彼女の独白
死ネタありますが、暗い話ではないはずです。
ありがちな話だけれど、どうか聞いて欲しい。
私には1つ年上の幼馴染みがいたんだが、幼い頃から身体が弱くてね、外にいる日よりも寝台の上で伏せっている日の方が多いんじゃないかってくらいしょっちゅう体調を悪くしていたよ。私は活発過ぎるくらいの子供で毎日のように外を駆けずり回っていたんだが、どうしてか私達は不思議と気があった。
あいつが寝ている部屋の窓から顔を出して、今日あった面白い事を聞かせたり、採ってきた果物を分け合って食べたり、反対にあいつは心躍るような物語を私に話してくれた。たまに調子のいい日は一緒に外に出て生まれたばかりの雛を見に行ったり、花畑でピクニックをしたりしたもんだ。
けれど12歳になった頃から段々と病状が悪化してきて、私が遊びに行っても上半身さえ起こせないまま青白い顔で弱々しく笑うんだ。幼い私にだってあいつがもうすぐ死ぬんだってことはすぐにわかったよ。何ていうか生気ってものが身体からそっくり抜け落ちてしまったみたいにまるで感じられないんだ。日に日に死に向かって歩いている幼馴染を見るのは正直辛かった。
そうしてあいつは13歳の誕生日の翌日、息を引き取った。細かった腕は最早骨と皮だけになり、赤かった唇はすっかり色を無くして所々切れていた。頬もげっそりとしていて全身が病魔に蝕まれていたよ。唯一亜麻色の髪だけは昔と変わらず艷めいていて、私はあいつの両親に頼んでその髪を一房貰った。
でも幼かった私にはどうしても幼馴染の死を受け入れることが出来なかった。不思議だよ。冷たいあいつの身体に触れて、棺に花を添えて、地中に埋められていく様まで見ていたっていうのに。それでも私は現実が受け入れられなかったんだ。
だから私は魔女を頼ることにした。魔女なんて今ではすっかり廃れてしまったけれど、私が子供の頃は結構どこにでもいたんだよ。まぁ、薬師程度から街一つを一瞬で壊滅させられるような奴までその力には大きくばらつきがあったがな。
私が頼った魔女は後者の、力が強い人だった。その上随分優しい人で、私の頼みを真剣に聞いてくれた。魔女ってのはみんな力のせいか普通の人間よりも随分長生き出来るんだよ。そのせいか捻くれてる奴が多いから、私はついている方だったね。
私の頼みっていうのは、まぁ既に察しはついているだろうが、幼馴染を生き返らせてほしいというものだ。私はあいつが幼くして命を落とし、生きている間もその殆どを薄暗い部屋の中で過ごしたことを話した。普通に生きていれば享受できる楽しみを味わうこともなく死んでいったんではあまりに辛すぎる。そのようなことを必死に魔女に訴えた。
彼女は拙い私の話を聞き終えると、本棚から一冊のほんを取り出した。随分年季が入っている物だということは表紙の文字のかすれ具合から直ぐにわかった。中身も外側と同様に傷んでいて、頁のいくつかには虫が喰ったような穴が空いていた。
彼女は幾枚も紙を捲って、やがて目的の頁を見つけたのか、私に差し出した。そこに書かれている文字は魔女のみが扱う古語だから勿論私が読めるはずもなかったけれど、挿絵から大まかな内容は理解できた。そこには死者を甦らせる魔法が描かれていたんだ。
魔女は言ったよ。死者を復活させるには死者の身体の一部と依り代になる器が必要だと。身体の一部ならあいつの髪の毛を小瓶に入れて肌身離さず持っていたから何の問題もなかった。依り代は無機物で死者が触れたことのあるものならば何でもいいと言うから、あいつのお気に入りだったくまのぬいぐるみがあると告げた。これでやっとあいつと再会できるのだと興奮したが、そう上手くはいかなかった。
死者を甦らせる魔法は、その者を深く愛している者にしか使えないんだ。勿論あいつと会ったこともない魔女にこの魔法が使えるはずもなく、それどころかどこを探したって幼馴染みを生き返らせることのできる魔女はいないんだ。その事実を知ったときは絶望したよ。どうして世界はあいつにこんなにも残酷なのかと魔女を詰った。
でもね、泣いて泣いて泣いて、私は気付いた。私が魔女になればいいんだと。私ならあいつを深く愛しているし、何せ生き返らせたいと願うくらいだからね、確実に魔法は成功すると思った。
そう告げれば、まるで魔女は最初から私がそう言う事を知っていたかのようにすんなりとその案を受け入れてくれた。それどころか自分の元で修行するべきだと勧めてくれた。
人間が魔女になれるのか?勿論だよ。生まれつき強大な力を持っていなくたって、やり方次第でそれを手に入れることは可能なんだ。ただ恐ろしく過酷で難しいもんだから今では好んで魔女になりたいなんて奇特な人間は殆どいないけどね。
とにかく私は魔女の家に住み込みで修行をつけてもらうことになった。別に住み込みじゃなきゃいけないってわけじゃないけれど、私は家族も友達も全て捨てたから、生活をしていく家がなかったんだ。ん?あぁ、そうだよ。魔女になる為には今まで作ってきた全ての縁を切る必要があるんだ。これから人間とは違う時間の流れの中で生きていくのに、人間との繋がりは邪魔なものでしかないからね。魔女になろうという者にとってこれが最初で最大の難題だと私は思っているよ。天涯孤独ってんなら話は別だろうが、今まで生きてきた全てを捨てるなんて選択は容易にできるもんじゃないだろう?たった一人の命と私の今までとこれからを天秤に掛けて、前者を選択したことに後悔はない。でも、父と母にお別れの言葉も言えず飛び出してきてしまったことは今でも後悔している。
まぁそういうわけで私は魔女の家で修行を積んだ。薬草学の基本的な知識や古語を習うのは勿論、自然と同化する訓練に1日の大半を費やした。
魔女の力っていうのは本来木々や水、風などの自然の力なんだ。それを身の内に取り入れ魔力へと変換させることで私達魔女は魔法が使えるんだ。魔女の家っていうのは森の奥なんかにあることが多いんだが、それはより自然の力、ひいては魔力を身近に感じられるようにする為なんだよ。生まれつき自然の力を感じたり魔力を持っていたりする者もいるらしいが、何の力も持たないただの人間だった私は自然の力を取り込む以前に自然を感じる、つまりは同化する必要があったんだ。
同化といっても特別なことはしない。大木の根元に座りじっと周囲の音に耳を傾ける。そうすることで森の呼吸を感じることが出来るようになり、自然と鼓動を合わせることが出来るようになる。これこそが自然との同化だ。といってもそれを感じることが出来るまでには途方も無い時間がかかるんだがな。
そうやってどれくらい経っただろうか、私は無事に自然と同化出来るようになってな。やっと魔法の修行に取り掛かることができるようになった。魔法の基本は備蓄、変換、放出だ。幸いにも力の備蓄、魔力への変換が私は得意だったから、師匠の見様見真似で何度も呪文を唱え、何度も何度も魔法を使い続けた。要は身体に魔法の使い方を覚えこませたんだ。
初めは呪文すら満足に唱えられなくてよく力を暴発させたもんだよ。ほら、これがその時にできた傷だ。ひどい傷だけど、腕が吹っ飛んだのをくっつけたんだ。師匠がいなかったら確実にその場で死んでいただろうし、このくらいの肌の引き攣れで済んで私は幸運だったよ。
さて、そろそろ君が知りたがっていることを教えてあげよう。結果から言えば、私は幼馴染みを生き返らせることに成功した。師匠が死んでから100年もかかってしまったけれど、何とか成功したんだ。正確には死者の魂を呼び戻す魔法なんだが、膨大な力を使う上に呪文も複雑で、しかも愛する気持ちなんて目に見えないものが根っこになっている。難しくない筈がない。今にして思えばよく成功したもんだよ。
依代に魂を降ろすんだが、無事に魂が入ると依代は生前の姿に戻る。可愛かったくまのぬいぐるみがみるみるあいつになっていくのを目の当たりにして、初めて私は魔法というものを実感したもんだ。
あいつの形になったそれは三日三晩ぴくりともしなかったが、四日目の朝にゆっくりと目を開けた。深緑の瞳が私に向けられ、赤い唇が小さく震えた。音は出なかったが、その動きでわかった。あいつは確かに私の名を呼んだんだ。慌てて傍に駆け寄れば、今度こそ本当にその唇が私の名前を呟いた。床に伏せられていた手を握れば確かに温かく、胸に耳を押し当てれば確かに心臓の鼓動が聞こえた。やっと私はあいつを蘇らせることができたんだ。
と、ここで終わっていたらどんなによかったか。でもこの魔法には大きな欠点があったんだ。師匠に本を見せられた時点で、あんな古い本しか残っていない時点で、私は疑うべきだった。廃れた魔法には総じて何か重大な問題があるもんだ。そんなこと膨大な修行の中で学んでいたはずだったんだがな。
生き物は一度死ねば生き返ることはできない。つまり一度死んだ者がもう一度死ぬことはできない。そんな自然の摂理を無理矢理曲げた代償は随分と大きなもので、あいつは二度と死ぬことが出来ない身体になってしまったんだ。説明するよりも実際に見てもらった方がいいだろうね。
彼女は自分の背後の扉に「ディザー」と呼びかけた。
扉が開き栗色の髪をした少年が現れた。彼は俺を見とがめると小さく会釈をし、ソファに腰掛ける。それと同時に彼女は彼が出てきた扉を抜けて奥に引っ込んでしまった。




