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意識の壁、そして世界へ

 軽く拗ねていじけた俺は、二人と距離を取りたくて部屋の隅に縮こまった。

 まあそれほど気にしている訳ではなかったが、平静を取り戻す時間が欲しかったのだ。


 そんな俺を余所に、サーナとリリアーヌは会話に花を咲かせていた。

 聞こえてくる内容は主に、仕える者としての心構えや常識といった仕事(?)関連、あとはサーナの日常や愚痴などの雑談だ。

 そのほとんどはサーナが話しかけたり尋ねたりしていたのだが、気になる部分があった。

 時間をおいて気分も持ち直していたので、その疑問をサーナに尋ねた。


「あのさ、ちょっといいか?」


「あ、もういいんですか。えっと、なんでしょう?」


「さっきからリリアーヌに専門的なことを尋ねてるよな? こう言ったら失礼かもしれないけど、リリアーヌってさっき生まれたばっかりだよな。それなのになんでリリアーヌは専門的なことを知ってるんだ?」


「それはですね、パートナーには狩猟・家事・農耕・工作などの生活に必要な知識、エディットの構成要素による個体ごとのパーソナリティに応じた知識が予めインプットされています」


「……あぁ、一から学習させてたら効率が悪いからか」


 全知というわけにはいかないが、それなりの知識を持っていないと活動に支障が出るからだろう。

 特定の嗜好のやつなら何も知らない状態のパートナーでもいいのだろうが、普通はパートナーの教育に時間を割く余裕などないだろう。


「まあその辺りのことを確認して、自分の欲しい情報を持った個体になるようエディットする方や、その逆もいるみたいですけどね。カズキさんはその辺り聞いてこなかったですから」


 聞かれなかったから言わなかったという。

 聞いていたとしても、そこまで複雑なことを考えて実行できたかと言われると疑問だが――


「いや、それは単に言い忘れてただけだろ」


「……えへ、やっぱりバレました?」


 舌を出して上目使いで白状した。正直イラッとした。

 大方あの変なテンションで説明がすっぽ抜けていたのだろう。


「……まあいいや。で、他に言い忘れたことはないのか?」


「たぶんないと思いますよ。あ、これから言うことは世界へ出発する前に言うことだったので、まだ言ってなかっただけです」


 どうやら最後に伝達事項があるようだ。

 いつの間にか俺の斜め後ろに控えるように移動していたリリアーヌと一緒にその話を聞く。


「現在世界には人の手が入ったものは何もありません。大自然にそのまま放りだされるというわけですが、大半の方はそれでは生活すらできません。ですので初回活動支援ということで、平屋の家・倉庫・運搬用のリヤカー・約一週間分の食料・農工具の封じられたキューブをお渡しします」


 そういうと五個のひし形状の物体を取り出した。

 それらは俺の腕に付けていたデバイスに吸い込まれていき、『アイテムボックス』を確認すると言われていたものが増えていた。


「家具や調理器具などは家に付属してますから心配しないでくださいね。キューブの使い方ですが、世界に行ったあと落ち着ける場所を探してもらって、そこが使用条件に合った場所であれば『アイテムボックス』から選択してください。そうすれば目の前に展開されます」


「家とかはそれでいいとして、食料もいっぺんに一週間分が出てくるのか?」


「いえ、食料と農工具はキューブを選択すると『アイテムボックス』内で展開されますので、必要な分を取り出して使ってください。あと家・倉庫・リヤカーは一度展開したらキューブに戻すことはできませんから、使うときはよく考えてくださいね」


「了解。あ、食料といえば、動物や魚はいないんだろ? 食いたくなったり捕まえたくなったらどうするんだ?」


 支給分の食料を使い果たしたあと、ずっと植物だけの食生活は辛すぎる。


「それは、世界にバリスが規定量満たされたときに、決められた生物を自動で出現させるシステムがあるので大丈夫ですよ。ただ、『~が出現しました』といったアナウンスはありませんから気を付けてくださいね」


「肉を食いたけりゃ早くバリスを溜めろってことか。俺はもう聞くことはないけど、リリアーヌは何かあるか?」


 先ほどから黙ったままだったので、話を振ってみた。

 さっきも俺が尋ねるまで一言も話さなかったので、もしかしたら『従者は主人の許しがあるまで発言を控えるべし』みたいなことを考えているのかもしれない。


「はい、一つだけございます。しばらくは不要だと思いますが、先ほどの農工具の中に狩猟具はありますでしょうか?」


「えっと、わたしも中身を全部把握してるわけじゃないですから……。カズキさん、確認してもらえますか?」


 そういわれて農工具のキューブを展開させる。

 (くわ)や斧にスコップなどの農具、金槌(かなづち)(のこぎり)などの工具はあるが、狩猟具っぽいものはなかった。


「狩猟専門っていうのはないみたいだ。使い方次第じゃ武器になるやつもあるから、クリエイションで創るまではそれで代用って感じかね」


「了解しました。では、必要になりそうな時期をみて図面を引きますので、それを元に作成していただけますでしょうか?」


「もちろんだ。それまでに使えそうな素材は集めとかないとな」


「はい。私の話は以上です、お手数を掛けて申し訳ございません」


 そういうと俺の後ろに戻った。

 それにしても、リリアーヌは何かにつけて『申し訳ございません』をつけるな。俺も仕事柄謝ることが多かったが、特に謝られる場面でもないのに謝られると微妙に気分が落ちるものだ。


「リリアーヌ、これからは何かある度に『申し訳ございません』を付けるのは禁止な。それはどうしても謝らないといけない状況以外で使うもんじゃない」


「ですが、マスターの貴重なお時間を消費してしまったことは事実です。それに対して謝罪することはいけないのでしょうか?」


 これは、従者然とした、っていうのが思考にかなり影響しているようだ。


「その『マスターの貴重なお時間』てのがそもそもおかしいんだ。パートナーってのは本来対等の関係じゃないと成り立たない。さっきの確認だってリリアーヌだけじゃなく、俺にも必要な事柄だったし、これからもそういう場面が多々出てくると思う。そりゃ、リリアーヌが自分のことを侍女として意識してるのは理解してるよ。でも、二人に必要なことで俺に遠慮するのは無しにしよう。でないとこの先問題が起きた時、俺に変に遠慮して解決できない、なんてことにもなりかねないしな」


「ですが……」


「なにも『侍女』」っていう意識を改めろって話じゃない。リリアーヌが俺につく――仕えてくれるっていうのはすごく嬉しい。だけどそれと同時に俺たちの関係性は対等がいいんだ。これから長い間二人で過ごすんだ、それなのに孤独を感じるなんて、俺は嫌だな」


 主人と侍女――この関係には立場の壁の他に、強固な精神の壁が存在する。

 もちろん人間同士なのだから多少の壁(すれ違い)はあるが、関係性によって生じた壁というのは時間では解決してくれない。

 この壁は対象との隔たりであると同時に自分を縛る鎖である。それを解いていくには、当事者同士の意識を変えていかなければならない。

 一緒に生活している相手と隔たりを感じることは、考えているよりも精神的に辛いものがある。


 それが嫌だからこういう話をしたのだが、なんだか告白したみたいで恥ずかしくなり、顔が赤くなった。

 しかも相手は自分が考えて創りだした、理想といっても差し支えない女性だ。客観的にみたら滑稽で、かなり気持ち悪いのではなかろうか?


「――私が至らないばかりにマスターに不快な思いをさせてしまい、誠に慙愧(ざんき)に堪えません。どのようにお詫びすればよいのか………」


「だから、こんなことで謝るのは禁止だって。こんなの、単なる心持ちの話なんだから」


「そういう訳には参りません。先ほど善処すると申し上げましたのに、私は何も変わっていませんでした。マスターは私のことを同じ人間として扱って頂いていたというのに、私は立場に固執し、それを言い訳にし、甘んじていたのです。これを不徳と言わずして何と言いましょう。ですからこれは十二分に、謝罪するに値することなのです」


そういって、さっきの問答のとき以上に深刻な様子で頭を下げていた。日本風なら土下座をしていただろう。


「ああ、分かったから、もう頭を上げなって。さっきも言ったけど、もっと気楽にいこうよ。時間はたっぷりあるんだ、四六時中気を張っていたら疲れちまう。これからちょっとずつ、互いの認識をすり合わせていけばいいんだからさ。」


「―――はい、ありがとうございます。マスターのご期待に応えられるよう、粉骨砕身お仕えすること、改めてここに誓約させて頂きます。」


 本当に分かっているのか不安だが、まあよしとしよう。でないと話が進まない。


「えっと、こっちの話は以上だ。他には何かあるか?」


「いえ、もうありませんよ。さて! 気を取り直しまして、いよいよ世界への扉を開きますが、準備はよろしいですか?」


 サーナは俺たちが話している間ずっとハラハラした様子だったが、一件落着したあとホッとした表情を浮かべていた。

 そして、ようやく世界へと出発することになった。最終確認をしてきたが、問題ないと首を縦に振ると、世界への扉を開いた。


 それは扉、というより光の道といった方がイメージしやすいだろうか。

 サーナが宙に円を描くとそこに光が集まり、その光が徐々に奥へと伸びていって道を作っていった。ここからでは終点は見えないほど道は長いようだ。


「この道を辿っていけば世界のどこかに繋がっています。といっても海のど真ん中や絶海の孤島、火山や地中などには出ませんから大丈夫ですよ」


「その可能性があるなら、まず神様を引っ張ってきて先に歩かせるよ」


「ですね。それでは、わたしとはここでお別れです。これからはお二人で協力し合って目標を達成してください。それと連絡をお待ちしていますから、いつでも気軽に掛けてくださいねー!」


「ああ、それじゃ、いろいろありがとう。あと神様にあったら俺の代わりに一発ぶん殴っといてくれ」


「む、無理ですよー!」


「ではサーナ様、これにて失礼します。ご健勝をお祈りしております」


「これはご丁寧に。わたしもお二人の安全をお祈りしてますから、元気でいてくださいねー!」


 手を大きく振りながら見送りしてくれているサーナを背に、俺たち二人は光の道を歩き出した。


 これからどんなことが待ち受けているか分からないが、二人――いや、一人と一人で力を合わせていけば乗り越えられないものはないと信じて、世界を創りかえる活動、そうだな、改創の旅を始めるとしよう―――


すいません嘘をつきました、思いのほか二人の会話が長引きました。


ですが、次こそ活動開始です。

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