ファントムのクーデター1
幻獣種、もとい、人造イヴィルによる襲撃の翌日、大講堂で会議が開かれた。
しかし、突然起こった事件で、その翌日にいきなり会議といっても大して情報はない。結果的に、なにが起きたのかという状況整理と、死傷者数などの被害報告くらいしか話し合うことがなかった。そして、全員が僅かながらの不満を胸に抱いたまま、その場は解散となった。
今綴達がいるのは生徒会室。
会議の後、まずは今後の方針を決めようと生徒会メンバーとして、雛子、雪乃、雪穂、聡、アリス、そしてアリスの補佐で布浦 木陰、及び、警備隊の代表として、結と綴–––他の隊員は、昨日の事件で負傷していたり、後のメンバーは現場の労働力として駆り出されていたりする–––の計七名で、再び話し合おうということになった。綴としては、なぜ先にそれをしなかったんだ、という疑問が頭に浮かんだが、今言ってもしかたないので、素直に従った。
「今の状態は、あまり好ましくないな」
椅子に腰を掛け、背もたれに寄りかかった状態で、聡が皆に語りかけた様にも独り言とも取れる様に呟いた。全身の力を抜いて疲労感を漂わせるそれは、彼のことを堅物と捉えていた綴としては少々意外な仕草だった。
しかし、それだけ現状が芳しくない状態にあるということを示していた。
「そうですね。いきなり襲撃されたかと思うと、勝手に宣戦布告して、後は獣がただただ暴れただけ。対策を打とうにも、情報があまりに少ない…」
雛子も、お手上げといった感じに、ため息をついた。
「そ、それを話し合うために来たんじゃないですか」
なんとか場の空気を変えようと、最年少寮長なりに、頑張ってみるアリス。しかし、彼女自身も、具体的にはどうするべきか分からずにいた。
「それはそうなんですが…」
「ところで、海斗とデイビッドはどうした?」
数十分前まで行っていた会議の時から姿を見せていない、学園の中心、生徒会執行部メンバーの所在を訪ねる聡。今更か、と心の中でツッコミながら、綴は、今日はやけにツッコミどころに遭遇するな、と全く関係ないことを考えていた。
「白川寮長は、野外の臨時救護施設で指揮をとってくれています」
雛子の背後に控える雪穂が、自身の前に出現した半実体仮想ディスプレーを見ながら、報告する。
「そういえば、保健委員会も奴の担当だったな。普段、大きく活動することがないため、忘れていたな」
聡は、無駄口を叩く様な男ではない。初めて会った時から、綴が抱いている聡の印象は、数日経った今でも変わっていない。寧ろ強くなっている。
そんな彼が、独り言の様に何かを呟いたは、やはり今回の事が、心的負荷となっているからだった。
「デイビッドさんは、残念ながら、襲撃前から連絡が取れません」
「こんな時に、何をやっているのでしょうか。まったく…信じられません」
年上ばかりのこの空間において、珍しくアリスが素直な感情を吐き出した事に、綴を除く生徒会メンバーは、それなりに驚いていた。
幸か不幸か、それが原因で、場に漂っていた暗い空気が消えた。
「ねぇ、綴くん」
それを好機と見たのか、結が綴に話しかけた。
全員が沈黙しているタイミングでの発言だったため、必然的に、全員の注意が綴に集まる。
「ん?」
綴は、結が何を聞きたいのか分かりながらも、あたかも予想できていない様子で反応する。
「綴くんは、何か知ってるんじゃないの?」
一瞬にして、場の空気が張り詰める。全員の、期待と疑惑の視線が、綴に注がれる。
予想通りの質問に、綴はどう答えようかと頭の中で考える。
昨日の襲撃の際に、青龍を通しての『マサキ』との会話は、あの場にいた数人しか聞いていなかった。その後の騒ぎのせいで、ほとんどの生徒の頭の中から、綴とマサキが知り合いであるということが、すっかり抜けていた。
それとは別に、都市全土に対して精神感情がかけられ、「宣戦布告」がなされた。
つまり、今迄、綴は『マサキ』と『エデン』の情報を意図的に伏せていた。
綴が話さないのには、何か理由があるのだろう、と黙っていた結だったが、完全手詰まりな現状を鑑み、事態の進展を優先した。
数秒にも満たない思考の末、綴が何かを話そうとした時、中央テーブルの上に、大型半実体仮想ディスプレーが出現した。
「SIMS専用通信チャンネルでテレビ電話?」
ディスプレーに映るコードを読み、不思議に思いながら、雛子が通話をオンにする。
『…お、繋がったか』
画面の中に、四十代ほどの男性が映し出された。引き締まった顔つきと、隊服の上からでもわかる鍛え上げられた肉体、そして丁度よく日焼けした肌は、まるで、軍人のそれだった。
『こちらは、SIMS本部。私は、特殊案件対策局、特二級、木水卯月だ』
「天ノ宮學園、生徒会長、和水雛子です」
突然のことに驚きながら、相手の自己紹介につられてか、リーダーとしての責任感からか、自らも自己紹介をする雛子。
全員が同様に驚く中、一人、事態を静観している者がいた。
「お久しぶりです、木水特級。本部が連絡をしてくるとは思いませんでした」
綴は、久々に会った知り合いに挨拶をした。
『おお、綴。君も生徒会に入っていたのか』
「はい。木水さんも、上一級から特二級への昇進、おめでとうございます」
その場の六人を置き去りにして、親しそうに会話を始める二人。
「綴くん、知り合い?」
隣に座る綴の腕を肘でつつきながら、結が小声で聞く。SIMSにいた綴が、本部の人間と知り合いなのは当然のことだというのは、結本人も分かっている。今の質問は、どういった知り合いなのか、ということだ。
無論、綴もその意図を理解していた。
「僕が所属する部署の上司ですよ。いろいろあって、半年ほど会っていませんでしたが」
綴の説明に、結だけでなく、他の者も、とりあえず納得の色を見せた。
『今回の用件は他でもない、昨日の襲撃事件についてです』
卯月は、咳払いをすると、そう切り出した。
『昨日襲撃を受けたのは、そこだけではない。各コミュニティーが持つアカデミーと、その他主要都市の幾つかが、同時に襲われた』
「ロイヤルフロンティアやアースガルズグラウンドからの情報公開があったのですか?」
『ああ、今回は非常事態ということもあって、他コミュニティーも比較的協力的だ。二週間後に、三大会議が開かれることになった』
知り合いであるため、卯月と綴が中心に話が進んでいく。
『現状でわかっていることは少なくてな。その中で、重要な情報としては、敵組織は『エデン』を名乗っており、ビッグダウンと何かしらの関係性が見受けられるというとくらいだ』
「しかし、『エデン』は十一年前に壊滅したのでは」
『忘れたのか?あの時に潰れたのは、下部組織の『マザー』であって、『エデン』本体ではない。ビッグダウンについては、あれは強力ではあっても、あくまでも封印だ』
「…」
綴は、視線を落として奥歯を噛みしめる。正面から見ている卯月以外には、綴の表情はよく見えなかったが、そこには、後悔と怒り、恨みなどが入り混じった感情が浮き出ていた。
『『エデン』は、昔からその存在を確認されていながら、全く正体が分からない、謎に包まれた組織だ。その組織が、十年ぶりに動き出した。本部の人員の多くが、その捜査に駆り出される。そのために、課題任務としてのSIMSからのアカデミーへの依頼が大幅に増加するだろう』
「それが今回の用件ですか」
わざわざ木水が直接連絡してきたのだから、もっと他に重要なことがあるのではないか、と遠回しに聞き返す。
『そうだ』
しかし、どうやら綴の思い過ごしだったようだ。
『もっと詳しいことは、三大会議のあとで、情報公開があるだろう』
よほど忙しいのか、画面に映っている木水の背後では、局員たちが慌ただしく作業している。
『用件は以上だ』
そう言うと、木水は一方的に通信を切った。