チュートリアル2
「では次の『アイテムボックス』の説明に移りますけどいいですか?」
頷くと、サーナは説明を始めた。
といっても、ゲームでよくあるシステムだったのだが。
「では『アイテムボックス』の項目を押してください。今はまだ何も入っていないはずなので、実際に物を入れてみましょう。画面の上にある『入れる』を押してください」
画面にはアイテム一覧らしきスペースの上に『入れる』『アイテム検索』『捨てる』『緊急使用設定』『転送』『戻る』の項目があり、『入れる』を押すと画面中央にまたカーソルが現れた。
「カーソルが表示されたと思いますので、さっき素材を選択したときと同じようにすると物を『アイテムボックス』に入れることができます。今回はさっき使った木材を入れてみましょう」
カーソルを木材に重ねて画面を押すと『このアイテムを入れますか はい/いいえ』と表示されたので、『はい』を押した。
すると木材が目の前から消えて、アイテム一覧に『木(角材)4』と表示されていた。
「はい、できましたね。もし何も選択せずに画面を戻したいときは『戻る』を押してください。入れた物の表示は、最初の設定ではカズキさんの世界でいうところの、あいうえお順になっていると思います。これはあとで変更できますので、お好きなようにいじってみてください」
アイテム一覧のはじっこにアイコンがあり、それを触ると『取り出す』『捨てる』『設定』と出てきた。この『設定』でいろいろ変更出来るのだろう。
「物を入れる時の注意点は、入れられる量は千種類、一種類につき九十九個までです。入れることのできる物はクリエイションで創ったもの、たまにご主人様から配られる支給品だけです。あと入れられるものにも制限があり、さっきの木材のような素材系なら核の方が立った状態の胸の高さまで持ち上げられる重さまで。完成品なら五十センチ角の正方形に収まる大きさまでとなります」
「素材はともかく、完成品は結構小さいものしか入れられないんだな」
「それはですね、本来『アイテムボックス』は核の方の行動の補助の為に作られた機能なのです。そもそも人間の行動限界を超えるものを入れるようには出来ていないので、個人で持ち運べる物、消耗品や小物の類までしかいれられないように制限しています。制限なしだと、剣や鎧などの装備品はともかく、大岩や巨木、家や橋などの非常識なものまで入れてしまう方もいますから」
「ある程度は協力してやるが、自力で出来る範囲で行動しろってことか。わりとシビアなことを言うな神様」
「それは『その辺りを大らかにすると努力も工夫もしなくなるから、新しいことや面白いものが見れなくなるわ』らしいです」
「………正論ごもっとも。ない頭捻って考えることも重要だよな」
人間、楽できる選択肢があるなら大多数がそっちを選ぶからな。
現在の技術の大半は、辛い道をあえて選んだ少数と、楽に行動できる方法を模索した先人たちによって創りだされ、維持されているのだから。
未知に出会いたいなら、枷をつけて行動させることは理に適っている。
「次の『アイテム検索』と『捨てる』はそのままなので飛ばしますね。あ、一応『捨てる』の注意点だけ。『アイテムボックス』から取り出さずに物を捨てた場合、アイテム一覧からだけでなく、世界からも消えてしまうので気を付けてください。もちろんバリスも一緒に消えます。ですから、再利用する可能性のあるものやバリスの多いものは『アイテムボックス』から取り出してから捨てるようにしてください」
「お、おう、了解だ」
あれだ、よくネット掲示板などで書き込まれている『誤廃棄した』とか『アレ取っとけばよかった』とかいう状態になるやつだ。
しばらくは大丈夫だろうが、慣れてきてアイテム一覧が埋まってきたら要注意だな。
「では次の『緊急使用設定』ですね。これは解毒剤や目くらましなど、使いたいけど『アイテムボックス』を開いている余裕がないときに指定した物をすぐ使えるように設定する機能です。設定した物は最初の画面の右上にアイコンで表示されるようになり、使いたいときにアイコンを押すと利き手に選択した物が出てきます。アイテム一覧にあるものなら何でも設定できますが、上限は十種類までですから切り替えは小まめに行うといいですよ」
「そういえば、回復薬みたいすぐ怪我を治すようなのはないのか?」
「残念ですけど、ありませんね。カズキさんの世界にも無かったと思いますが、基本は自然に沿ったものしかありませんし、創れません。ゲームでよくある魔法などもありませんから、その辺りはご了承ください」
この手の物語でよくある『回復薬で全快』や『魔法で解決』みたいなことは出来ないらしい。極力怪我や病気はしないようにしよう。
でも、魔法は使ってみたかったなぁ……
「次の『転送』ですが、これは『アイテムボックス』にある物を別の場所に移す機能です。この別の場所というのは予め設定した中継点のことで、最大五カ所設定出来ます。設定するには『転送』の項目の中にある『中継点設定』で行います」
『転送』を押すと『アイテム選択』『中継点設定』『中継点一覧』『戻る』と表示された。『中継点設定』を押してみると、お約束のようにカーソルが表示された。
「これもさっきまでと同じように、設定したい場所をカーソルで指定して画面を押すだけです。設定した中継点が五カ所になり、別の場所に設定を変えたい場合は『中継点一覧』から削除するものを選んでいただき、削除すると新しい場所を設定できるようになります」
「こりゃ便利だな。わざわざ遠くまで行って物を取り出す必要がなくなる」
おしむらくは『アイテムボックス』にあるものだけ、というくらいだ。
『アイテムボックス』に入らない大きなものや完成品は荷車などで運ぶか、入るように素材としてクリエイションしなければ駄目だということだ。
「ついでに自分も転送できたらもっと便利だけどな」
「さっきの制限と同じで、これもあくまで補助の機能ですからね。しかたないですよ」
「わかってるって、言ってみただけ」
期待して言ったわけではないし、それはサーナも分かっているのだろう。さらっと流して説明を再開した。
「これで『アイテムボックス』の説明は以上です。次の『マップ』に移りますがいいですか?」
「ああ、続けてくれ」
「では。この『マップ』を押すと世界の全体図が表示されます。これに表示されるのは『現在位置』『中継点』『一軒以上建築物のある場所』『名称のある場所』です」
「ん? 建築物のある場所ってのは分かるが、名称のある場所ってのはなんだ? ついてない場所とかあるのか?」
もちろん俺もすべての場所に名称があるとは思っていないが、今の言い方だとない方が多いように聞こえたのだが。
「実は、一つもないんですよ」
「え? 一つも?」
「はい。それに名称がないのは世界の中だけではなく、世界自体にも名称はありません」
そういえば、サーナが今までこっちの世界のことを、固有名称で呼んだことは一回もなかったな。
「理由はご主人様が『いちいち名前なんぞ付けてられるか、めんどくせぇ』と」
「……まあ、確かに。じゃあこの名称ってのは、俺が付けるってことか?」
「はい。方法は『マップ』の右上にあるアイコンを押していただくと、名称入力画面に変わります。そこに自分の好きな名前を入力すると、現在位置にその名称が付きます」
「つまり、名前を付けたければ現地へ行けと」
一度も言ったことのない場所は名無しのままだが、行くことがなければ特に必要はないし、初めて訪れた時に名前を付けるようにすれば、次からは『マップ』に表示されるから便利になると。
「はい。ですから姿の同じ世界の同じ場所でも、核の方々の個性によって地名が全然違いますし、世界自体に名前を付ける方もたくさんいます」
「あった方が便利だからな。いちいち『この世界』じゃどこを指してるのか分からなくなる」
「ですね。世界への名付けはデバイスではできません。担当者であるわたしに直接言ってください。ここで決めてもらってもいいですし、あとでもできますから急がなくてもいいですよ」
今のところ困っていないし、慌てて決めても碌なことがない。呼ぶことがあるか怪しいし、後でも出来るなら今付ける必要はない。
そう言って説明の続きを促した。
「では次の『担当者へ連絡』ですが、そのままですね。これを押すと、テレビ電話のようにわたしと連絡がとれます。用件は世界の名付け、重大な事件から普段の愚痴やただの雑談まで、なんでもいいですよ。中には一度も使わない、一時間おきに連絡が来るなんて極端な方もいますけど」
「連絡が取れない時間とかあるのか? 営業時間外みたいな」
「いえ、核の方がこの機能を使うときは、担当者の受付可能な状態の時間に時空を切り替えるので、トラブルでもない限りはそういうことはありませんね」
緊急時などに連絡が取れない、じゃ意味がないからだろう。
今さらだが、さすが神様。これっぽっちのために時空を切り替えるなどわけないのである。
「そうか、じゃあ何かあった時には連絡するよ」
「はい! お待ちしてますので、いつでも連絡してくださいね!」
くっ、可愛いじゃないか! これは確かに、大した用がなくても連絡したくなるな。
だが、年齢=ボッチ歴を舐めてもらってはこまる。このような反応に勘違いをして自爆しまいと、碌に会話も出来なかったこの俺だ。用もないのに連絡など、壁が大きすぎて上どころか左右も果てが見えない。
「次の『ヘルプ』もそのままですね。今までの説明や機能の詳細、他にはご主人様やわたし達の紹介、細かな世界の変遷などが書かれています。気になることや分からないことがあったら目を通してください。これでデバイスの基本の説明は以上ですが、これまでで何か分からないことや気になることはありますか?」
「いや、特にないよ」
「では、これで説明を終了します、長時間お疲れ様でした。もう少しだけすることはありますが、一旦休憩にしましょう」
説明を始める際にしまっていた卓袱台と座椅子、お茶とお茶請けを広げてひと息つくことにした。
お茶を一口飲み、籠の中から最中を取って一口かじる。
「もう少しすることってなに? 俺はこのまま世界の方に飛ばされるもんだと思ってたんだが」
サーナも長時間・初めての説明ということで緊張と疲れが大きかったのだろう。お茶を飲むと、ふぅーっと大きな息をついて体の力を抜いていた。
「あ、はい、それはですね。これからカズキさんには、一緒に行動してもらうパートナーを設定してもらうんですよ」
わたしはゲームのチュートリアルもしっかりとやります。二度目以降は飛ばします。
次はようやくヒロイン登場です。