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初めての休日

 この世界で初めての休日、といってもただ日課以外の作業をしないというだけの日だが。

 明確に仕事と言えるものはリリアーヌの侍女業くらいなのもで、俺の作業は仕事と呼んでいいものか。どちらにしろ、給金は出ないのだから仕事というより生活習慣といった方が正確かもしれない。


「それじゃ先に展望台に行ってるから。急がなくてもいいからな」


「かしこまりました。それでは、行ってまいります」


 リリアーヌは罠の確認の為に森へと入り、それを見送ってから畑に向かう。

 畑には森で根ごと採取した食べられる野草を植えており、このように管理できるかの実験的意味合いの強い様相をしている。

 種類はさまざまで、ほうれん草のような葉の部分を食べるもの、山芋のような根を食べるもの、ナスのような実を食べるもの。

 山芋系は根の一部を埋めて新たに蔓が伸びるのか試しているし、実のなる種類はどのくらいの期間採取できるのか観察する予定だ。


「そういや、もしここを長期間離れることになったら、畑はどうしようなぁ」


 元が森に生えていた植物なので、特別手入れをしなくてもすぐには枯れないだろうが、時期を観察している種類はできるだけ見ていたいものである。

 いざとなったら畑ごと移動できるような仕組みを考えないといけないな、などと頭に浮かべながら水やりをしていく。


「まあこんなもんか。さて、そんじゃ登るか」


 如雨露をしまい、弁当と水筒を持って木を登る。


「やっぱりエレベータを造ろうかなー。でも素人仕事じゃ棺桶だからなぁ……」


 途中段数に辟易しながらそんなことを考えていた。すると注意力が散漫になっていたのか、階段を踏み外しかけて落ちそうになった。しかも転げ落ちるのではなく階段の外に落ちそうになったので、かなり肝が冷えた。


「――あっぶねー、死ぬかと思った。考え事してて転落死、なんて笑えねえよな」


 心臓をバクバクさせながら、また踏み外さないように気を付けて階段を登る。

 展望台付近では、周りに遮るものがないせいで風が強く、手摺り以外に掴む場所などないので下手をすると身を投げ出してしまいそうだ。既に二回登っているとはいえ、こういう環境は、簡単には慣れそうもない。


「ふう、あれ? リリー、いつの間にここに来てたんだ?」


「三十分ほど前でございます、マスター」


「……いやいや、朝別れたのが一時間くらい前だよな? いくらなんでも早すぎるだろ」


 落ちかけたことと強風を堪えていたことで、展望台に到着する頃には精神をそれなりに消耗した状態だったのだが、そこへいるはずのないリリアーヌの登場で心の余裕がすっかりなくなってしまった。


「はい。マスターをお待たせするわけには参りませんので、私の持てる全ての能力を駆使致しまして、本日の作業を終わらせてまいりました」


「あー、そう……ハイスペックだからな、そういうこともあるか」


「恐縮です。それではマスター、これよりお傍に控えておりますので、御用の際はなんなりとお申し付けください」


 そう言うと展望台の中央、屋根を支える柱の傍まで寄って、目を瞑り佇んだ。

 こいつは、休日を理解しているのだろうか?


「リリー、今日は休みなんだから、もっと自由にしてていいんだぞ」


「承知しております。ですからこのように、私の意思で傍に控えております」


「……でもな、それだと俺の心は休まらないんだよ。じっと見られてる気がしてさ。それに俺より働いてるリリーがそうやってお仕事モードだと、俺も何かしないといけない気になってくるんだ」


「――マスターのお気を煩わせてしまい、申し訳ありません。ですが、それなら私はどのように控えていればよろしいのでしょうか……」


 俺に苛立ちをぶつけられて、リリアーヌはすっかり気落ちをしてしまっていた。

 心の余裕がなくなっていたとはいえ、八つ当たりのように感情をぶつけてしまい、俺も居心地が悪くなっていた。

 周りの枝葉が風に揺られて音を奏でるが、場の空気も相まって心をざらつかせる騒音のように響いていた。

 さすがにこのままではどんどん気まずくなってしまうので、無い知恵を絞りだして声に出す。


「あー、その、だな。――そうだ! 膝枕をしてく、れな、いかなー、なんて……」


「――膝枕、でございますか?」


 知り合って日も浅い男に膝枕を要求されるのは、普通であればかなり気持ち悪い状況だろう。

 だが、覆水盆に返らず。吐いた唾は飲めないように、勢いとはいえ言ってしまったからには後には引けない。

 どのみち場の空気は悪いのだ。外を吹いている強風ですら押し流せない空気を入れ換えるには、別の空気を入れ込むしかない。

 たとえそれが、傍から見ればさらに状況を悪化させることになろうとも!


「そう膝枕。ほら、ここって床が板じゃないか。このまま寝転がったら頭が痛くなるしさ、それにこの方法だとリリーも座っていられるし、俺の近くにいられるからすぐに対応できるし、いいこと尽くしじゃないか」


「――かしこまりました」


「だからな、何もやましい気持ちがあるわけじゃ――え、マジで?」


「もちろんでございます。これ以上マスターのご気分を害する真似は出来ませんので。それではこれより、マスターの膝枕役をさせていただきます。何分初めてですので、不調法とは思いますが、どうかご容赦ください」


 悲壮な覚悟で臨んだ一番は、なんともあっさり片が付いた。

 が、こちらの意図とは別の意味で決意を固めたようなリリアーヌを見て、『絶対なんか勘違いしてる』と思ったが、ここでもたもたしていたら、さっきの繰り返しになってしまう。

 既に正座をしてこちらを待っているリリアーヌに、俺も腹をくくって膝枕に臨む。


「リリー、別に足を崩してもいいぞ? 長時間正座で膝枕だと辛いだろ」


「お気になさらないでください。これしきで根を上げるようでは侍女失格でございます」


「そうはいってもなぁ。あ、じゃあこれの上に座ってくれ。それならだいぶマシだろ」


 デバイスから『クリエイション』を選択し、手早く絨毯(木繊維製)を作る。

 羊毛の物より硬いだろうし、さっき自分で言っていた膝枕をする理由の一つを打ち消してしまうが、このままではリリアーヌの雰囲気もあり、まるで罰を与えているようで気が引ける。

 二メートル四方の絨毯を広げ、その上に座るように指示する。


「お見事にございます。これほどの物を短時間で作り上げるとは」


「お世辞は良いよ、無地だし、簡素なもんだから。それよりも早くこっちに座りなよ。あと、もうちょっと肩の力を抜いてくれれば言うことなしだな」


「ですが、マスターから仰せつかったこのお役目。先の失態を挽回する為にも万全を期して臨まなければ、マスターのご期待に副えません」


「えっと、それな、さっきのは俺が悪かった。八つ当たりみたいにしちまった。だからそんなに気負わなくてもいいから。それと俺の期待に副うっていうなら、もっと気楽にしてくれ。その方が俺の気も休まるし、リリーも落ち着けるだろ?」


「――マスターが、そう仰るのでしたら」


 俺の意図をようやく理解したのか、リリアーヌは絨毯の上に足を崩して座った。

 そして、俺も気恥ずかしさを堪えながらリリアーヌの膝の上に頭を乗せる。さすがに上を向くのは恥ずかしく、横を向いていたが。


「えっと、重くないか? アレならすぐ退くから言ってくれ」


「そんなことはありません。むしろ心地よいくらいでございます」


「そっか、ならよかった」


 ちらっと横目でリリアーヌを見ると、うっすらと笑みを浮かべているようだった。


「マスター、私のことはお気になさらず、ごゆっくりとお休みください」


「――じゃあ、昼くらいになったら起こしてくれ。一緒に弁当を食べような」


「かしこまりました」


 話題を探していた俺の気配を察してか、自分のことは気にするなと申し出たリリアーヌの、さっきとは違う柔らかい雰囲気に乗っかり、当初の予定通り昼寝をすることにした。

 初めこそ、気恥ずかしさで高鳴る心臓の音を気取られまいと気を張っていたのだが、体に添えられた手の感触や膝の温もりに、次第にリラックスしていき、いつの間にか眠ってしまっていた。

 膝枕なんて、母親にもしてもらったことはなかったのだが、不思議と安心するものだと実感した。


                  ・

                  ・


 それから昼に起こしてもらうまでたっぷりと眠った俺は、目が覚めて穏やかな表情のリリアーヌと目が合うと途端に顔が赤くなり、それを誤魔化すために転がるようにリリアーヌから離れた。

 あっ、という小さな声と、幾分か悲しげな表情に慌てて弁明をして、場が落ち着いてから弁当を広げる。


「それにしても、リリーの作る料理は美味いよな。何かコツでもあるのか?」


 今日の弁当はおにぎりと山菜の胡麻和えに牛蒡入りのさつま揚げだ。


「ありがとうございます。そうですね、特別なことは何も。元からある知識と、マスターを想いながら調理をしているだけでございます」


「そ、そうか。なるほど」


 思わぬ回答に不意を突かれ、また顔が赤くなってしまった。

 もしかしたら、リリアーヌはわざとやっているのかもしれない。


 昼食を終え、何をしようかと考えていると、リリアーヌが座ったまま俺の方をちらちらと見ていた。

 さっきの反応と併せて考えると、膝枕をするのが思いのほか気に入ったらしい。読み違えていたら失笑ものだが、十中八九当たっているだろう。


「あー、ちょっと横になりたいから、また座枕してくれないか?」


「かしこまりました。どうぞこちらに」


 案の定、俺が申し出ると少し嬉しそうに自分の膝へと誘った。

 まだ気恥ずかしさは抜けず、ぎこちない動作で横になった。


「――そういえば、リリーはここからの景色って眺めたのか?」


「いえ、まだでございますが、それがどうかなさいましたか?」


「ん、まあ大したことじゃないが、一応何処に何があるかくらいは知っておいた方がいいからな。それに、単純に景色がいいし」


「確かに、これからの活動の為には必要ですね」


「というわけで、このあと景色を見渡そうと思う。俺だけじゃ気付かなかったこともあるだろうしな」


「かしこまりました」


 それから二時間ほど膝枕をしてもらったが、その心地よさから動く気が起きなかった。

 これ以上続けていたら駄目になると、無理やり体を起こして欄干にもたれかかる。アレは人を堕落させる魔力があるようだ。


 二人で景色を眺めていたが新しい発見は特になく、時折現れる鳥や遠くに見える自然を相手に時間を過ごした。

 日も傾いてきたので木から降り、家に着くとリリアーヌが罠を確認してくると森に向かってしまった。

 仕方ないので家に入り、荷物を片付けているとリリアーヌが帰ってきた。

 その手には野兎が一羽握られており、それは三日目にして初の獲物であった。

 

夕食はその野兎を使ったアヒージョと焼いたフランスパンになった。兎肉なんて食べたことはなかったが、話に聞いた通りに鶏肉に似た感じだった。

ちなみに、パンや米が何故尽きないのかと言うと、木などの植物からクリエイションで作ることが出来たからだ。穀類を見つけることが出来ず、日に日に減っていく主食類を見て、思いつきでクリエイションを実行したらあっさりと成功してしまったのだ。それならと思い他の食材を作ろうとしたのだが、何故かそちらは失敗した。どうやら主食となるものだけが禁止枠から外されているようだ。


空腹を満たしたあと、明日の探索に備えて早めに眠る。

こちらに来て初めて明確な目標を持った探索だ。疲労などで途中断念などしたくはなかった。


「明日は、なにか収穫があるといいな」


「そうですね。良質な漁場などが確認できれば、今後の食生活が豊かになります」


「だな。ま、明日のお楽しみってことで。お休み、リリー」


「お休みなさいませ、マスター」


 しかし、リリアーヌの寝息が聞こえてきても、俺はしばらく眠りに付けなかった。

 おそらく、昼寝の代償だろう。何かしら運動をしていれば良かったと軽く後悔しながら、考えすぎては返って眠れなくなると、頭をからっぽにして目を瞑るのだった。


次が最終話です。

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