第四話 不可視のシ
「我々は、臨機応変に行動せねばならない」――セルバンテス
1
思い立ったが吉日、案ずるより産むが易し。
――故に、クレイは生み出した。
勇気と情熱を乗せた、迸るほどの熱を盛った弾丸を。
先手必勝、必見決殺。兎にも角にも、まず始めに攻撃在りきである。
へっぽこ狩奴たちを手玉にとってご満悦の雷撃土竜――エレマオヴルフの背へとクレイは自身のバギーを走らせると共に、備え付けられた軽機関砲グラオブリーゼによる鋼鉄の雨を浴びせ掛ける。
ブーツの底へと感じるアクセルペラルは、当然ベタ踏み。唸りを上げて後方より不健康極まる涅色のガスを昇らせながら、うねりを挙げて荒野の土を回転と共に踏みつけにして往く。
そうして要の軽機関砲の制御はと言えば、運転ハンドルの横に備え付けられたボタン一つで出来るのだから、全く以って便利なのか不便なのかちぐはぐな世界である。
弱者を嬲り勝利に酔いしれていた当の土竜は、突然の降り注いだ鈍色のスコールを半身に浴びる。
そうして即座にその場を離れて、迫るバギーとクレイを捉えたであろう土竜野郎は――驚愕と苦痛と、そして激昂の叫び声を黄昏時の荒野へと轟かせたのである。
瞬時にバチバチと音を立てながら放電を始める体表と、凡庸な掘削機以上に凶悪な音を上げる両腕のドリルを稼働させながら、クレイが銃弾のお代わりをくれてやる前に土竜は地中へと姿を消した。
「はてさて、ここからが肝心要の本番で――失敗も泣き言も、苦悩する暇すらも許されない土壇の場だ。いいか、いいよな、私はもう十二分で貴様の分まで二十四分に滾っているぞ。来いよ化物、朽ちろよ異形。少しばかりの世界平和と――私のエゴのため、骸と還れ」
――疾走。
今の段階では――決して、クレイがバギーの脚は停めることは無い。
そのような事をすれば、地中を高速で移動する土竜の格好の餌食である。奴にとって火器を積んだ車両は、危険な外的であると同時に絶好の得物でもあるのだから。
恐らく奴は、音と熱源感知の類により地表の得物の位置を捉えているのであろう。天然のソナーとサーモグラフィーである。
潜り隠れた怪物は、クレイが彷徨い脚を止めるその瞬間を――今か今かと、心待ちにしているのであろう。
なれば、それに乗ってくれよう。これより選択する方法はクレイにとっても些かの代償の生じるものであるが、背に腹は代えられない。勝利と命には、換えられない。
故にクレイは何の躊躇いも無く、振り向きもせずに拳銃を抜いた片手だけを回して、自身の運転するバギーの後部座席下へと数発分の鉛玉を叩き込んだ。
そうして敢えて蛇行させながら、クレイはバギーを走らせる。
事前に軽く調べた限りでは、この車両の燃料タンクは後部座席の下部辺りに備わっていたため――クレイの予測通り、振り返った先には弾の貫通したタンクより地表へとジョロジョロと燃料が流れ落ちているのが見て取れた。
今朝、街を出発する前に燃料を補充した際に、クレイが整備スタッフより伝えられたことを思い出す。
このバギーの燃料に用いられる液体は、比較的安価な代わりに低質且つ発火しやすい性質を持っているため、諍いの際には注意せよとの警告を受けていた。
鉛玉の一発二発をタンクに喰らい貫通した程度では爆発炎上の危険はあまり無いが、溢れ出た燃料に直接火種を用いて着火してしまった場合には割と容易に延焼するとの話であった。
化学成分の割合であるとかの仕組みなどはクレイにはさっぱり解らぬが、その話を思い出した途端に現作戦を思いついていたのである。
流れ落ちる液体燃料、加速するボロボロのバギーのハンドルは真っ直ぐ――短い付き合いに名残惜しさを感じながらもクレイは執着を振り払うかのように、走行中のバギーより転がり出た。
幾らか覚悟しており、最小限の被害で済む様に計算考慮したとは言え、地べたを擦り転がる衝撃は中々鋭いものである。
しかし此度の要点は、そのような事では無い――クレイが運転していたバギーの進路上には、先に起こっていた名も知らぬ狩奴たちと土竜の戦闘によりひっくり返ったライトバン、彼らの車両が存在している。
そこへとクレイは、燃料を撒き散らしながら暴れ奔る自身のバギーを突っ込ませたのである。
衝突の轟音、ほどほどに暖かな大気の振動。
大きな音を立てて衝突する車両はその体躯も大きく、未だエンジンも稼働していることもあり熱も高いことだろう。
故に、土竜は途中下車した小さなクレイよりも、衝突したバギーの方へと向かうことであろう――結果、向かって行った。
案の定の読みが当たったことに安堵しながらも、体制を立て直し服に付いた土を払い、胸元のポケットより抜き出した一本の煙草にオイルライターで火を付けて一服――したいところであるが、
「ふぅ……一吸いで捨てねばならないのは少々勿体無い気もするが、賞金が入れば好きなだけ買うことも出来るだろう」
小さく、それでいて赤々と摂氏七百度ほどの焔を先へと携えた煙草を――名残惜しさと共に、クレイはバギーの燃料で出来た道へと投火した。
高速で地を這う蛇の如く、着火した紅紫は導火線となって目的地へと突入した。
となれば、後の展開も容易く予想することが出来ようか。
――発火と爆発である。
それも、他者の破損した車両と他者の亡骸を巻き込んでの大炎上。
予測通り過ぎると言うべきか――一定の場所への熱源の停止と熱量の増幅、そして音響の発生を知覚したであろう土竜は、前部を大胆に凹ませたバギーを車両下より貫き抉るように飛び出して来た。
期待していたものは、燃焼によるダメージ? それとも、爆発による衝撃?
――否。断じて、否。
真の勝負は、此処からなのだから。
クレイは即座に閃光弾のピンを抜き、土竜の方へと大きく放り投げる。決行まで、残り五秒。
加えて、その後間も開けずに突撃銃による衝撃をばら撒いたのだ。
ただし、この弾幕はダメージソースに非ず。
バギーをその両の腕で貫いたまま、ヴァッサーフォゲルのラッシュに意識だけを引き止められた土竜は、車両の破壊中故に碌に動けぬ身体ながらも敵対反応を感知してクレイの方へと視線を飛ばしたのだ。
――それが、運の尽き。紛うこと無き、罠の底。
「感謝しろよ……? ソイツは、たった二つの虎の子だ。存分にご賞味あれ」
クレイは既にヘルメットの耳栓を降ろしており、両腕で自身の目元と覆って地へと伏せた瞬間――周囲は苛烈なまでに眩いばかりの閃光と鼓膜を突き破りつんざくような音響に支配された……ことであろう。
事前に対策をしていたクレイには、当然ながら微塵もダメージは生じていない。
されど、この状況において無事な者は、あくまでクレイのみである。
故に唐突なまでに、暖かな茜色の中を引き裂いた閃光と爆音は――土竜の生体センサーを著しく揺さぶり、行動不能に追いやった。刹那であろうと鋭利な機関である眼は焼け、鼓膜は貫き破かれたのかもしれない。
声にならない悲鳴と奇声を上げながらのた打ち回ろうにも、両腕にはそこそこ重量のある荷物が絡み付き混乱の中では上手く外せずもがくのみ。爪のドリルもバギーで邪魔になるために、地中へと潜り逃げることも敵わない。
――と言うよりも、咄嗟の出来事に土竜は完全にパニックを起こし、適切な行動へと移ることが出来ないとクレイは踏んでいた。戦闘中にも拘らず、無様に腹を見せ仰向けでもがいているのが良い証拠であろう。
そして何時までこの効力が有効なのかも怪しいがために、閃光の後クレイは瞬時に起き上がり、最大の武器とも言える腕に錘を付けたまま地べたで這いずる土竜へと駆け寄り――その目玉へと、思い切りナイフと突き立てた。
大きな眼球を、ぶつりと貫く感触がクレイの手に残る。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!」
されどその叫びもまだ、断末魔には程遠い。
クレイは更に突き刺したナイフへと、自身の靴底を叩き付けるのだ。
一撃だけでは無く……二、三、四、と。
そうして五度目の衝撃で、土竜の眼窩が砕ける感触を確信と共に味わった。
悍ましいほどの絶叫は、たった二人の戦場に響く。
しかしながら――クレイの猛撃は、これだけに止まらない。
此度の相手は、強靭強力兇悪な突然変異生物である。鉛玉数発で沈黙する、その辺の雑魚とはまるで格が違うのだ。
即ち、大振りな頭部にナイフ一本を差し込んだところで、未だ行動を止めようとしないということは明らか。
したがって、クレイは最後の詰めへと乗り出した。
クレイは苦痛に蠢くエレマオヴルフの頭部を足蹴にし、突撃銃のマガジンを手早く交換しながら埋没したナイフの尻へと銃口を突き付け……と言うよりも、眼孔へと捻じ込み――、
「それでは、これにて閉幕と逝こう。さらば、苛烈なる宿敵よ――ジャーマンポテトの出来上がりだ!」
銃器のスイッチを切り替え、フルオートに依る幕引き――暴嵐の粒を吐き出した。
一点集中で突き刺さるような鉛の雨は、ナイフを力尽くで土竜の頭部――眼窩を食い破った先に在るであろう脳へと、先の容赦無いほどに残虐なる刃を更に奥へと追い遣った。
最早、悲鳴も聞こえない。
其処に存在するのは、土竜の体表と靴底を伝う被弾の振動と脳を強制的に刺激されたことに依る痙攣反応。加えて、傷口よりブシュブシュと溢れ噴く異色の体液のみである。
そしてヴァッサーフォゲルのマガジン一つを空にしたころには、既に土竜の巨体はピクリとも動きはしなかった。
更にクレイは、土竜の残すもう片方の眼球へと拳銃シュペヒトを突き付け数回ほど引き金を引くが、着弾の衝撃以外にその体躯が動きを見せ無いことに安堵の息を一つ吐いた。
その後、辺りを軽く見渡して――クレイは、先に蹂躙されていた今は無き狩奴たちの残したであろう解体用の大振りな刃物を見つけていた。
それ程切れ味の良くないその刃を以って時間を掛けながらも、些か炎上に巻き込まれていたにも拘らず、まるで欠損の無い土竜のドリル爪をまだ生物的な肉付きを感じられる肘上より切断し、どうにかこうにか腹を掻っ捌いて――他の臓器とは明らかに造りの異なる、発電器官と思わしき部位を抉り出すことに成功する。
されど自身の乗ってきたバギーは、衝突と爆発炎上によりとてもじゃないが乗れたものでは無い。そもそもタンクに穴が空き、全て燃料を吐き出してしまっていたのである。
どうしたものかと、再度辺りへと目を遣ったところで――クレイは其処に、お誂え過ぎるほどに最適な物を発見することが出来た。
「少々抵抗が無いわけでも無いが、死者よりは私の方が存分に活用することが出来るであろうな」
各所に転がる狩奴の死体同様に、爆発に巻き込まなかった方の車両――所々に錆の浮く、されど運用には問題ないであろう軽トラックである。
クレイは近付き車内も確認するが、キーも付いたままでエンジンも滞りなくかかるようだ。
故に土竜より切断した戦利品を荷台へと載せ、もう一度だけクレイは辺りを見回した。
凡そ十人近くの狩奴の亡骸が血だまりの中に転がっているが、彼らの遺体を回収している暇は無い。既に空は暗くなりつつあり、これ以上碌な準備も無しに夜の荒野に滞在するなど御免である。
それで無くとも、動かぬ肉が存分にあるこの場所へと――次第に臭いを嗅ぎ付けた変異体共が、そう遠くない内に群がって来るに違いない。たった今の臨時の戦闘も相俟って、クレイには手持ちの銃弾もほとんど無いのだから応戦も極力避けたい。
だからこそ、クレイは荷台より荷物が転がり落ちぬことを確認してから軽トラックへと乗り込み、ヘッドライトのスイッチを入れてライデンシャフトの街へと帰還するのであった。
「弾代に加えて、たったナイフとスタングレネード一つずつの消耗で賞金首を一匹落とせたとは、本当に運が良かったな――いや、あまりにも良過ぎる。私は一体、何者なのだろう……」
奇妙なほどに、当然の如く。
――誰そ彼れと夜の帳が交わるように。
それは、無限の螺旋に絡め取られるが如き曖昧な色をした――出口の見えない思考の迷路であった。
*
☞ ステータス が 更新されました 。
┏【 status 】━
【name】クレイ
【role】狩奴
┣【 equipment 】━
【weaponⅠ】シュペヒトKt2[拳銃]<実弾>
【weaponⅡ】ヴァッサーフォゲルMd[突撃銃]<実弾>
【weaponⅢ】ベスティエ[ナイフ]<近接・斬撃>【lost!!】
【weaponⅣ】エンテAr[散弾銃]<複数・実弾・命中↑>
【head】オリーブ色のヘルメット<耐弾>
【arm】滑り止めグローヴ<初回攻撃速度↑>
【bodyⅠ】オリーブ色の迷彩服<隠密↑>
【bodyⅡ】防弾チョッキ・プレートブライ<耐熱・耐弾・耐衝撃>
【leg】既製品のコンバットブーツ<悪路走行↑>
【kitⅠ】暗視ゴーグル<夜間視野確保>
【kitⅡ】防護耳栓<音響、音波無効>
┣【 tool 】━
・閃光弾
→ 範囲内対象に音響に依るダメージ+確率で盲目付与。
・指向性対人地雷
→ 接触した対象に実弾+衝撃でダメージ+成功時に出血付与。
┣New!【 vehicle 】━
【fahrzeug】マリエンケーファ[軽トラック]
【motor】パルメレーム<牽引可能>
【computer】シュテア<安定走行>
┣【 skill 】━
【❍ヴァクストゥム】成長・学習速度に多大なボーナス。
【❍バリエンテ】恐怖無効
【❍クア・エンダリヒ】非戦闘中、徐々に体力と損傷が回復。
【❍アオゲ・ミラン】銃撃命中率にボーナス。
【❍アインゲ・シュプル】白兵戦での回避率にボーナス。
【❍ムンター】先制率にボーナス。
【❍グート・ファーレン】車両運転技能にボーナス。
New!【☑ダウアフォイヤ】一息の内に銃撃による同じ行動を二回行う。
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