天學編入8
ギリギリ一週間で登校できました。
前までの話を読み返していたのですが、誤字脱字・不可解な表現が多くて驚きました。誠に申し訳ありません。
今回も間違いがあるかもしれませんが、どうぞご容赦ください。
ではどうぞ!
綴が編入してから数日が経った。その間特に問題はなく、当然事件もないので警備隊としてもパトロールくらいしか仕事がない–––厳密には書類申請、報告書政策、情報処理など他にも多くの仕事があるのだが、新人だから構うなというシャロンの言葉に都合良く甘えている–––ので、平和に過ごしていた。
現在は「対魔獣戦闘の基礎」受講中。
天學の進級資格を取得するために設定されている条件のうちの一つがこれだ。他の条件をクリアすれば、この講座を取らなくても資格は取れるが、SIMS正規隊員を目指す多くの生徒にとって、魔獣との戦闘は避けて通れない道だ。したがってほとんどの生徒が受講している。
今いるのは外壁の通路の中。
「今回は実際に魔獣と対峙します」
担任である芹香の声を聞いて、ざわめく生徒たち。
「先日教えた霊子線操術の実践が目的です。取り敢えずその復習を…じゃあ、片瀬さん。霊子の説明からお願い」
グルっと生徒の顔を見回して、出雲で視線を止めると彼女を指名した。
「はい。霊子とは、体内を流れるエネルギー体の最小単位で、その流れを霊子線と言います。血管の如く全身に張り巡らされた霊子線から取り出したエネルギーはオーラとして顕現します。そして、霊子線を制御して自身の肉体を強化したり、相手にダメージを与えたりする技術が『霊視線操術』です」
「ありがとう。さすがね、完璧な答えです」
丁寧且つ簡潔に回答してみせた出雲に、芹香は賞賛の言葉を送る。
「霊子線操術は難しい技術ですが、慣れてしまえば第二下位魔術よりも楽に戦況を有利にできます。今回は、幾つかのチームに分かれて低級魔獣の無害化をしてください」
生徒たちは近くの友人と、誰と組もうかと小声で会話をはじめる。
そこで、芹香は一旦言葉を切り、穏やかだが、明らかなプレッシャーのある声で続きを話した。
「今から、一つ結界を超えます。外二つの結界によって、上級危険指定の魔獣は侵入してきませんが、低級魔獣も危険がないわけではありません。下手をすれば怪我だけでは済まなくなるかもしれないので気をつけてくださいね」
芹香はそう言うと、通路の先、出口の方へ向かっていった。生徒たちもそのあとに続く。芹香の言葉で緊張感を持った彼らからは、話し声は聞こえなかった。
◆
学園の敷地から東に結界を超えた先から広がる森『イルフォス』。
西の崖『ビッグダウン』、南の海『サウノシルーズ』、北の砂漠『ヘルデザート』に対して比較的危険度の低い地帯だが、決して安全なわけではない。数多くの魔獣が生息し、場所によれば幻獣種の存在まで確認されて言うほどだ。
3つの結界のおかげで、危険度の高い魔獣から順に内側に来れなくなっているが、気を抜いているとすぐに餌にされる。それだけ危険な場所なのだ(そもそも、コミュニティーが管理する場所以外で危険でない場所など、裏世界にはほとんどの存在しないのは、周知の事実である)。
綴たちは、結界を通過し、しばらく走ったところで目的地に到着した。
「じきに、人の匂いを嗅ぎつけて鋼毛狼が寄ってきます。そしたらA班から順に対処してください。できるだけ殺害は避けてください。群れの長を呼ばれる恐れがあります。それから綴くん」
「はい…?」
芹香が綴に話を振る。
「君はやりすぎないでね。みんなの訓練にならないから」
「…わかりました」
綴が少し残念そうに返事をすると、ガサガサと木の枝を揺らして、茂みから四匹の巨大な狼が現れた。
像よりもふた周りほど大きな体を持つその獣は、なんでも砕けるんじゃないかと言うほど鋭い牙と爪、そして、灰色に鈍い光を放つ鋼の体毛を生やしていた。
「では、A.B.C.D班、GO‼︎」
芹香の掛け声に合わせて、五人一組の計二十人が飛び出した。
映司、結、ダニエル、出雲、そして綴たちA班は一番左の個体と対峙する。
「エージとダン、出雲で前衛、私が後衛、綴くんは中衛で前後のサポート」
リーダーである結が、四人に指示を出す。映司たち三人に合わせて、その指示にしたがった綴は、内心驚いていた。
彼の見立てでは、リーダーがダニエルで、彼が後衛。なぜなら、後衛が求められるのは遠距離攻撃と魔術支援、冷静な判断力と統率力であり、それが最も向いているのが四人の中で一番大人な彼だからだ。そして、おそらく最もオーラの出力が高い結が、前後のサポートをする中衛に適任だった。これは、SIMSで培われた綴の経験則と観察眼から導き出された判断だった。
しかし、どうやら彼らの中で結が一番リーダーとして向いているらしい。その証拠に、三人は彼女の判断に躊躇なく反応した。リーダーとして最も重要なのは、仲間からの信頼。ただそれだけに限る。
それに、体格の大きいダニエルを前衛に配置し、瞬時に実戦に慣れている綴を中衛に配置した彼女の判断力は、綴にとって高評価だった。
『ガルルル‼︎』
鋼毛狼が唸り声をあげて威嚇してくる。
綴、結、映司、ダニエルは翳からデバイスを取り出す。
シャロンの話では翳袋は七階生で習うそうだが、どうやら彼らは独自でマスターしていたようだ。
しかし、出雲だけはデバイスを出していなかった。正確に言えば武装デバイスを出していなかった。
鋼毛狼も彼女が隙だらけと判断したのか、出雲目掛けて突っ込んでくる。
魔獣との近接戦闘において、刀剣デバイスや火器デバイスを使わない「デバイスレス」と、なんのひねりもない名称で呼ばれる戦闘スタイルがあるが、その場合、かなりのオーラの出力が必要となる。
「…ッ‼︎」
さすがに、半人前である指定養成機関の生徒がデバイスレスをするには無理がある。
そう考え、助けに行こうとした綴を、
「大丈夫」
後ろから結が制止する。
目の前では、鋼毛狼があと一歩のところまで迫っていた。
「せい‼︎」
『キャゥン!』
もう間に合わないと思った綴だったが、彼の予想反して、出雲は無事で、鋼毛狼は謎の光の帯によって吹き飛ばされた。
しなりながら元の形に戻っていく光の帯は出雲の手元で剣となった。黄金に輝く半透明の光の帯、いや、剣の正体は、出雲が作り出したオーラの塊だった。
「なるほど、霊装ですか」
腕に霊子を集中させ、高密度に圧縮したオーラで武器・装備を形どる魔術『霊装』。
「しかし、凄いですね。アレの扱いは難しいのに」
綴の言うように、霊装の扱いは非常に難しい。オーラの塊であるそれは、実体がなく、重さもない。その分、形態を自在に変化させられるが、オーラの密度と出力の調節だけで攻撃しなければならないため、繊細なコントロール技術を要求される。プロの能力者でも扱いが困難とされる代物だ。
しかし出雲は、それを完璧に制御していた。
「これはちょっと想像以上です」
「うちのチームはみんな強い」
「そのようですね」
綴たちが会話している最中も前衛の三人は、敵の攻撃を凌いでいた。
鋼の尻尾で攻撃をする鋼毛狼に、ダニエルが大剣を振り下ろし、それを横に飛んで回避したところを、すかさず映司が三節棍を叩きつける。そして、怯んだところを、出雲が鞭のようにしならせた霊装で切りつける。
このような連携で攻防を繰り返していた。
「カッテェー。なんだよあれ」
「ダメだな、全然刃が通らん」
「毛が鋼鉄なんだから、ボヤいたって仕方ないでしょ。次来るわよ!」
しかし、鋼毛の名は伊達ではなく、強靭な防壁に苦戦していた。周りでは他の班も、攻撃は凌いでいるものの、どうにも攻め切れていない。
再び攻撃態勢をとった鋼毛狼に備えて、防御を構える三人。
「みんな伏せて」
そこへ、結の声が飛んでくる。その声に反応した三人の頭上を、直径七十ミリの三発の弾丸が通過した。
『キャゥゥン!』
三発のとも命中し、悲鳴をあげる狼。
「どうだ、やったか?」
映司が期待の目を向ける先で、残念ながら難なく起き上がる鋼毛狼。
「ダメね」
「いや、見ろ。一部、毛が剥がれてる」
ダニエルの言葉の通り、着弾したところ一帯の鋼の毛が、折れていた。しかし、折れた毛が抜けたかと思うと、すぐに新たな毛が生えてきた。
「クソッ、再生が速い。てか、鋼のくせに何であんなサラサラ靡いてんだよ!」
若干切れ気味で、愚痴る映司。
「あれだけの質量でもダメか。どうする、結」
ダニエルが結に指示を求める。
銃というより大砲と呼んだ方なしっくりくるような大型のライフルを、軽々と抱えたまま–––ちなみに、ライフルを苦なく持っているのは、彼女が怪力だからではなく、霊子線操術のフィジカル強化によるものだ–––結が悩ましげな表情をしている。
「質量の問題ではありませんね」
「え?」
予想外の綴の言葉に、結は彼に疑問の視線を向ける。戦闘時だというのに、前衛の三人まで敵から目を離し彼に顔を向けていた。そして、相手の足音で意識を前に戻し、ギリギリで攻撃をかわす。
「どういうこと?」
「霊子線ですよ。毛の一本一本に、霊子線が通っているんです。毛がサラサラなのもそのせいですね」
「だから、魔式弾の攻撃が通ったんだ」
綴の説明で、結が納得の声をあげ、三人も同様の気配を見せる。
「オーラで強化された高質量体ですからね。でも、魔式弾はあくまで質量攻撃ですから、次は魔封弾を使うべきでしょう。前衛は、霊子線操術を使って、オーラの膜を張って攻撃してください」
「そーか。なるほど、リョーカイだ!」
これが霊子線操術の為の演習だということを忘れていたらしく、今思い出したとばかりに、映司は全身の霊子線に意識を巡らせる。霊子線の流れを掌握した映司は、腕に霊子を集中させ、三節棍に真紅のオーラを宿した。
霊子線操術を使用した彼の動きは凄まじく、さっきとは比べものにならないくらいの速度で、相手に攻撃を叩き込んでいく。
そして、武器にオーラを宿した映司とダニエルの攻撃は、確実に相手の防御を削っている。
「…」
ペラペラと適切な指示を出す綴に、驚きと感心と尊敬の入り混じった視線を向ける結。しかし、そこで彼女はある疑問を覚えた。
「出雲の霊装はどうして効かないの?」
「単純に出力が足りてないんですよ」
結の言葉に淡々と答える綴だが、彼の視線は心配そうに、前衛で戦う出雲に向けられていた。
「オーラで霊子の防御を一時的に無効化すれば、あとはオーラで強化された物理攻撃が通用します。でも、彼の霊装は、一時的に霊装を吹き飛ばすだけで、奴の壁を破壊できていない」
「…⁉︎」
真紅のオーラで作り出した高熱の火の玉を翡翠のオーラで気流を操作し相手にぶつけるという、単純且つ強力な魔術を打ち出しながら、綴は結に説明する。
こちらも強力な魔術を封印した魔封弾で、弾丸としてオーラの塊を打ち出し続ける結は、苦い顔をして聞いていた。
徐々にダメージが蓄積されていく鋼毛狼は、形勢不利と見たのか、新たな攻撃を開始した。
その場で体を大きく回転させると、何本もの体毛が矢の群れとして飛んできた。鋼でできた高質量体は、矢のというよりも寧ろ槍だった。
勢いよく飛んでくる槍群を、後ろに飛ぶことで難なく回避する映司とダニエルだが、同時に得意の直接攻撃が封じられた。
「このままじゃジリ貧だ」
「出雲、もっと出力でないのか?」
「うるさいわね!こっちだって精一杯やってんのよ!」
「二人とも落ち着け」
前衛三人は、次第に苛立ち始めていた。
「クソ!ダメだ!」
「後衛!しっかりサポートしてよ‼︎」
「うるせぇ!お前らも、しっかり揺動かけろよ!」
他の班でも、停滞した戦況に不満が募り始めていた。
後から数体が現れたことで、生徒全員が戦闘を開始していて、一人後方で待機している芹香も、少し心配そうにしている。
その様子を綴は把握していた。
(…おかしいなー。鋼毛狼は硬いだけでもっと弱かった気がするんだけど…)
今迄の経験との違いに疑問と謎の危機感を感じた綴は、芹香の言いつけを破る事にした。
「このままでは埒があきません。前衛三人は揺動、結はそれに合わせてデカイのを一発、効果は気にせず打ち込んでください。僕がフィニッシュを掛けます!」
「え、大丈夫なの⁉︎」
「他に良い案もないんだ。それで行こう」
出雲は、「お前で大丈夫なのか」と、疑問をぶつけるが、ダニエルの言葉に渋々納得する。
「じゃあ行くぜ!」
映司が掛け声とともに突っ込んでいく。三節棍を振り回し、飛んでくる槍をはたき落としながら懐に潜り込み、腹部に強烈な一撃を叩き込む。わざと横に転がる事で衝撃を弱め、態勢を立て直した鋼毛狼は再び槍群を放つ。
その全てを、ダニエル一人が受け持ち、大剣で凌ぐ。その背後で控える出雲が、全出力を持って光の帯を叩きつける。それを躱すために大きく飛んだ敵の、着地の瞬間目掛けて、結が翡翠のオーラで高密度に圧縮された空気弾を放った。
勢いよく破裂した空気の塊は、外傷を与える事はなかったが、敵に大きな隙を作った。
その隙を、綴が上空で待ち構えていた。振りかぶったその拳には、漆黒の光が渦巻いていた。破壊の力が荒れ狂うその拳を、鋼毛狼目掛けて叩き込んだ。
凄まじい轟音とともに、鋼毛狼が地面にめり込み、その場が大きく陥没した。直径約二十メートルほどのクレーターの中で、鋼毛狼は確実に沈黙していた。かろうじて致命傷は避けているが、戦闘不能なのは火を見るよりも明らかだ。
「はぁ〜、綴、えげつねぇな、お前」
「さすがプロ」
「感服するぜ、八尾」
「それにしても随分手こずったわね。正直嘗めてたわ」
四人それぞれが感嘆の声を漏らす。
「でも、少しやりすぎましたかね」
「本当やり過ぎよ」
綴の独り言に、遠くから芹香が答える。
その声で、五人はようやく自分たちの状況に気づいた。
綴の技による衝撃は思いの外強く、他の班が相手にしていた鋼毛狼だけでなく、茂みの奥に潜んでいたやつらの注意まで引きつけていた。
「囲まれたな」
「ああ、囲まれた」
「どう見ても、囲まれてるわね」
「確実に囲まれましたね」
「完全包囲」
五人はそれぞれの言葉で、今の状況を他人事のように表現した。
「五人とも呑気な事言ってる場合⁉︎」
「おい、気をつけろ!」
側から見ている他の生徒の方が焦っているように見えるが、決して五人が楽観視しているわけではない。
もっと過酷な修羅場を乗り越えきた経験のある綴は別として、他四人は嫌な汗が背中を流れるのを自覚していた。一匹を倒すのにあれだけ苦労したのに、それを同時に十数匹相手にする事になった彼らが、現実逃避気味になるのは仕方がない事だろう。
『GAルルRRR!』
しかし、どうやら敵の様子もおかしかった。
「なるほど、そういう事ですか」
突然、綴が納得したとばかりに言葉を漏らした。
「何がよ?」
「彼らの強さの秘訣ですよ」
綴の言葉に全員が頭上に疑問符を浮かべる。
「本来、鋼毛狼はあそこまで頑丈ではありません。今回の異常な生命力の原因がずっと疑問だったんですが、どうやら憑いていたようですね」
綴の言い回しに、いや、目の前の光景にこの場の全員が自体の深刻さを理解する。
綴たち五人を取り囲む鋼毛狼たちの目の周りは朱いヒビが走り、今にも顔全体を覆う勢いで朱脈が広がってた。
「これ全部イヴィルに憑かれてんの⁉︎」
出雲が、驚愕の声を上げる。全員の緊張感が一気に高まる。
「ちょうどステージツーに進行したばかりのようだな」
「でも気を抜かないでください、ダン。進行の速度がかなり早い。ステージワンの段階で気づかなかった僕のミスです」
「いや、それは気負いすぎだぜ、綴」
「そうね。たとえプロでもこれは不可能でしょ。だって、こいつらの目、元から赤いもん」
出雲の言葉に全員がため息をつく。
彼女が言うように、鋼毛狼の眼球は元から赤いのだ。綴自身も無理だとわかっているが、プロとしての自信と、先日のラット騒動の事もあり、少々ショックを受けていた。
「でもどうするよ、これ」
「君たちはその場を動かないでください」
「えっ…?」
今迄と違うトーンの声を放つ綴に対して、四人が自らの状況も忘れて、疑問の声を上げる。
「今回は…僕が処理します」
綴は明らかに怒っていた。少なからず持っているプライドを傷つけられた事で、闘志に火がついていた。それ以上に燃え盛っていた。
綴たちの会話には御構い無しで、我を失った鋼毛狼たちは、五人に向かって飛びかかった。
ここら辺からが、「天學編入編」のクライマックスと、次編への布石です。この話は後一、二話かな…。
もっとハイペースで投稿していけるよう頑張るので、次回もよろしくお願いします。