この世界に連れてこられた理由2
存在の希薄な世界を存続・維持するために別世界の人間を核として機能させる。
この手の物語や昔の宗教観などには人柱のような話はよく出てくるが、その当事者になるとは夢にも思わなかった。
なにより、存続させたい世界というのが自分の生まれ育った世界ではなく、余所の神様が趣味で創った世界ということが問題だ。
本人には重要だが他人から見ればどうでもいいこと――どうでもいいは言い過ぎかもしれないが、不可能はほぼないと自他共に認める存在が余所様を巻き込むなよ、と文句を言いたくなるレベルの話ではある。
最初の断りである程度なら笑って流そうと思っていた俺だが、さすがに自分と関係ないことで人柱にされてまで水に流せるほど、懐は大きくもないし熱血漢でもない。
「………えっと、仮に核として俺みたいなやつを埋め込んだとして、その程度で存続できるほど小さな世界なのか? あと、埋め込むってことはやっぱり、何かの装置みたいなのに繋がれてそこに縛られるのかな?」
『世界の管理には知性ある者でなければならない』と先に述べたが、たかだか人間一人で支えられる世界とはどんなものなのだろうか?
あるいは千、万単位なのかもしれないが、それだけ人間を別世界から集めるなら、自分で創りだしたものに任せた方がよほど効果的だろう。
「えー、世界の大きさはカズキさんの世界でいうところのユーラシア大陸くらいの大きさで、その中に海や山、大陸などがあります。カズキさんの担当する世界には植物はありますが、動物・虫の類はまだほとんどいません。理由としては、世界を安定させる前にそれらを出現させると、動物たちの方が世界より存在の力が強いので崩壊してしまうそうです」
『カズキさんの担当』ということは、どうやら世界一つに一人ということみたいだ。
それにしても、ユーラシア大陸ほどの大きさを俺一人で支えるのは無理な気がするのだが、装置に繋がれる説が濃厚になってきた。
「世界に埋め込む、といっても実際に拘束するのではなくて、世界とカズキさんの存在を次元的に重ねて存在を錯覚させる、というものです。これには元々世界が持っている『相手を映し出す』性質とご主人様の補助を使用します。ですからカズキさんのおっしゃったような懸念はありませんよ。カズキさんは世界に居てくだされば良いわけです」
「そうか……ならまだ許容範囲か。そういえば、その核に自分の創造物を使わないのは何でだ?」
「えっと、それも神様が原因でして。そもそも世界を創造した理由が未知への好奇心みたいなものですから、『自分が創りだしたものには既知しかない。そんなものに世界を繋げても意味がない』だそうで、別の世界から呼ぶことにしたそうです。ちなみに世界と繋げる時とその後の効率では、圧倒的に自分が創りだしたものの方が良いそうですが」
「そうだろうな、言わば兄弟だし赤の他人よりはいいだろうさ。これも趣味人の道楽に巻き込まれたと諦めるしかないか。あとは、どれくらい核をやっていればいいんだ?」
最大の懸念材料は許容範囲内に収まったが、次は核となっている期間だ。
一年か十年か下手したら死ぬまで、いや最悪死んでからも継続なんてこともあり得る。正直付き合いきれないし、やりたくない。
「核となっていただく期間は、人によってさまざまなんです。理由は世界の単独確立に掛かる時間の差なのですが、単独確立させるためには世界の存在の力――バリスを補充していかなければなりません」
「バリス? なんか金の単位みたいだな」
「ご主人様が便宜上そう呼ぶようにと名付けられました。由来を聞いたら『んなもんはねぇ、単なる思いつきだ』だそうです。もしかしたら正式名称があるかもしれませんね」
「偉そうな学者は何にでも名前を付けたがるからな」
ようは、早く帰りたければバリスを集めまくれってことだ。別に帰らなくてもいいやつもいそうだが、帰りたいやつは必至だろう。俺は、はたしてどっちなのだろう?
「バリスを補充する方法は大まかに二つあります。一つは核となっている人からの自然補充です。これは世界と繋がっているのでバリスを共有し合うことで起こります。ただその補充量は、核となる個人のバリスの強さ・送れる量の違いによってさまざまで、実際ほとんどの人は少量のバリスしか補充できません。その代り、核の方が亡くなられたり何らかの理由で繋がりが途切れた場合を除いて、世界にバリスを補充し続けることができます」
「なるほどね。って、やっぱり死ぬようなことがあるのか……」
核以外に動物の類はいないと言っていたから、襲われて命を落とすことはないと思っていたが、事故や病気に老衰で死ぬこともあるのだ、気をつけねば。
「はい残念ながら。でももし核の方が亡くなるような状況になった場合の保険として、亡くなる一秒前に時間を停止させ世界との繋がりを断った後に、バリスの総補充量に応じて褒賞を選択していただき、元の世界に帰還させる効果のある術式を存在に刻ませていただきます。あ、痛みや後遺症などは無いので安心してください」
「そうか、そりゃありがたい」
「あと、その術式の発動には一定以上のバリスが必要なのですが、まだ必要量に達していない、言わば初心者期間にはバリスの消費無しで発動しますのでご安心ください。ただしこの初心者期間にも期限があり、カズキさんの場合は四カ月ですね、それを過ぎると終了し、バリス補充に非協力的とみなされた場合は強制送還扱いとなります。当然、褒賞はありません」
つまり、どうしても早く帰りたいやつは初心者期間内に死ぬか、それを過ぎるまでじっとしていればいい訳だ。どっちも俺はやらないだろうが。
「了解。そういや、拒否権がないわりにあっさり帰すんだな。てっきり完了するまで帰さないと思ってたが」
「それはですね、世界と繋がった状態で核の方が亡くなってしまうと、その影響で世界も崩壊する可能性があるからです。ようは世界保護が目的で、核の方の帰還はついでなのです。あと『失敗したら退場に決まってるだろ』だそうです」
なんとも自分本位なことだ、これも神様だからだろうか?
「そっか。じゃあ二つ目はどんな方法だ?」
「はい、二つ目はこれから伝える方法で世界を創りかえ、世界自体のバリスを上げていくことです」
「世界を創りかえるって、そんなことが簡単にできるのか?」
「はい。世界の存在が希薄なことはさっき説明しましたが、希薄ということは正しい手順を踏めば組み替えることも容易、ということです。硬い石を削るよりも粘土をこねて形を作る方が簡単なのと一緒ですね。創りかえるといっても山を出現させるような地形を変えるということではなく、木で家を作る・川から水を引いて用水路にする、みたいな町づくり的なものと考えていただければ近いですね。方法については後で基本を説明します。」
「ああ、自分の趣味や住みやすい環境に周りを変えるということか」
ネットゲームでいうところのクリエイター職みたいなことをするらしい。ネットゲームはしたことがないからよく知らないが。
「そうですね。バリスが上がる原理については方法と一緒に説明しますが、基本はこの方法でバリスを補充していくことになります。さて、何かこれまでの他に聞きたいことはありますか?」
「んー、じゃあ今思いつく二つだけ。バリスの補充方法は大まかに二つと言っていたが、他にもあるんじゃないのか? 例えば他の世界から譲ってもらうとか、極端に言えば奪うとか」
バリスの補充方法に核からの自然補充があるように、世界同士を繋げることが出来ればバリスの移動だって不可能ではないはずだ。
さらには侵略などをして、相手の世界から強引にバリスを奪うことも可能だろう。
俺にはする気も出来る気もしないが、他の核のやつは別である。
もしそんなやつが攻めて来たら、抗うことは出来ないだろう。なにせ戦争はおろかまともに喧嘩すらしたことのない俺が、侵略者相手に何が出来るだろうか? 答えは、何も出来ないだ。
「あー、やっぱりそういう発想が出ますか」
「まあ、こういう物語のお約束だからな。資源の奪い合いから大きな戦いに巻き込まれていくってのは」
「確かに出来なくもないですが、それを行うためにはいくつかの条件をクリアしないといけません。まず、世界ごとにずらしてある次元の同調、次に無限回廊現象の阻止、次に世界間移動のためのエネルギーと移動方法の確保、次に侵略行為のための武力の確保、次にバリスを奪うために世界同士を繋げる術式の開発とご主人様のプロテクトの突破。さらにはそれらの準備の間、常に世界を観察しておられるご主人様の目を掻い潜る隠密性。と最低でもこれだけあります」
「うわぁ、面倒だな。出来たとしても割に合わないな、こりゃ。でも神様の目を掻い潜るって、こういうことは逆に喜びそうなんだが、違うのか?」
「ご主人様は未知を求めていますが、労力に見合わない面倒事は嫌いなのです。こと世界同士の争いは管理の輪時代にウンザリするほど体験なさったらしいので『そんなことをしようとするやつは潰す』とおっしゃっていました」
「あぁ、娯楽に水を差される感じか」
「はい。それに、先の条件の他もろもろの問題をすべてクリアできる人物は、既にご主人様以上の力の持ち主なので、争い好きでもない限りそんなことはしないと思います」
確かに、そんなことをするくらいなら自分で世界を創って好き勝手した方が楽で自由だからだ。
たまにいる、相手の土俵で戦って自分の力を誇示する、という自己顕示欲の塊でもない限りは、だが。そんなやつがいないことを祈るだけである。
「カズキさんは、そういう世界を創ろうとしているのですか?」
サーナは不安げにこちらを見ていた。余計なことを聞いたからだが、誤解は解いておかないと後々面倒になる。
「いや、俺はしないし出来ないよ。ただ、誰かがやってきたら困るなと思っただけさ」
「そうですか、ならいいのですが」
「ま、杞憂で終わればいいけどね。じゃあ二つ目は、これは始めの方に聞き忘れてたことなんだけど、俺をここに連れてきたメール、あれってなんなの?」
そう、俺が巻き込まれた原因のあのメール。意味不明なうえに『世界が欲しくないか』なんて悪役感溢れる台詞。何故あれが俺のところに届いたのかが知りたかった。
「あのメール、というか招待状ですね。あれはご主人様が別の世界の適性の有りそうな方に手当たり次第に送っているもので、一定以上の適性があって、ある感情が強い方をこちらに連れてくる術式が込められています」
「ある感情?」
「はい。その感情とは、自分を含めた周囲に強い違和感を持っていることなのです」
「……それは、別に特別でも不思議でもないんじゃないか?」
そう、誰でも大なり小なり持ち合わせている感情である。それが多少人より強かろうと別世界に連れて行かれる理由としては弱い気がする。
確かに俺は周囲との距離感が掴めず、それを改善出来ないまま今日に至るわけで。一時期は中二病みたいな思考だったこともある。
「ですが、それが取り分け強い方がいるのです。それは何かに躓いている方だけではなく、問題らしい問題のない普通の方や順風満帆な成功者にもいます。で、そういう方々には共通して、心の中に自分だけの確固たる世界が存在しています。そして、そういう方々の世界を利用しようとご主人様は考えたのです」
「自分本位、とは罵れないな。少なくとも俺は」
つまりは、現状に不満なら好きに出来る世界を与えてやる、その代りにこちらの要求も飲め、という契約のようなものだからだ。
もちろん、それに反発する人もいるだろう。しかし俺はこの状況を嬉しく思っている部分が大きくなっている。
別に、元の世界が嫌いとかいうわけではなく、ここでなら自分に合った生き方を出来るし、思いの擦れ違いや掴めない距離感で悩む必要がないからだ。
ある種の逃げの思考だが、今まで生きてきた中で一度も見ることのできなかった光なのだ。飛びつかなければ、この先一生出会うことはないかもしれないだろう。
「まあメールについては分かったよ。でも説明なしでいきなり放置は本当にやめてほしかったな」
だが素直に認めるのも癪なので、ささやかな恨み言を改めてつぶやいた。
「……その件については本当にすいません。先輩たちが何度も陳情しているのですが、ご主人様は改善する気がないみたいです」
そして、落ち込むサーナを見て罪悪感に見舞われて居心地が悪くなる俺であった。
次からはシステムのお話です。
ヒロイン登場は7話以降ですので、気になる方はせめてそこまでお付き合いください。