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活動初日にて

 サーナと別れてから三時間ほど一直線の光の道を歩いているが、終点というか世界にはまだ辿りついていなかった。

 休憩などせず歩き通しだったのだが、体の疲れはなく、足が痛くなることもかった。何かしらの法則が働いているのだろうが、便利なものだ。

 

この間、俺たちは一言も交わすことなく歩き続けていた。気の利いた話題のレパートリーなどなく、これからのことを話し合うにも判断材料の少ない現状、何を話し合えばいいか分からず頭の中で言葉がグルグルと回っている俺。そもそも自分から会話を始めるような感じではないリリアーヌ。会話にならないのは道理であった。

 景色というか道に変化などなく、体調にも変化なしで正直退屈だったのだが、俺には『会話術』の経験値が圧倒的に不足していた。特に用もないのに話しかけることが出来て、ウィットに富んだ会話を展開できるのならボッチにはなっていないのである。

 だが、この状況にもいい加減飽きてきたので、当たり障りのないことから話し始めた。


「なあ、リリアーヌは世界についたら、まず何から始めたい?」


「私はマスターの為されることに付き従う者です。マスターの為さりたいことが、私の行うべきことでございます」


「いや、そういうんじゃなくて個人的に、あれやりたいなー、みたいなのはないのか?」


「個人的に、でしょうか? そうですね………それでしたら、来たる狩猟に備えて罠などの道具の作成を行うべきかと思いますが、いかがでしょう?」


 それは“やりたいこと”じゃないと思うのだが、せっかく出してくれた案なので、ツッコむことはしない。


「あー、そういやそうだな。俺はその辺の知識とかないんだが、どんなのが必要なんだ?」


「罠の作成にはロープ・鋼線と鉄筋状のものがあれば可能です。携行装備は、血抜きや解体などに使うマタギ刀、枝を掃ったり何かを切るときの為の鉈、動物を仕留めるための弓矢、万が一接近されたときの為の武器と軽防具などでしょうか」


「思いのほか多いなー、まあ今すぐ必要ってわけでもないし、こつこつ作ればいいか。その時は悪いけど、図面みたいなのを描いてくれ」


「かしこまりました」


 さて、ここで話が途切れると会話を再開するのが難しくなる。さて、どうやって話を繋げよう。


「えーっと、そうだ! リリアーヌ、愛称を決めよう。」


「愛称、でございますか? しかし、私はともかくマスターを愛称でお呼びするなど、侍女としてあるまじき行いです」


「じゃあリリアーヌのやつだけでもいいよ。何がいいかな……安直だけどリリーなんてどう?」


「かしこまりました」


「あれ、これでいいの? 何か希望とかない?」


「マスターの付けてくださったものに否などありません、それに、その呼び名は合理的で好ましく思います」


「あぁ、そう、気に入ったならいいか。……あー」


「――マスター、不躾ではありますが、お聞きしたいことがございます。よろしいでしょうか?」


 俺が話題探しに困っていると察してくれたのだろう。リリアーヌの方から話を振ってくれた。


「ん、なにかな? 俺が答えられるやつならいいけど」


「ありがとうございます。では、こちらに来る前のマスターのお話をお聞かせ願えますか?」


「俺の話? 別にいいけど、聞いてもつまんないと思うぞ」


「マスターのお話で、つまらないものなどありません。それにこれは、マスター流にいうところの“個人的な”嗜好というものでございますので」


「む、それを言われるとな、分かったよ。さて、何から話そうか」


 何度も『自己を持て』と言ってきた手前、初めてそれらしいことを言ってきたリリアーヌを突っぱねることも出来ず、また隠すほど大した話でもないので、ぽつぽつと自分語りを始めた。

 といっても、本当に大したことのない、山も波もない、影の薄い話だったが。


                  ・

                  ・


「とまあ、そんな感じでこっちに来たんだよ」


「そうでございましたか。この世界の神なる存在は横暴でございますね」


 俺の半生をさらっと話したあと、この世界に来た時の状況を話すと、リリアーヌはそんな感想を漏らした。

 リリアーヌを創るために使用したシステムを構築したのはその神様なのだから、リリアーヌにとっては俺よりも神様の方が創造主らしいと思うのだが、その辺りはどうなのだろうか?


 それからしばらくして、前方に黒い点のようなものが見えてきた。どうやら、ようやく出口についたようだ。


「やっと終点か、かなり長かったがどれくらい歩いたんだ」


「ここまでの距離でしたら約三十二キロメートル、時間にして七時間十八分三十四秒でございます」


「距離だけ聞くと微妙な感じだな。てか、そんなにはっきりと分かるの?」


「はい。感覚として分かるといいますか、そういう機能が備わっているようです」


「それはもはや、観測機代わりにしろって感じだな。あ、もちろん俺はリリーのことをそんな風には見てないからな」


「私はマスターのお役に立てるのでしたら、喜んで道具となりましょう。ですが、マスターがそれを望まれないのであれば、自重致します」


「便利なのは確かだけどな。さ、とっととここを抜けようか」


 気持ち足早に出口を目指す。

 到着すると向こう側の様子が見て取れた。遠目で黒く見えたのは夜の森だったからだ。


「夜の森か。リリー、今この道を出るか、それとも朝になるのを待った方がいいのか、どっちだと思う?」


「そうですね。どちらにしても活動は朝を迎えてからです。それでしたら、ここに留まるのも悪くはないかと」


「だよなぁ。まあここもいつまで持つのか分からないけど、消えそうになったら飛び出せばいいか。よし、ここで朝まで待機だ」


「かしこまりました」


 仮に今光の道から出たとしても、暗くてまともに動けはしない。動物に襲われる心配はないが、暗闇で安全を確保出来ていない状況、というのは精神的負担が大きい。

 それに引き替えこの光の道は明るく安全、さらに肉体が疲労しないというおまけ付きだ。

 光の道の現界時間がどのくらいなのか分からないが、今すぐ消えるような感じはしない。ここを出ればその瞬間に消滅するだろうが、もしかしたら俺たちが出るまで消滅しないのかもしれない。それなら無理して外に出る必要はないのだ。

問題は、朝までどのくらい待てばいいのか、というくらいだ。


「体は疲れてないけど、このまま起きながら待つのもなぁ。リリー、交代で寝るとしようか」


「私は大丈夫ですので、マスターはどうぞ、ごゆっくりとお休みください。何か変化がありましたら起こして差し上げますので」


「んー、そういうならお言葉に甘えさせてもらうけど、眠たくなったら起こしてくれ。交代するから」


「かしこまりました。お休みなさいませ」


 そうして横になると疲れていないにもかかわらず、すぐに瞼が落ちて夢の世界に旅立ってしまった。

 肉体的疲労はなくとも、精神的には参っていたのだろう。


                  ・

                  ・


 それから何時間経っただろうか。何かを追いかけるような夢を見ていると、体を揺り動かされて目が覚めた。


「――ゕあさん? 今日は日曜だって……」


「マスター、おはようございます。外は既に朝でございます」


「…………おはようリリー、わりぃ寝ぼけてた。結局朝まで寝てたか、交代しなくてよかったのか?」


「はい、お気遣いありがとうございます。ですが、こう見えて意外と丈夫なようですので、ご心配には及びません」


「そうか。んじゃ、張り切っていきますか!」


「かしこまりました」


 寝ぼけていたところを見られた恥ずかしさで顔が熱かったが、誤魔化すように気合を入れて外に飛び出した。

 案の定、俺たちが外に出ると光の道は何もなかったかのように掻き消えてしまった。


 周囲を見回すが、何とも不思議な感覚だった。

 木々が生い茂っているがそれら全てに存在感がなく、澄み切った空気のはずなのに濃い霧の中に迷い込んだかのような不透明な視界。しっかりと踏みしめているのに実感の乏しい、まるで雲の上を歩いているかのような地面。

 未だに夢の中にいる、と言われた方がまだ現実味があったのだが、肉体も精神も覚醒状態を主張しているのでこれが現実だった。


「なんとも変な感じだ。まっすぐ歩いていても迷ってしまいそうだ」


「ご心配ありません。どうやら私には方位補正もあるようで、視覚に頼らない誘導が可能です」


「そうか、なら安心……てか、マジで万能だな」


「恐縮です。マスター、まず何からなさいますか?」


「そうだな………まずは家を展開するのに良さそうな場所を探すか。このままだと、今日は野宿になっちまう。」


「かしこまりました」


 リリーの中にあった山歩きの知識を元に、適した場所を探して回る。

 途中木に触れてみたのだがこれまた不思議な感覚で、しっかりと触っているのに次の瞬間には陽炎のように消えてしまいそうな、なんとも不安になる感覚だった。


 場所を探しがてら、手ごろな木の枝や石ころを拾ってクリエイションの練習をした。

 正直に言うと、俺は場所を探す役には立ってなかったのでそれしかすることがなかっただけだが。

 その成果として、以下のことが分かった。

・素材を直接別の物に創りかえるより、素材そのままとしてクリエイションした方が品質は高くなる。

・クリエイションした素材を、そのままの状態でクリエイションし続けると品質が向上するが、その代り規定レベルが上がるので素材として扱いづらくなる。

・素材を同属性別種のものに変えるには、素材の規定レベルより少なくとも五以上高いレベルでクリエイションを行わないと成功しない。

・クリエイションが成功しない場合、素材自体はなくならないが品質が下がる。だがレシピの品質はそのままだった。

・ゲームでよくある、物品についているスキルなどは現時点では確認出来なかった。

・素材として同種のものなら大きさが違う物でも『アイテムボックス』にしまう時に、元から入っている物に合わせて調整される。

・俺のレベルが上がると、パートナーであるリリアーヌも合わせてレベルが上がる。


 そして、練習を繰り返した現在の俺たちのレベルは十九まで上昇していた。今でこの上昇率だとレベル上限などはないかもしれない。

 そして、レベルアップによって得たBPを使ってステータスの上昇とスキルを取得した。

俺はステータスには振らずスキルの取得のみにし、いくらかは残しておいた。

・クリエイション時品質向上2、クリエイション成功補正2、設計図読取2、STR補正2、DEX補正2、ショックアブソーバ2

 リリアーヌはSTRとVITとAGLにいくらか振りスキルを少し取得して、ポイントは半分ほど残しておいた。

・STR補正2、DEX補正2、ショックアブソーバ2、片手武器技能1、狩猟技能1


 探し回ること半日、日が西?に傾く頃、ようやくそれらしい場所を見つけることが出来た。

 それは森の中の広場のような場所で、そこだけ木々が生えていなかった。どうやら地面が他よりも固いらしい。歩いて数分のところに川があり、水の確保も容易だ。

『アイテムボックス』からキューブを選択すると問題なさそうだったので、日照などを考えて向きを調整して展開した。


「なんとか見つかってよかったな」


「そうでございますね。日没までに見つからない可能性の方が高かったのですが、どうやらあの光の道、このような場所の近辺に出口が出現するようになっていたのでしょう」


「だよな。でないと未開の地で半日以内に、こんなにぴったりな場所が見つかるわけがない」


 それなりに配慮されていたようでホッとした。さすがに何の用意もなしに野宿は厳しすぎる。


「マスター、日没までこのまま探索を続行しますか? それとも本日はこれで切り上げますか?」


「……だな、今日はもう止めておこう。無理してもしょうがないし、思いのほか疲れた」


「かしこまりました。それではお食事の準備を始めますので食料と、申し訳ないのですがお水を汲んできていただきたいのですが……」


「ん、了解。今日は初日だし、ちょっと多めの食事にしようか?」


「いけません。この先何が起こるか分からないのですから、節約はなるべく行うべきです」


 記念、というわけでもないが、これからの英気を養うためにと提案したのだが、正論で叱られてしまった。


「……ですよねー。んじゃ、水汲んでくる」


「よろしくお願いします」


 少し肩を落としながら水を汲みに行く。川に着いて観察してみると、森の様子と同じで存在感がなかった。

 ものは試しと川をクリエイションしてみようとしたのだが、レベルが全然足りなかったので出来なかった。

 周りに生えている木でクリエイションを試してみたが、小さい木ならかろうじて実行出来たので、世界自体にクリエイションを行うことは不可能ではないらしい。

 水を百リットルほど汲み、クリエイションをして『アイテムボックス』にしまう。

 別にそのまま運んでも良かったが、この方が大量に運べるのと、元のままではまともに使えるか分からなかった為である。


 家に戻ると、野菜を刻む小気味よい包丁の音が聞こえてきた。


「戻ったぞー。ここに置いておくけど、何か手伝うことはあるか?」


「いえ、家事などは私の仕事ですから。マスターはごゆっくりお寛ぎ下さい。手持無沙汰というのでしたら、先ほど申しました道具の作成などをなされてはいかがでしょう?」


「そうするよ。ウマいの期待してるからな」


「お任せください」


 そして料理が出来るまで探索中に聞いていた道具の作成に取り掛かった。

 具体的には刃物や籠など、探索に使えそうなものであるが、道具作成の練習も兼ねているので手を抜かず、品質と精度を高めるように努力する。


 ほどなくして完成した料理は、たったあれだけの食材で作られたとは思えないほどの絶品であった。料理で感動したことのなかった俺が、思わず叫びそうになる程の。

 料理に舌鼓を打ったあと、翌日に備えて早めに寝ることになった。

 それで、寝る場所なのだが、家といっても山小屋に毛が生えたようなものだったので部屋は一つしかなく、ベッドも一つしかなかった。

 仕方ないので俺が毛布を被り床で寝ると言うと、『主にそのような真似をさせる侍女がおりましょうか!』と怒られた。

 だがリリアーヌに、床で寝ろと言えるほど俺の精神は図太くも横柄でもなかったので、妥協案として一緒に寝ることになった。それでも『主と寝所を一つにするなど……』と、かなり渋ってはいたが。

 もちろん、俺は平静でいられる自信はなかったのだが、これ以上揉めると翌日に響くと反対意見と欲望を押さえつけた。


「……改めてこの状況、落ち着かないなー」


「ですから私は床で寝ると申しましたのに。今からでも遅くはありませんが?」


「いや、男に二言はない! それにこれはリリーの所為じゃなくて俺自身の……」


「はい? よく聞き取れなかったのですが」


「なんでもないよ。――おやすみ」


「はい、お休みなさいませ」


 ドキドキしている胸の鼓動を悟られまいと体を縮こまらせ、リリアーヌに背を向けて目を瞑る。

 やはり慣れない活動の所為か疲労はかなり溜まっていたらしく、こんな状況にもかかわらずあっさりと眠りに落ちていた。

 

 その夜見た夢は、何故かとても甘酸っぱいものだったような気がする。


大自然にほっぽり出されたにしては、それほど苦労していないですが、そこは神様の御慈悲といいますか気を利かせたといいますか、そんな感じです。

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