天學編入6
円陣を通り抜けると、そこは見知らぬ部屋だった。
出入り口の正面に十人が腰を掛けて、十分余りあるサイズの長テーブルと、その向こう側にあるそれなりに高級そうな机が置いてあるのを見る限り、どうやらここが生徒会室なのだろう。
よく見ると、出入り口から入って右手にある衝立の向こうには、人が暮らせるレベルでまともな台所と、四畳強の座敷が設置されている。
生徒会室にしては贅沢すぎないかな、というのが綴の偽らざる本音だが、彼は馬鹿じゃない。思うだけで、声には出さなかった。
「ここが、当学園の生徒会室です。会長室は、廊下から見て左の部屋で、中からも繋がっています」
こことは別に「会長室」があることに、再び驚きを覚える綴。どれだけ大規模な生徒会なんだ。
設備からして、それなりの権力があるのは確かだった。
綴がそんなことを考えているのには御構い無しに、
「台所もあって、とても快適ですよ」
と、最後にニコッと綴に微笑みかけて、雛子は生徒会室の軽い説明を終えた。
「じゃあ、まずはこちらの話をさせてもらうぞ」
全員が長テーブルについたところで、泉が話を切り出した。
「改めて。八尾綴、是非、学生警備隊に入隊して頂きたい。シャロンも、もう言いたいことはないな?」
「 はい。あれだけの実力を見せられれば、認めざるを得ません」
泉が視線を向け、シャロンに問いかけると、先ほどの威勢が嘘のように大人しくなっている。
「いえ、是非お力をお借りしたいと思います」
それどころか、彼女の中で、綴は「護るべき格下の相手」から「信頼に値する格上の相手」にレベルアップしていた。
「私からもお願いします」
ここで、今まで沈黙を守っていた結からも、声がかかる。
「はい、こちらこそお願いします」
この申し出に対し、綴も快く引き受けた。
ただ、彼はひとつ気になっていることがあった。
「今さらですけど、学生警備隊の具体的な仕事内容、聞いてもいいですか?」
そう、内容を聞く前に引き受けてしまったんだ。
「先生、説明してなかったの?」
結が、呆れた口調で泉に聞く。泉もすっかり忘れていたようで、決まりが悪そうな顔をしている。
「そうだったわね。じゃあ改めて話そうかしら」
動揺したのか、さっきまでの硬い口調が取れて素の口調が出ている。横から、シャロンがジト目で見ているのもその原因の一つだろう。
「警備隊の活動内容は、ここ、学園都市内とその周辺で起こる対外勢力が関わる事件への対処よ。今朝あったようなイヴィル騒動だったり、主義者サイドの干渉だったり、いろいろあるけれど」
「…結構大変ですね」
改めて聞くとかなり面倒くさそうだ、と数分前の自分の判断が間違いだったんじゃないかと、少々不安になる綴だが、そこで、ひとつ疑問が生まれた。
「生徒同士のいざこざも、活動内容に含まれるんですか?」
「いいえ、それは管轄外よ」
「というと?」
綴の質問に答えたのはシャロンだった。
「私たちの仕事は、あくまでも外敵の排除よ。生徒間のトラブルは、生徒会風紀委員会が対処することになっているわ」
シャロンは雛子の方に顔を向ける。
「詳細は、和水さんが教えてくれるでしょう」
「はい。その辺の内容は、生徒会の説明とともに行いますので、ご安心してください」
どうせなら今知りたいと思う綴だが、他にも説明することがあるようなので、少々我慢することにした。
「警備隊には専用秘匿回線があり、君のアクセスコードもすぐ作らせる。ただ時間がかかるから、それまでは白川から連絡を受け取ってくれ」
「わかりました」
「白川も、それで構わないな?」
泉が了解を求めると、結も無言で首肯する。
「そうだ、どうせなら八尾くんにしたらどうです?」
唐突に声をあげるシャロン。
「ああ、なるほど。いいかもな」
彼女が何を言おうとしているのか、この場の大半の者が理解しかねているなか、泉だけは心当たりがあったようだ。
何のことかわからず、綴たちが頭に疑問符を浮かべていると、
「結のコンビの相手の話よ。去年でヤマさんがSIMSにいっちゃって、その穴をどうするか泉先生と悩んでいたのよ」
シャロンが説明してくれた。
「八尾くんは知らないと思うけど、警備隊では、パトロールであれ調査であれ二人組での行動が原則よ。何かアクシデントがあった時に速やかに対処したり、または隊員が規則違反をしないように相互に監視したり、理由はいくつかあるけれど」
「なるほどー。確かに、SIMSにいた時も二人行動でしたし、言われてみれば納得です」
シャロンの解説に、綴も去年までのことを思い出して同意を示す。
「まあ、兎に角、これからはできるだけ二人で行動してくれ。手続きはこちらで済ませる」
「分かりました。ありがとう、先生」
「いや、気にするな。じゃあ、私は失礼する」
そう言って、泉は腰をあげる。
「なら、私もそうするわ。さっきの報告書をまとめないと」
「シャロン、そのくらいならやっておきますよ」
「ありがとう、気持ちだけ受け取っておくわ。こういうことは自分で片付けたいタチなの」
そう言い残して、シャロンもこの部屋を後にした。
結はと言うと、「暇だからもう少し」だそうだ。
◆
ここ、天ノ宮學園は、周囲を300メートル強の壁と三重の魔術結界で覆われた一つの大きな都市である。SIMSに入隊し、プロの能力者となることを夢見る少年少女が集う学び舎、もとい、学びの都。
この学園は「競争」の精神を奨励しており、第一階級から第九階級までの階級制度や課題の評価や模擬戦・ランキング戦の成績で変動するスコアランキング制度、学内に五つ存在し、全生徒が所属を義務付けられた寮と言う名のサブ・コミュニティー同士での年間成績ランキングなど、競争の場が多く設けられている。
そんな状況下では当然と言うべきか、生徒同士・寮同士の衝突も日常茶飯事、程ではないが頻繁に発生している。それを取り締まるのが風紀委員会で…
(途中省略)
「とまぁこんな感じなの。ここまでは、分かりましたか?」
警備隊入隊の話が済んだあと、天學や生徒会などについての説明を、手短に済ませた(と思っている)雛子だか、
「…続きをどうぞ」
余りの言葉攻め(?)に、少々精神的に疲弊した綴であった。
「まずは、寮についてです。先ほど話したように、生徒は必ず寮に所属しなければなりません」
そう言って、長テーブルに埋め込まれた大型ディスプレーの画面をダブルタップした。
一つのウィンドウが表示され、それをスワイプすることで、綴の下までウィンドウを移動させた。
この学園に存在する寮は、全部で五つ。
《紅の不死鳥》、
《幻の鐘》、
《空の迷宮》、
《黄金の真珠》、
そして最後に《神秘の樹海》。
このどれかに所属することが、この学園の生徒であるための最低条件である。
「コンピュータにランダムに選んでもらった結果、八尾くんの所属は《黄金の真珠》に決定しました。私も同じ寮なので、何か聞きたいことがあったら、遠慮なく聞いてください」
「分かりましたか。ありがとうございます」
先ほどの、長い説明の中に、生徒会についての内容があった。
それによると、生徒会は五つの寮のそれぞれの寮長が集い、運営されるのが規則で決められた生徒会という組織だそうだ。そして、前年度の年間成績ランキングトップの寮の寮長が、次の年の生徒会長を務めることになっているらしい。
つまり、
「和水会長が、《黄金の真珠》の寮長なんですね」
「…めんと向かって言われると、やはり恥ずかしいですね」
何に恥ずかしがっているのか、いまいち理解できない綴だったが、チラリと視界に入った人影に、ふと未だに他のメンバーを紹介してもらってないことに気がついた。
「あ、まずはメンバーを紹介するべきでしたね」
綴の表情からそのことに気づいた雛子が、すぐに紹介を始める。
「では、私の隣から、風紀委員長の御護聡」
「御護だ。レッドフェニックスの寮長だ。よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言って、身を乗り出し握手を交わした。
かなり礼儀正しい男のようだ。
「彼には、風紀委員として、生徒同士のトラブルの解決に当たってもらっています。隣が、副会長の久城アリスちゃん」
「…ど、どうも」
雛子に紹介されるも、緊張してか、ギリギリ聞き取れる音量の声で、答えるアリス。
去年、十三歳という異例の若さで寮長に就任した彼女は、当然と言えば当然だが、年上が集う生徒会が苦手なのだ。それにも関わらず、可能な限り威厳を出そうと背伸びしている姿に、綴は「頑張り屋さんだなー」などという本人が聞いたら(照れ隠しで)怒りそうな印象を持った。
「彼女は、ミステリーフォレストの寮長です。それからここにはいませんが、会計担当、スカイラビリンス寮長の白川海斗と、書記担当、ファントムプラティコドン寮長デイビッド=マークの五人が、生徒会執行部の正式メンバーです」
この場にいない二人の紹介を聞いて、綴の中に一つの疑問が浮かんだ。
「あの白川って…
「私のお兄ちゃんだよ」
綴は、雛子に向かって聞こうとしたが、言い終える前に結から答えが提示される。
「なら結さんも
「結でいい」
結から、ジッとした視線が向けられる。
綴が結に話しかけようとしたが、途中で結本人から呼び方の訂正を要求された。
「…で、結、もスカイラビリンスなのですか?」
出鼻をくじかれた綴だが、気を取り直して話を始める。
「違うよ。私も綴さんと同じゴールドパール所属」
「兄妹でも違うことあるんだ」
「はい、プロフィールを下にしてコンピュータがランダムに決めますから」
「一緒の方が珍しい」
雛子と結が説明をするが、一言ずつしか喋らない結が意外と面白い、などと考えている綴だった。当然、話はきちんと聞いている。
「そうなんですか。じゃあ、改めてこれからよろしく」
「こちらこそ」
隣に座る結に右手を差し出し、彼女もそれに答える。
二人が元の体勢に戻るのを待って、雛子は姿勢を正して口を開いた。
「次が本題です。八尾綴くん。生徒会に入ってください」
「…?」
雛子は、極真面目な表情で、綴を見据えている。
綴も、真面目な表情で固まったまま、雛子の顔を見つめ返す。しかし綴の場合は、光を失ったかのような錯覚を覚えさせる瞳をしていた。
綴が効いた説明では、生徒会は、各寮の寮長が集い運営されている、とのこと。編入したばかりの綴が、寮長であるはずもなく。
そんな綴に雛子の言葉は、まるで生徒会に入るように勧誘しているようにも聞こえる。
全く予想していなかった話の内容に、僅かではあるが、思考が停止した綴であった。
「…先ほどの説明では、生徒会の役員は寮長が務めるものだったはずですが…?」
「…嫌ですか?」
綴の真面目な質問に、質問で返す雛子。
しかも上目遣い。
その瞳は微かに潤んでおり、狙ってやっているだとしたら、自分がどうやれば可愛く見えるのか熟知しているかのようだ。一般ピーポーの男だったら、イチコロだろう。
一瞬そんな考えが頭に浮かんだ綴でも、うろたえることはない。
「ダメというか、それ以前に各寮長が役員を務めるのが規則なんてじゃないんですか?」
綴はいたってまともな反論をしたつもりだが、それに対して雛子は、いかにも「なんだそんなことですか」というような顔をした。
「はい、生徒会執行部役員は寮長が務めるのが決まりです」
そこで一度、雛子は言葉を切った。
『役員』の部分を妙に強調したような言い方に、嫌な予感を覚える綴。
「ですが、役員以外ならは生徒会に入れるのですよ。
例えば、彼女たちは役員ではありませんが、れっきとした生徒会の人間です」
雛子は、ちょうど今台所から紅茶を人数分持って出てきたきた二人の女子生徒に視線を向けた。
「左が氷上雪乃、右が氷上雪穂」
雛子に名前を紹介され、順番に挨拶をする二人。
驚いたことに、二人は髪型を除けば肉体的差異が見つけられないほどに瓜二つ–––そう、双子だったのだ。決して能力者の中で双子が珍しいわけではない。ただ、綴が今までに双子がにあったことがなかったのだ。
「雪乃です。よろしくね、センパイ」
多少癖っ毛のあるショートヘアで、とてもボーイッシュな少女–氷上雪乃–が綴に向かって笑顔でとてもフレンドリーに挨拶をする。
「雪穂です。あ、あの、よろしくお願いします」
それに続いて、妹の雪穂が人見知りアンド緊張全開で綴に挨拶をする。こちらもショートヘアだが、雪乃と違いいかにも手入れがされている感じで、ボーイッシュどころかおしとやかさを感じさせる、そんな雰囲気があった。
姉妹、それも双子なのに、性格は結構違うようだ。方やフレンドリーに前に出て話しかけ、方や恥ずかしそうに姉の後ろに隠れて顔だけ出している。形容詞で表すなら、「やんちゃ」な雪乃と「シャイ」な雪穂、といったとこだろう。
「二人には、私のサポートということで、生徒会に入っています。サポートは各寮から最大三人まで選べます。ここにはいませんが御護さんが一人、アリスちゃんが二人、海斗さんが一人、参加させています」
「ファントムの寮長さんは、一人なんですか?」
「はい。彼曰く『他人は足手まとい』だそうです」
その言葉に、苦笑い、呆れ顔、憧れ(?)と雛子、聡、アリスが三者三様の表情をしていた。
「私のサポートは後一人空いています。そこに、八尾くんに入って欲しいんです」
雛子は、真剣な顔で語る。
「別に、返事を急かすつもりはありません。早いほうが嬉しいのは確かですが、よく考えてみてください」
そう言い終えると、先ほどまでの優しそうな表情に戻った。
「わかりました」
綴はその場でOKするつもりだったが、相手の申し出だ。お言葉に甘えて、じっくり考えてみることにした。
「私からは以上です。聡さんは如何ですか?」
横に座る聡に顔を向ける雛子。
「俺からは特にない。個人的な内容としては、いつか手合わせしてみたいと思っている」
目や口調はいたって真面目なものだが、その口角は上がっていた。
「それはまたの機会でお願いしますね。アリスちゃんは?」
「だ、大丈夫です」
「では、これにてお開きということで」
そう言って、席を立つ雛子。それに続いて他四人も席を立つ。
使い終わった食器は、氷上姉妹がすでに片付けていた。と言っても、やることは、科学技術に魔術を加えた「魔術道具」の食洗機に食器を並べるだけである。
表とのゲートがある都市では、科学の道具を器として中に術式を封印することで、性能の改善がされたものを一般に「魔術道具」という。裏での私生活に必要な道具のほとんどがこれだ。
雪乃と雪穂が戻ってくると、七人はそれぞれの寮へと向かった。
話の展開は大体考えてあるんですが、文章にするとなかなか大変です。
いっ週間くらいのペースで出せるよう頑張ります