで立ち止まりそうになるが、もうそんな時間はない。

私が育った村があった場所。その場所を急いで横切る。




それから、何時間ぐらい登ったのだろうか。目的地である場所が視界に入った。

太陽は傾いてはいたが、まだ沈むには早い時間ぐらいだろう。

目的の場所には、崖のほうに体を向けて 天を見上げ手を伸ばした女性の彫刻が私を出迎えた。

背中には羽が生えており天の使いの姿だと分かる。


「すごいきれい…」


ここまでの疲れが忘れられるような感動が私を支配した。


「それは、良かったです。作った甲斐がありました」


いつの間にか私の背に一人の初老の男性が立っていた。

その顔に見覚えがあった私は、嬉しさと驚きで声がでない。

男性はゆっくり歩いて私の隣で立ち止まると、


「気に入っていただけましたか?」


「墓石だけだと思っていたので、驚きが強いです…」


「これは、『勇者』さまからのお願いですからね。気合入れてみました」


「…村の人たちも、きっと喜びます」


私はいつの間にか泣いていた。

幼い頃の幸せな日々。

優しかった両親、偏屈だけど優しい村長さんや、もうすぐ子供ができる新婚の隣の姉さん。

気が弱くて独身の家具作りが得意なお兄さん、料理が得意だった子沢山なおばさん。

忘れっぽくて何時も斧を忘れるおじさんや、笑い上戸なばぁば。

それから…それから…


昨日の事のように あの日々を思い出す。

『勇者』の村ではなければ、死ぬ事もなかった人々。

彼らは『勇者』を恨んではいないのだろうか?

こんな村に生まれて幸せだったのだろうか?


「貴方は、『勇者』を恨んでいないのですか?」


私は隣で黙って待っていてくれた男に、今思った疑問を口にしてみた。

この彫像は、村の人を弔う為の墓標。もしもの未来に託された『勇者』との約束。

男は『勇者』から、この地の弔いを頼まれていたのだ。

もしも、勇者の村が『魔王』に襲われた時のその後を、託したのだ。


彼は昔、『勇者』と約束した『記憶』を持っていた。大昔に『勇者』が彼に頼んだ約束。

その約束は、何百年もの間 隣の村の誰かが継いでいく『記憶』。

その『記憶』の為に、村から出る事も出来ず この場所をたった一人で守る。

『記憶』を継ぐものが亡くなれば、また次 『記憶』を継ぐものがここを守る。

まるで呪いのような『記憶』。



「まさか!恨む事などありはしません。この景色を私は独り占め出来るのですよ!」


大げさな手振りで男は、景色を抱きしめるように手を広げる。


「景色ですか…?」


「えぇ!ここならば誰にも邪魔されず私の創作意欲も無くならない。そして私の最高傑作が出来た」


愛おしそうに男は目の前の彫刻を見つめる。私も目線を追うように彫刻をみる。

顔は上を向いていて見る事が出来ないが、さぞかし美しい顔をしているのであろう。


「まさか私が記憶の約束を果たす事になるとは思いませんでしたが…」


「本当ならこんな約束なんて、仮定で終われば良かったのに…」


「その約束のお陰で私は生きる意味を見出せたのです。それは、今まで『記憶』を受け継いだ者も同様のようです。約束が私たちを生かしてくれた」


「…生きる意味ですか?」


「えぇ、『記憶』を受け継ぐ条件は『この場所を愛せる者』ですから』


男は、その日を思い出して懐かしんでいるのか…手のひらを見つめてその手を胸元で握りしめる。


「この『記憶』は愛に満ちていました。それはもう素晴らしいほどに…。私は妻を亡くした後に『記憶』を継ぎました。妻の居ない世界は…絶望だった。この命を消してしまいたいほどに…。その時に『記憶』を継ぎ 愛と希望を与えてくれた。『勇者』さまの約束と共に…」


「この場所は、『聖女』が封印の儀を…『魔王』を封印した場所…それだけの場所ですよ」


「だから、ですよ。『聖女』さまが私たちに与えてくれた時間…その時間があったからこそ、妻に出会えた。私は命を絶とうとするなんて愚かな事を考えてしまったのか…。そして『勇者』さまの約束はそんな私に、生きろっと手を差し伸べてくれているようでした」


『聖女』が望んだ世界は、なんて優しい世界なんだろうか…。自然と私は笑顔になる。


「そういえば!リリザの実をドライフルーツにしてみたんですよ。これがなかなか良くできまして…お好きでしたよね?」


「リリザの実ですか!大好物です!」


「宜しかったら少しの時間を私に下さいませ。リリザの実と美味しいお茶をお出ししますよ」


「…あっ…でも…」


「少しだけ…しがない彫刻家のお願いです」


「…分かりました。ありがとうございます」


私は、男の心遣いに感謝した。きっとわざわざリリザの実を用意してくれたのだろう。

すっぱくて苦くて、少しだけ甘い。苦手にする人のほうが多いあの実をドライフルーツにまでしてくれたのだ。リリザの実が好きな私の為に。


男は、私に優しい笑顔を向けると少し考える仕草をして口を開く。


「貴方は…」


「えっ?」


「貴方は『勇者』さまを恨んでいますか…?」


私は、男が言いたい事が分かると、大げさな手振りで答えた。


「まさか!恨むことなどありません。私は、誰よりもこの景色を愛してますから!」








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