リリアーヌ
その声は理知的で物静かな、しかしはっきりとした意思を感じさせる透き通った響きをしていた。
このときまでどんな声をしているのか知らなかったのは、エディット時に声の項目が無かった為だ。
あとで聞いたのだが、声は構成された全要素から算出されたデータを元に、世界が最も適したものを割り当てるらしい。
「………」
「どうしたんですかカズキさん? ぼーっとしちゃって。もしかして、見惚れちゃってました?」
「……ッ、そういう訳じゃない。ただ、ちょっとビックリしてただけだ」
想像以上に綺麗な声、完璧な所作。そして、凝って設定したおかげで俺に不釣り合いなくらい綺麗だった容姿は、それらが組み合わさることでさらに磨きがかかっていた。
そんな人物なんて、直接はおろかテレビなどの画面越しにすら見たことはなかったので、少々硬直していたくらいは見逃して欲しいものだ。
「ほらカズキさん、リリアーヌさんに声を掛けてあげてください。さっきからカズキさんの言葉を待っていますよ?」
「あ、あぁ、そうだな悪い。は、初めまして、俺の名前は三枝一樹です、これからよろしくお願いします」
自分でエディットしたとはいえ、対人スキルの低い俺がそんな相手に対等以上の態度で相対することなど出来るはずもなく、どもりながら不恰好な挨拶をしてしまった。
「かしこまりました、創造主。しかし、私ごときに敬語は不要でございます。どうか他の下々の者どもと同じようにお扱いください」
「他の下々って、おれはそんな大層な身分じゃないから。あと、自分のことを『ごとき』なんていうのはどうかと思うよ。自分自身もだけど、それじゃあまるで、俺が見下されてるような気分になるし」
返ってきた言葉に対して、不機嫌を隠さず声に出していた。
リリアーヌが発した言葉は身分的な意味しか持っていなかったのだろうが、リリアーヌをエディットしたのは俺だ。俺の理想以上の姿で現れた彼女が自分のことを『ごとき』ということは、遠回しに俺の理想がつまらなく、くだらないものだと言われたに等しい。確かに、凄い・立派だと言われるようなことではないのは事実だが。
それに、ゲームのように創りだされた存在だとしても、リリアーヌが俺より遥かにスペックの高い存在であることは明らかだ。その彼女が俺以下、などということはありえない。むしろ俺の方が下だ。
「………申し訳ありません、創造主。思慮に欠ける発言だったことをお詫び申し上げます。つきましてはこの身、いかような罰をも受ける所存にございます」
「いや、分かってくれたならいいよ。俺も少し短気だった、ごめん」
俺にしては感情が素直に出ていたので頭を下げると、リリアーヌは少し慌てていた。
「頭をお上げください、創造主。私ごと……私に対して謝罪は不要でございます。むしろ、創造主の被造物にして侍女たるこの身が、創造主の御心を察することが出来なかったことを恥じ入るばかりでございます」
「だから、もういいってば。それに、エディットの精神設定で『従者然として』って入れたのが強く表れた所為だろうし、それなら結局は俺の所為ってことだ。よし、この話はこれでおしまい!」
「ですが……」
「じゃあおあいこってことで。それでも納得できないなら、そうだな。俺に対する態度をもう少し砕けた感じにすること、あとその『創造主』っていう呼び方も変えてくれるといいな、それを罰にするってことで。正直言われたことがないから居心地が悪いというか、落ち着かないんだよ。」
「……かしこまりました。寛大な御心に沿えるよう、善処いたします」
まるで変わっていなかったが、急に変わることは出来ないのだから仕方ない。
もしそれが出来るようなやつだったら、表面を偽ることなど造作もないやつなので、信頼することは難しいだろう。
信頼できない相手と一緒にいるなんて、ストレスが溜まってしまう。これからのことを思えばなおさらだ。その点、リリアーヌには好感が持てた。
まあ、徐々に慣れていけばいいだけの話だ。俺も、リリアーヌも。
「お話は終わりましたか? あ、自己紹介がまだでしたね。お二人の担当者のサーナといます。これからよろしくお願いしますね、リリアーヌさん」
一段落したと思ったのか、顔をニヤつかせながら会話に混ざってきた。
いや、この場合微笑ましいものを見た保護者のような表情、といった方が正しいのだろうか。どちらにしろ、当事者からしたらイラッとする表情だ。
「こちらこそ、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私の名前はリリアーヌ、マスター共々以後、よろしくお願いしますサーナ様」
「――これは、たしかにこみ上げるものがありますねぇ。カズキさんの言っていたことが少し分かった気がしました」
リリアーヌに挨拶をされたサーナは、頬を少し紅潮させながら呟いた。
「もういいだろそのことは。それより、これで準備は全部完了なのか?」
「?」
俺の願望(というか欲望)を晒されて恥ずかしくなり、顔を赤くしながら話を逸らした。
リリアーヌは、何のことか分からないといった感じに首を傾げていたが。
「いえ、もう少しだけお付き合いください。それでは、メニュー画面の『ステータス』を開いてみてください」
言われてデバイスを操作した。すると、俺の名前の下に『Lv.1:リリアーヌ』と追加されていた。
「リリアーヌさんの名前が表示されていると思いますので、そこを押してください」
リリアーヌのステータスを開くと、STR、VIT、DEX、AGL、INTといったゲームでお馴染みの項目と、BPという項目があった。おそらく、俺の方もこうなっているのだろう。
「その中にBPというものがありますが、それがさっきクリエイションの説明のときに話したレベルアップしたときにもらえるボーナスポイントです」
「これが………俺の方は3だけなのに、リリアーヌは99もあるが何故なんだ?」
クリエイションでレベルが上がっていたので、どれくらいBPがあるのだろうと見てみると3しかなかった。
比べてリリアーヌは99もあった。ステータスの値はそう違わないのに、何故だろう。
「それはですね、初期設定値として初めから99ポイント付与されているんですよ。いくらパートナーを付けるといっても、そのパートナーの能力が低ければあまり意味がないですから」
「なるほどな。それなら核の方だってそれなりのポイントをくれたっていいと思うが」
「それはそれ、これはこれ、というやつです」
「……まあいいや。それで、これをそれぞれに振り分ければいいのか?」
「それだけではありません。『ステータス』の中に『スキル』というものがあったと思いますが、その中には現在所持しているスキルと、現在のレベルで覚えることのできるスキルが表示されています。前者は白、後者は灰色になっています。で、新たにスキルを覚えるのにもBPを使います」
「それを聞いて、なおさらこっちにも欲しくなったよ」
「あはは。あと、これはアドバイスですけど、BPをどれか一つに極振りするような極端なことはしない方がいいですよ。レベル補正さえあれば目標は達成できる、とご主人様は言っていましたが、あとになって『欲しいスキルがあるのにポイントが足りない』『あっちに振っていたポイントをこっちに振っておけばよかった』なんてことがあるかもしれませんから。もちろん、均等にしすぎても同じことが言えますけどね」
BPをステータスに振りすぎると肉体系の単細胞に、スキルに振りすぎると頭でっかちの技術屋に、均等に振り分けると不便ではないが活躍もしないものになる、と。
なんにしろ、バランスが大切ということだ。ここら辺は現実的である。
ゲームだと極振りのキャラクターの方が最終的には強い場合が多いが、現実ではそうはいかない。何か一つがずば抜けているということは、他のことは役に立たないということでもあるからだ。それも、人数が確保できるなら強みとして機能するが、二人しかいないのでは欠点にしかならない。
もちろん、全ての値が高水準というなら話は別だが、活動初期にそれを求めても無理な相談だ。
「ポイントの振り直しはできませんから、じっくりと考えてお二人で相談してから、落ち着いたときに行うといいですよ。ポイントの蓄積上限はありませんし、今すぐしなくても問題ありませんから」
「そうするよ。焦ってやったって碌なことがないからな。リリアーヌもそれでいい?」
「はい、問題ありません。マスターの御心のままに。――ですが一つだけ、お許しいただきたいことがございます」
「ん? な、なにかな?」
話してみて自分の思う主人のイメージと違った。協力はするが一緒に居たくないので別行動をさせてくれ――雰囲気が重々しかったので、これくらいのことは言われるのではないかとビクビクしながら聞き返した。
「私の能力を振り分ける際に、その候補を私に選定させていただきたいのです。先に『マスターの御心のままに』と申し上げておきながら、マスターの選択の自由を狭めるこのような願い、無礼とは重々思いますが、ご一考くださるよう伏して、お願い申し上げます」
「……あぁ、なんだ、そんなの許すも許さないもないよ。自分のことは自分で決めたい、なんて当然のことじゃないか」
それは至極当然なことだった。むしろ見当違いな懸念で身構えて、冷や汗をかいた俺の方が失礼だった。
「ですが侍女としましては、いささか分を弁えぬ願いでございます。気の短い御方なら、首を刎ねるくらいのことはなされるかもしれません」
「首を刎ねるって、いつの時代のお貴族様なんだか。もちろんそんなことしないし、これからもないから。あと、まだ態度が固いよ? もう少し気楽にいこう」
「いえ、こればかりは早々変えることは出来ません。ですが、マスターの御心の広さには感服するばかりです」
「……別に、当然のことだし、波風たてないように生きてきた結果だよ」
リリアーヌがしれっとした表情から微笑みを浮かべたとき、俺は理解した。つまり、俺はリリアーヌに試されていたのだ。
さっきの発言は、人によっては激昂することもあるだろう。『俺の創った道具風情が人間みたいなこと言ってんじゃねえ!』といった具合に。
俺はリリアーヌのことをそんな目で見ていないし、それは彼女も分かっているのだろう。
それも踏まえた上で、下手な態度と重々しい語り口をして、俺の反応を見ていたのだ。
さっきの問答の件と合わせて、リリアーヌの心の中で落第の判を押されることは免れた、と思っておこう。本当の評価を聞くのは恐いからだ。
最後の自棄気味というか拗ねたような俺の言葉と態度は、いつの間にか安全圏で試すことが出来るほど俺のことを見透かされていたことや、簡単に手玉に取られていた自分のなさけなさに気付いたからだった。
この話で大まかな説明回は終わりです。
次からはようやく活動を開始します。