第六話 玉虫色の玄
「人間は自己の運命を創造するのであって、これを迎えるものでは無い」――ヴィルマン
1
右も左も、無機質な壁。
壁、扉、壁、扉、壁、扉――そして、また十字の分かれ道。
先の先より歩けど歩けど、細部は劣化と崩壊により違いの生じているものの、クレイたちの目の前には何時まで経っても同じような光景が続いていたのであった。
そう――現在クレイは、独りでは無かった。
自身の隣を歩くのは、見るからに気落ちしていた人物が一人。
己が納得して行動を共にしている以上、責める気は無いとは言え――この状況を招いたのは、間違いなく同行者の失態に依るものであった。
「クレイ殿……本当にこの道で、合っているのか?」
「――今更、君は何を言っているんだ。と言うか、君がそれを私に聞くのか?」
「いや、しかし……拙者、そろそろ自信がが無くなってきたのでござる」
「寧ろ、今の今まで自信満々であったことの方が、私には驚きだよ」
「そ、それでも何とか行けるかと……」
「そもそも、君が地図を失くしたのがミスの始まりだろう? こんなことになるなら、私もPDAを買っておけば良かったよ」
「ぐぬぅ……」
「まぁ、済んでしまったことは仕方が無い。出来る限り早く、目的地を探り当てることと私の弾薬が尽きないことを祈りながら進むことにしよう。当然、車両も置いて来てしまって頼り様が無いしな」
「……全く、面目無い」
「私は君と違って、刃物一本で機械をバラせるほどナイフの扱いにも長けているわけではないのだからな。生物である変異体相手ならばまだしも、暴走機械相手では弾切れ=生命の危機なのだよ」
「御安心召されいクレイ殿! 例え貴殿の矢尽きたとしても、拙者の愛刀で切り開いてみせるでござる!」
「あぁ、勿論――存分に期待させて貰うよ」
クレイは現在――暴走機械が多数蠢く建物の中で、奇妙な言葉遣いの相棒と些かばかりの遭難状態に陥っていた。
――事の始まりは、凡そ数時間前にまで遡る。
2
「……あ、あいや待たれいそこな御仁!」
この声がクレイを呼んでいるのだと気が付いたのは、その場より三歩ほど歩いた後のことであった。
何故ならば、それと同じ声でもう一度――今度こそは明確に、クレイの身体的特徴を指し示すものが含まれていたからである。
喧騒で溢れる朝の事務局内においても、良く通るその声はクレイの鼓膜へと響くのであった。
「斑の薄鶸鼠色の衣と防弾服を纏い、散弾銃を背負った銀髪の御方――ちょいとばかし、お待ち下され!」
これ以上、此処で周囲の注目を大々的に惹きたくも無いと諦めたクレイは、ゆらりと振り返り――此方へと、正面より視線をくれていた声の主へと聞き返す。
ふわり、と――クレイの雷汞の髪が、肩口で揺れる。
振り向いた先に存在したのは、正しく――華奢で痩躯な刃であった。
以前邂逅したRIKISHIと似たような薄い衣をその身に纏い、されどその身は何処までも鋭利な様相に感じられた。
艶やかな黒髪は意外と短く整えられており、凡そ肩口まで伸ばしているクレイよりも少しだけ短かいようであった。
髪色と同じ、芯の強そうな黒い眼を持ちながらも、如何してか頼り無さ気に見えてしまうのは気の所為であろうか。
身長はクレイよりも些か高く、されど自身よりは明らかに細い体躯を有しているようである――とは言え、到底本来より必要な筋肉や脂肪が不足しているようには見えない。
スラリとした手脚は長く、派手な小袖より見える腕は白く、内側よりチラチラと覗き出る真紅の布地と相俟って実に格好の良いアクセントになっていた。
同様に、移動に支障が生じないようにたくし上げられた裾からも、扇情的と表現することが出来るような白い脚が露出しており――遠巻きに此方を窺っている様子の見られる女性の狩奴や傭兵からは、獲物を前にした肉食の変異体の如き視線が送られているほどである。
小袖の上から着た羽織は、わざとであろうと解るほどに短い袖と長い裾が特徴的である。
そして、目の前の奇抜な衣装に身を包んだ者の最たる特徴は――何と言っても、その腰の帯へと通された双振りの得物であった。
片や、風花の如く清らさを主張する純白の鞘。
片や、禍々しい文様で彩られ、蛇のような紐が幾重にも這う鞘。
この者を観察する際には結局、凛々しく整った美麗なる貌でも無く、奇抜な姿でも無く――何故かは不明であるが、この者の在り方を象徴するかのような二本の得物に視線が引き付けられるのであった。
傾いて何ぼの、傾奇者。
――兎にも角にも、クレイは確認するかのように唇を開く。
「――それは、私のことでよろしいのかな?」
「はっ、その通りにて候! 突然お呼び立てして、失礼仕ったでござる。お初に御目に掛かる、拙者――江と申す」
そう言葉を交わして、初めクレイはその奇妙な言葉遣いに、自身が馬鹿にされているのかと思っていた。
愚物や道化であれば、貴重な時間を割いてまで相手にする必要は皆無である。
されど凛々しく腹の底より響く声と、真摯と言うよりも切羽詰まったような目を見て――決して相手がふざけているわけでは無いと理解することができたクレイは、話を聴く体制に移行する。
流石に、真面目な話をする相手を邪険に扱い気は無い。
故に、
「――で、私に何用だノエ? これから私は、買ったばかりの装甲車の試運転に洒落込みたいのだよ。呼び止めた理由が詰まらぬ用では……承知しないぞ?」
「め、滅相も無い! 恐れながら拙者、貴殿に少々お尋ねしたいことがござる、のだが――」
「ふぅん、言ってみると良い」
「これは忝く――貴殿、えぇと……」
「クレイ、だ」
コイツは此方の素性はおろか、名前すら知らずに声を掛けて来たのか、と。
内心で少々呆れながらも、クレイは簡素な自己紹介の後にノエへと話を促した。
「……続きを」
「これは失礼仕った! ではクレイ殿、単刀直入にお聞きしたいのであるが……貴殿、先程其方の掲示板をご覧になっていたでござろう」
「あぁ、何か稼ぎの良い仕事が無いかと思ってな。この街に来てまだそれほど時も経っていないが、こうして朝に事務局の掲示板へと一通り目を通して情報を得ることが、私にとっての日課になっているのだよ。しかし、それがどうかしたのか?」
「それでは、暫く前から貼られていたこの広報――この街より一時間半ほど車で走った辺りに存在する、ドライエックビルディングの探索調査。事務局が発行してるこちらの業務を、拙者と共に受けて下さらぬか」
「成程な……」
――毎朝、掲示板の仕事情報を確認しているクレイは、当然事務所が出したその業務のことも知っていた。
三角ビル。
それは上層に往くに従ってフロアが小さくなり尖ってくるという奇特な外観である、古代より残された高さ三十階ほどの高層建築物――らしい。その形状のモチーフは、更に更に気の遠くなるほど太古に存在した王家の墓であるらしいがよく解らない。
クレイにとっても『らしい』という表現しか用いることが出来ない理由は、自身の目で直接確認したわけではないためである。全て掲載された情報に依るものだ。
そして、まだクレイが街に来てその広告を目にしてから数日とは言え、ノエがそれを『暫く』と形容したからにはそれなりに長く掲載されているのであろう。
挑んだ狩奴が片端から平らげられてしまう凶悪な賞金首の情報であれば兎も角、事務局が公式に載せている探索業務が残り続けるとは、これまた珍しいことではないのだろうか。
事務局が出している以上討伐相場の安定と同じく、個人的なやり取りの中で生まれる契約などとは違い――達成時にも、報酬が支払われないなどと言った事態もまず有り得ないはずだ。毎度当然の如く自己責任で、各業務によって難易度もまちまちであるとは言え、ある意味では安定した仕事でもある。
――とは言え、何の理由も無く残留し続けているとはクレイにも到底思えない。敢えての不人気物件なぞに。
風の噂程度であるが、クレイが小耳に挟んだ三角ビルの情報は――通路ばかりの閉所の中で厄介な小型の暴走機械がうじゃうじゃしている上に、それ以上の大した実入りは無いと云う。まだ見つかってはいないが、恐らく深部には殺人機械の生産プラントでも存在しているのではないのかという話であった。倒しても倒しても、次回にはまた無数の雑魚が蠢いているとのこと。
故に、旨みがゼロで逝く価値無し――と。
「それで、君はどうして此処に行きたいんだ?」
「えっ! そ、それは当然……仕事をして、その報酬を……」
「質問の意味をキチンと理解することの出来ない、頭の悪い子は嫌いだよ? 金を稼ぐだけならば、他の仕事でも良いだろう――其処よりも、この街からずっと近い位置に存在する建造物探索業務もあることだしな。私が聞きたいのは、何故三角ビルでなくてはならないのか……と、言うことだ」
「ぁ、あの……えっと、その……」
「報酬も、それほどずば抜けた額では無いだろう? にも拘らず、君がこの場所に拘る理由を私は知りたいんだよ」
「…………」
「だんまり、か――命の危険も十二分にある仕事に人様を誘うにも拘らず、自分の事情は一切詮索しないで下さいときたものだ。君、現在進行形で不誠実を働いているという自覚はあるのか?」
「……誠、申し訳ない。それでも……」
「――ん?」
「それでも、拙者には貴殿の助けが必要なので御座る……」
「ふぅ……やれやれだ」
本当に――本当にノエはクレイへと申し訳なさそうに、朱が差す唇を真一文字に結び、長身を縮こまらせるようにして俯いていた。
確かに、人には誰しもが他人に言えない事情を抱えていることであろう。
それは過去の失態であったり、現在の恥辱であったり、未来の不幸であったりと正に十人十色だ。
しかしながら共に仕事をする以上、信頼と往かずまでも其処には一定の筋というものが最低限必要であろう。
と、クレイは散々っぱらノエに圧力を掛けた後――、
「まぁ、良い――往くぞ」
「へっ?」
「何を呆けている、三角ビルの業務を受けるのであろう? 時間が惜しい、早く受注を済ませてしまおうか」
「あっ……」
「……君は、感嘆が多いな。折角の端正な顔立ちが、間抜け面では締まるまい――要するにこのような人の多い場所では、大っぴらに出来ぬ内容なのだろう? 話の続きは、行き掛けに私の車の中で訊くとしよう」
そうノエへと告げてから、掲示板より業務の告知を千切り取ったクレイは足早に受付へと向かうことにした。
3
「――と云うわけで、拙者は何としてもそれを手に入れて帰らねばならないのでござる!」
買ったばかりのクレイの軽装甲車で目的地へ向かう中、ノエが告げた事実は至極単純なものであった。
――この文明が荒廃した世界においても、世界の何処ぞの場所によっては、未だ古来よりの生活様式を継続させているような地域も存在するらしい。
無論、何から何まで全く同じなどと云うことは有り得ない。この星の何処であっても、完全に被った被害がゼロである場所などは存在しないのだから。残された人類の英知を食い潰しながらのサバイバル生活と言う点においては、大きな違いは無い。
されど、有害極まる放射性物質と悪性電波により文明の香りが漂う物の大部分は朽ち果ててしまいながらも、格式だけは長らく保ち続けている秘境のような地もあるとのこと。
そして其処こそが、此度クレイの出逢ったノエという傾奇者の出身地であるという。
早い話――独特の文化を今も尚継承しながら生活を営む秘境のような山奥の里で暮らすノエは、如何ともし難いとある理由により、この朽ち荒れた世界を廻ってある物を持ち帰らねばならなくなったという。
そうして昨今に、ノエは三角ビルの中にその目的の品の存在を嗅ぎ付けたらしいが、一人で往くにはとてもじゃないが危険が伴う。
しかしながら、明らかに実入りの少ない場所へと同行してくれる狩奴も居ない。
「前に何度か、運良く同行者を見つけられたこともあったのであるが――その度に街から離れた後に、女にも男にも……その……」
「君は大層な美形だからな――貞操の危機にでも瀕した、か?」
「そ、そんなはっきりと……っ!」
「おや、違ったのか?」
「ぃや、あの……恥ずかしながら、その通りで御座る……。その度に、何とか無事逃げることは出来たとは言え……」
「別に、君は恥ずかしくないだろう。本当に恥ずかしいのは身体目的でノエへと近付いて、欲望のままに貪ろうとした獣の如き奴らの方であろう。人の成り形をしている癖に、人間としてのルールも守れない輩のことなど気にするな」
「しかし異性だけでは無く、同性にすら嬲られそうになるとは……全く、情けない話でござる……」
「あぁ、ノエ――確かに君はそこはかとないでは済まされないほどに、容易く他人よりの欲求を刺激するような雰囲気を醸し出しているからな。強力なフェロモンとでも、言うべきか。其れにより、他者を引き付け劣情を催し易くするのだろう」
「なっ、何を!? く、クレイ殿の目的もまさか……っ!」
「こら、私を莫迦にするな。自己のコントロールくらい出来ずして、何が人間だ。ノエには、この私が獣に見えるのか?」
「いぇ、その……えっと、失礼仕った……」
「まぁ、こんな世界だ。基本的に、他者を疑ってかかることは決して悪いことでは無い。と言うよりも、最低限以下の自己防衛措置だろう。そしてどうやら君は、初対面の人間を簡単に信じ過ぎるのが見受けられる。寧ろ、もっともっと疑って掛かった方が良いくらいだ」
そしてノエは、それなりに腕が立ちそう且つ新たな車両を購入した様を見た――クレイという人材に目を付けたと、そう説明してきたのである。
此度の要点はノエ曰く、この世界の何処かに存在しているという五つの宝を持ち帰ることなのである。
それ、即ち――夢と現の狭間に存在するという、幻想世界の宝物。
中に水を入れて飲み乾せば、忽ち羽化登仙の如く天へと向かうことが出来るという惚溶の御石の鉢。
生と死を繰り返す鳳凰が巣を作る際に用いる枝は、神の国より持ち込んだ物資という鳳来の珠の枝。その枝に付いた葉で身体を一撫ぜすれば、あらゆる病が瞬時に消え去ると伝えられているとか。
何もせずとも世界を焼き尽くしてしまう力を持った心優しき怪物が、自分以外の周りへと被害を出さぬ為に大河を凝縮し、それを縫い合わせて燃え盛る身体の上に纏っている焔鼠の河衣。一度被れば、一切の災厄を跳ね返すようだ。
現世で犯した罪を償うべく煮詰められた清めの世界にて、罪を浄化しきれていない罪人が逃げ出すことの無いように、その世界の端をぐるりと覆うほどに巨大な煉獄龍の首に着いた宝玉。手にした者は、全ての罪が許されるらしい。
そして最後に、入手と同時にこの世の全ての栄華と更なる自己の繁栄を確約される即栄愛の子安貝。
以上の五つのお宝を持ち帰ることこそを、クレイの座る軽装甲車の運転席横へと腰を下ろしていたノエは、意気込みと共に語るのであった。
要するに、その内の一つが三角ビルの中に在るとの情報をこのノエは握っているらしいが――、
「これはかなり、骨が折れそうだな……」
「助力の程、宜しくお頼み申す次第で御座る!」
「あぁ――取り敢えず、探すだけ探してみようか」
ノエより、そんな御伽噺と夢物語を綯交ぜにしたかのようなぶっ飛んだ話を聴かされて、目的地を見る前から既にクレイは疲弊を感じ始めているのであった。
*
☞ ステータス が 更新されました 。
┏【 status 】━
【name】クレイ
【role】狩奴
┣【 equipment 】━
New!【weaponⅠ】ファザーンKg[拳銃]<実弾>
New!【weaponⅡ】ツークフォーゲルWd[突撃銃]<実弾・連続>
New!【weaponⅢ】クラオエ[ナイフ]<近接・斬撃・出血付与>
【weaponⅣ】エンテAr[散弾銃]<複数・中距離・実弾・命中↑>
NEW!【head】マスケ・シュバルツァ[ヘルメット]<耐弾・耐衝撃・隠密↑>
【arm】滑り止めグローヴ<初回攻撃速度↑>
New!【bodyⅠ】スニーキングスーツ<隠密↑・防刃・消音>
【bodyⅡ】防弾チョッキ・プレートブライ<耐熱・耐弾・耐衝撃>
New!【leg】フォアライター[ブーツ]<悪路↑・消音↑>
Renewal!【kitⅠ】暗視ゴーグルMarkⅡ<暗所・熱源視野>
【kitⅡ】防護耳栓<音響、音波無効>
┣【 tool 】━
Supply!・閃光弾×5
→ 範囲内対象に音響に依るダメージ+確率で盲目付与。
Supply!・指向性対人地雷×2
→ 接触した対象に実弾+衝撃でダメージ+成功時に出血付与。
New!・煙幕弾×5
→ 範囲内対象の攻撃命中率↓。
New・!止血剤、瞬間冷却剤、モルヒネetc……
┣New!【 vehicle 】━
【fahrzeug】ナルベフクス[軽装甲車]<耐熱仕様>
【motor】グリンマネルケ<ブースト有り *装備過剰積載のため、性能ダウン>
【computer】ツヴィリン<悪路走行・急旋回>
【kanone】フライハイトクラーター《実弾・防御減少》
【maschinenkanone】シュティルギスバッハ《実弾・複数・速射》
【missile】マ・ドンナ・ウンルイ《範囲・燃焼》
┣【 skill 】━
【❍ヴァクストゥム】成長・学習速度に多大なボーナス。
【❍バリエンテ】恐怖無効
【❍クア・エンダリヒ】非戦闘中、徐々に体力と損傷が回復。
【❍アオゲ・ミラン】銃撃命中率にボーナス。
【❍アインゲ・シュプル】白兵戦での回避率にボーナス。
【❍ムンター】先制率にボーナス。
【❍グート・ファーレン】車両運転技能にボーナス。
New!【❍ラオーベン】討伐後機械系を解体する際、獲得部位にボーナス。
New!【❍クザァムンボイ】錯乱無効。
【☑ダウアフォイヤ】一息の内に銃撃による同じ行動を二回行う。
New!【☑フリエン】集中力を高め、回避に徹する。
┗━