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この世界に連れてこられた理由

「では、気を取り直しまして。事の発端から説明をさせていただきますが……」


 サーナはしばらく顔を伏せていたのだが気合を入れるかのように、むんっと顔をあげて湯呑のお茶を一気に飲み干した。

 それからお茶請けをつまみながら軽く雑談をしたあと、ようやく本題に入った。のだが、どうにも歯切れが悪い。


「何か問題でもあるの?」


「いえ、問題というほどでもないのですが、人によっては溜息をついたり怒るような話なので、その辺りを頭に置いてくれればありがたいです」


「えっと、そんなしょうもない理由なの?」


「本人には重要でも、他の方から見ればどうでもいいことってありますよね? これはその類といいますか……」


 なるほど、そういう訳なら歯切れが悪いことも理解できる。

 自分にとってどうでもいいことで別世界に突然連れてこられて、あげく何かを達成しないと帰れず拒否も出来ない。せめてもの救いがアフターサービスをちゃんとしてくれる、というくらいでは怒り出す人もいるだろう。むしろそっちの方が多いはずだ。


「……分かった。とりあえず話を聞いてサーナに怒鳴り散らすようなことはしないから安心してくれ」


「はい、助かります。それと遅まきながら、こちらの事情に巻き込んだことをお詫びします」


そう言ってサーナは頭を下げた。気にしていないといえば嘘になるがサーナに謝られることではないし、逆にいたたまれない気持ちになってくる。

ちなみにサーナを呼び捨てで呼んでいるのは、さっきの雑談の中で『わたしに、さん付けは必要ないですよ。気軽にサーナ、と呼んでください。』と、やや強めなニュアンスでお願いされたからだ。ボッチ歴の長い俺が、ほぼ初対面の女の子相手に呼び捨てはハードルが高かったが、サーナの中では譲れない部分らしかったので呼び捨てにすることにした。まあすぐに慣れてのだが。


「頭をあげてよ。それよりも話を初めてほしいな」


「あ、そうですね、前置きが長くてすいません。では始めますね」


そうしてようやく本題に入ったのだが、感想としては確かに馬鹿馬鹿しい話だった。


「わたしのご主人様――神様は、ある世界を管理している神様たちの主神だったのです」


「だった?」


「はい。途方もなく長い時間世界を管理して、システムや世界の安定化・内外にある不穏分子の排除などを続けていてふと、こう思ったそうです。『ここまでいろいろ整えてやったら、もう俺いらなくね?』と」


「ぶっ!」


 いきなり軽い口調で心情を語られたので、飲んでいたお茶を吹きかけた。

 大丈夫ですか!? とサーナがハンカチを取り出してくれるが、大丈夫だから続けてと咽ながら話の続きを促すと、心配そうにこちらを見ながら話を続けた。


「えっと神様曰く、『こんだけシステムを調整して神員配置も問題ない。俺より強い神も有能な神も大勢いるし、今となっちゃ最後の判子を押すことくらいしかやることがない。ぶっちゃけ飽きた! この世界も長いこと見てるから真新しいことも何もないし、つまんねえ!』だそうです。そして側近だった神様にそう伝えると、他の神様の制止も聞かずにその側近を主神に据えて、自分は主神の座を降りて管理の輪から離れたそうです」


 あんまりな内容に絶句をしてしまったが、自分に置き換えてみるとなるほど、確かにうんざりして逃げ出してしまうだろう。


 無責任に思えてしまうが、考えてみてほしい。

長い間山も波もない生活が続いている。世界の頂点ではあるが、その世界は新鮮さという輝きを失って久しく、新しい輝きが生まれる気配もない。周りは優秀な部下が揃っているが優秀すぎて自分の出る幕はなく、残された仕事と言えば誰でも出来る簡単な作業。主神という立場に拘りはなく、生きるための糧を得る必要もない。

 もちろん責任を負う立場ということは重要なことであるし、最後の判断を下すことだって物事の是非を正しく理解していなければ出来ないことではある。

ただ、自分である必要はあるのか、ということだ。


自分にしか出来ないことは既にやり終えており、何か新しく見つけようにも見知ったものばかりで何もない。

ある程度なら納得も出来よう、我慢だって問題ない。

しかし限界は来る。限りある生命の人間ならともかく、限りのない時間と厳密に言えば生命ですらない神であるなら、なおさら。

いっそのこと知性や個性なぞ無ければ悩む必要も無かったであろう。それこそ機械のごとき無機質さならば。しかし、世界を管理するには機械では駄目なのだ。是非では図れない曖昧さという揺らぎは、知性無き存在には理解も判断も出来ないものだからだ。


こうして主神の限界は臨界を迎え、ついに崩壊してすべてを投げ出したのだった。


「………」


「ご主人様は『俺たちみたいなのにはよくある話だ』なんて軽い感じで言ってましたが、当時はそうとう辛かったのだと思います。」


「ああ、だろうな。俺ならまず耐えられない」


というより人間の精神では不可能だろう。何かで読んだが人間の精神は百五十年くらいが耐用限界らしいし。


「他の神様たちも制止したといいましたが、そんなご主人様の心情も理解出来るために強く出られず、ご主人様が管理の輪から離れる時には、神様たち総出でお見送りがあったそうです」


「そうか、それならまだ救いがあったな」


「はい。ご主人様もああ言った手前、後には戻れないが、その光景を見たときにはこみ上げてくるものを堪えるのに苦労したと」


 人間でいうところの、功労者が退職するときにある送別会のようなものだろうか。

 俺はまだ送る側も送られる側も経験はないが、長年携わったものから離れるということは、思いもひとしおだったろう。


「少なくとも部下に嫌われてはいなかったみたいだね。上司としては良い部類じゃないか」


「はい! ご主人様はわたしのような者にも分け隔てなく接してくださりますし、よく暇つぶしと称してわたし達のために催し物を開いてくださったりと――」


「あ、ああ、分かったから、続きを聞かせてくれ。まだ肝心の部分に到達してない気がするけど?」


 大きく持ち上げたつもりはないのだが、サーナは主人が称賛されたことに気をよくしたのか、ご主人様のいいところを羅列しだした。ヒートアップする前に止めなければ、延々と聞かされていたかもしれない。

 続きを促すと、そうですねと残念そうに話を戻した……危なかった。


「管理の輪から離れた後、管理していた世界からも離れて何もない空間に身を置いて、何をしようかと考えていたそうです」


「やっと、というのは変だが責務から解き放たれたんだ。主神クラスなんだし、それこそ何でも出来たろうな」


「はい、最初は何をしようかとウキウキしながら考えていたそうですが、だんだんと気分が落ちて行ったそうです」


「え、なんでだ? やりたい放題なんだろ?」


 束縛から解放されたら、普通なら今まで出来なかった欲望を吐き出すものなのだが、神様だと違うのかな?


「ええ、出来ることはそれこそ無限に。不可能はたぶんないそうですが、いざ好きなことをしようと考えたら、どれもしっくりこなかったそうで」


「なんか聞いたことあるな、それ」


 普段決められてことを決められた通りにこなす以外をしなかった人間は、いざ自由に好きなことをやれと言われても、上手く行動に結びつかずに何もできないらしい。


「なので、とりあえず世界を創ってそれから考えようとしたのです」


「とりあえずで世界を創るとか、やっぱり神様はスケールが違うよなぁ」


「そして、世界創造に取り掛かったのですが、予想外の出来事が起こったのです」


「何でもできる神様でも予想外とかあるんだな」


 神は全知全能なんていうから、未来のことだって知っているんだろうと思っていたのだが、よく考えてみれば、未来すべてを知っているならわざわざ行動を起こさなくてもいいのだ。何故ならその行動の結果は既知であり、新しくもなんともないからだ。

 そんな存在が管理の輪から離れる、なんて行動は起こさないだろう。その先を知っているのだから意味がない。


「以前尋ねたことがあるのですが、『知ることはできるが、それじゃつまんねえじゃないか』だそうで、未来に関しては自ら能力に制限を掛けているそうです」


「意外とロックなんだな神様」


「それで、何が予想外だったかというと、出来上がった世界は鏡合わせで出来る無限回廊のような世界だったのです」


「ん? よく分からないんだけど、もうちょっと分かりやすく言ってくれる?」


 無限回廊というのは鏡を向い合せに置いたとき、鏡の中に向かい側の鏡が映りさらにその鏡に鏡が映り、というのが無限に繰り返されて、さながら回廊のように見える現象である。行う場所や時間帯では、何番目の鏡に何か映るとか不吉な言い伝えもあったりする。

 しかし、世界の無限回廊とはどういうことだろう?


「はい。その時に最初に出来上がった世界は二つあり、まるで互いを鏡に映したように瓜二つだったそうです」


「まあ同時に出来たんだから、言うなれば双子だからな。瓜二つでも不思議じゃない」


「ご主人様も最初はそう思っていたそうですが、途端にその考えは消え去ります。初めは二つだった世界が四つ、八つ、十六と次々に増えていき、これはおかしいと焦ったご主人様が次元を停止させるまでに出来た世界の数は、百億を超えていました」


「百億以上の世界……」


 宇宙にある星の数からしてみれば大したことのない数なのだろうが、言ってしまえば趣味で観察する世界の数にしては多すぎる。それもほぼ一瞬で出来てしまったのだから、確かに予想外だろう。


「何故そのようなことになったかを調べたところ、未知の可能性を期待しながら世界創造を行ったのが大本の原因で、さらに出来上がった世界の性質が相手を映し出すというものだったらしく、ちょうど向かい合うように出来た二つの世界で反応しあい、それが連鎖した結果だということです。」


「なるほど、それで無限回廊ね」


「はい。原因が分かったのでこれ以上無駄に増えないようにと、世界ごとの次元をずらして鏡合わせにならないようにしています。実際の無限回廊は中の鏡が小さくなっていきますが、この世界は大きさが変わらず、存在の強度がだんだん薄れていくというものでしたけど」


「存在の強度が薄れる? それってつまり、最後の方に出来た世界は割れたシャボン玉のように消えてしまう可能性もあるってことか?」


 存在が薄いということは、ふとした弾みで掻き消えてしまうということである。

 いくら予想外に出来た世界だろうと、その世界も含めてそこにいる者たちまで突然消えても問題ない、なんてことはない。


「そのままならそうだったのですが、存在の希薄な世界に核を埋め込んで、その世界を確立させるという方法をご主人様が思いついたので、突然消えることはありません」


「ようは、何かの拍子に全部見えなくなってしまう前に座標をつけて、常に観測できるようにしたと………あれ、それって――」


 話の初めに入れた断りの内容、突然連れてこられた俺のような人たち、拒否権はなく終わるまで帰れない。これらの意味するところはつまり――


「お察しの通り、その核とは………カズキさんのような別世界の方々です」


神様はいつでもマイペースですが、悪人ではありません。

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