第三話 抉り処
「人生は短く、芸術は長く、機会は去り易く、経験は疑わしく、判断は難しい」――ヒポクラテス
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――クレイは自己に関する以前の記憶を所持していないが、何の危険も無く睡眠を摂ることが出来る環境というものの有難味を、このとき確かに実感していた。
昨日、クレイが部屋を取った宿は狩奴事務局が運営する施設の一つであり、脳が汚染物質で陳腐化している余程の莫迦であっても、中々手を出すことは無いのである。
もしも、何か重大な問題を引き起こして事務局に目を付けられてしまったならば、狩奴としての公的な仕事の一切を受領することが不可能となってしまうためだ。
それに加えて、事務局側に故意の損害を与えた場合によっては賞金を掛けられることも有り――最悪、事務局が保有する子飼いの戦力に殲滅されるのである。
既存の文明が崩壊し、人類は残された資源や財を奪いながら生存しているサバイバルな世界ではあるものの、各地に点在する事務局は一つの組織として機能しているのだ。人の暮らす集落には、ほぼ間違いなく狩奴事務局のオフィスが設置されている。
故に事務局を敵に回してしまえば、現存する村や街に居を構えることはおろか、そこで仕事を受けることすらも困難と為り――人里離れた完全無頼の野党に近しい暮らしを強いられてしまうのである。
だからこそ宿同様に、昨日帰路において譲り受けたバギー――これもまた事務局が管理する、街中の専用駐車場を借りて停めておいたのだ。
しかしながらこのバギー、恐らく奴らも盗品かジャンクを組み立てて補修した程度の品であろうが、起動が原始的な鍵式によるもので良かったとクレイは改めて実感していた。
このような陳腐な車両で置いてはまず無いであろうが、万が一生体判別による起動式であった場合は、更に一手間掛かってしまったことであろう。
その場合、街へ持ち帰り専門家に弄って貰うまでにも動かさねばならないのだから――指紋認証であれば指を落とし、網膜チェックであれば奴等の目玉を抉り出さねばならなかったことだろう。心音や声紋、はたまた遺伝情報による認証システムであったときなぞには、最早クレイではお手上げなのだから。
銃器や装備の手入れやパーツの組み換え程度ならばまだしも、そこまで高度な専門技術は流石のクレイも持ち合わせていない……と、思う。少なくとも、己の記憶の中にはその手の技術は見つからなかった。
兎にも角にも、そうして何事も無く朝を迎えたクレイは、これまた事務局運営の食堂へと向かい軽く朝食を済ませていた。
正直な所――昨日、良く解らないとは言え明らかにギリギリなならず者を七人も屠り去っているため、何時奴らの仲間なぞより敵討ちと言う名の逆恨みを受けるかを警戒せねばならないのである。
だからこそクレイは戦闘行為が禁止されている街の中とは言え、不意打ちリンチ暗殺のリスクを多分に考慮し、出来得る限り利用する施設を特に治安維持にうるさい事務局所属の場所に絞っているのだ。
……その後、一日二日で急激に変動するとは思えなかったが、念のため事務局へと足を運び変異体討伐報酬を確認した際に――ある賞金首の情報が、クレイの目に留まった。
「ふぅん……エレマオヴルフ、ね」
「おっ、何だも兄ちゃん狩奴か」
「まぁ、な……。そう言う君も、同業者か?」
「同業者っちゃ、確かに狩りもするけどよ。俺は、傭兵だ――で、兄ちゃんはソイツを狩りに行くつもりか?」
何気なく呟いたクレイの独り言に、隣で情報掲示板を眺めていた男が喰い付いてきた。
腰元の拳銃に肩掛けの突撃銃などは、特に珍しいものでは無いだろう。しかしクレイよりも明らかな大柄に、顔の付いた傷の数々。服と防具の下からであっても、その鍛えられた肉体は十分に理解することが出来ていた。傭兵と名乗ったからには、車両を用いての戦闘よりも、武器を振り回しての白兵戦をより得意とする人種である。
加えて彼の声色に、別段の敵意も悪意も感じ取れなかったため、クレイはより詳細でも入手しようと男の問いへと返答する。
「いや……少しばかり、程良い得物が居ないか眺めていただけだ」
「そうか! で、兄ちゃん一人?」
「あぁ、だから尚更荒野では慎重に行動せねばならないだろう。此処の情報を見る限りでは、単独でこの雷撃土竜を縊り殺すのは少々骨が折れそうだしな」
「土竜らしく強い光に弱いみたいでよ、あんま日中の目撃証言は無いみたいだぜ。とは言え、仕事終わりの夕方なんかも中々に危険だとよ。ただ、光は嫌っても視力自体は中々に悪くないらしいぜ」
――件の賞金首は、車両の神経をショートさせる強力な電撃を放つ土竜であった。正確には、体内に発電器官を内蔵した巨大な土竜だとのこと。両腕先の爪はドリル状になっており、高速回転させることにより凄まじいスピードでの穴掘りを可能としている。
このように生身の生物の癖に、何やかんや放射性物質や有害因子のせいで遺伝情報が狂ったり云々で、身体に機械類が存在していたり銃器が生えていたりする生物は――実の所、あまり珍しいものでは無かったりするのであるが、それは兎も角。
地中を高速で移動しながら狩奴たちの運転する車両の下へと潜り込み、岩盤をも容易く砕く爪と腕を以って脆い車体の裏側に突き刺すらしい。
そして即座に、蓄電おいたエネルギーを流し込み一瞬で車両をおしゃかにし、そのまま中の人間ごと感電死させるほどの強さを誇っている。運良く命を拾ったとしても、車両は既に電気系統を破壊されて動かない――そうして仕方なく白兵戦へと移ろうと下車したところで、待ち構えていた土竜野郎が飛び出してきてミンチのの完成だ。
白兵戦では多大な危険が伴い、セオリーである車両を用いたところで、モタモタしている内にスクラップ&ミートパテであろう。腸詰の材料になるのは、御免である。
「そうだな、流石に一人じゃ例え車持ちでも有利とは言えねぇよ。てか、車に乗ってるからって余裕かましておっ死ぬ奴らの多いコト多いコト」
「……そいつらは、事前にターゲットの情報を確認しては往かないのか? 事務局が載せているこの情報程度であっても、あると無いとでは天地の差だぞ」
「おう、ホント兄ちゃんの言う通りだぜ! 何たってそういう奴らはよ、賞金額だけ見て、碌な準備も対策も無しに我先にって突っ込んでくんだよ。マジで考えられねぇよな、もちっとこう……色々あるだろ」
「狩奴の行動は生死をひっくるめて全て自己責任とは言え、それはまた度し難いほどに愚かだな」
「だろォ!? 中にはジャンク屋どころか、路地裏の露店で投げ売りされてるような銃一本持って……んで、車も無いのに体一つで突っ込んで逝くバカも後を立たねぇ。もうどうしようも無いだろ、コレ」
「死体が増えればそのおこぼれを狙う変異体の小物も群がって来て、ますますの悪循環だ。されど私も、この身と車両一台だけで向かうのは、な……。相手はその辺の雑魚や陳腐な暴走機械、野党とは違うのだ――幾らなんでも、片手間に済ませられる道理もなかろう」
「全く、兄ちゃんの言う通りだぜ。てなワケで、俺は昼前に此処を出発して隣町を目指す隊商の護衛なんぞで地道に稼ぐことにするぜ。車も持ってねェしなァ」
「それが良いだろう。金は稼げるが、命は稼げないのだからな。お互い、精々用心して生きて往こうではないか」
「ハハッ、違ぇねぇや! んじゃ、兄ちゃん――無事生きてたら、また会おうや。今度は酒でも飲みながらよ」
「あぁ、楽しみにしておくよ」
そうして後ろで手を振りながら事務局を出て往く傭兵を見送って、後にクレイも掲示板より離れて外へと向かう。
駐車場に停めておいたバギーへとキーを差し込み、エンジンを始動させる。
後方のマフラーより極めて不健康な薫りの鈍色の煙を炊き上げながら、クレイは車両へと搭乗して街の外へと向かうのであった。
2
「――予定調和とは、正にこのことであろうな」
軽く目を擦り、こめかみを揉む。
首を回して、運転席に付いたままぐっと伸びをした。
されど目の前の光景は、クレイにとって紛れも無いほどに現実であるということを如実に訴えかけているのであった。
そう、溜息交じりに小さく吐き出すクレイの視界に広がっていたのは、散々たる凄惨な有様であった。
「……クソッ、クソッ、クソッ、クソォォォオオオオオオオ! 何で当たんねぇんだよぉおおおお!」
「うっせェェェエエエエエエ! ゴチャゴチャ言ってる暇あったら、死ぬまでタマばら撒かんかいッ!」
「ちっくしょぉお……なんで、何で俺がこんな目……」
「だから黙れって言ってんだろォ……ッくァアアアアこっちに来やがっ……グァアアアアアアア!」
「オイ! 大丈夫かッ!? オ――ガふっ!」
「死んだ、死んだ……また死んじまったよォォオオオオオ!」
「もう嫌だ! だからオレは嫌だって言ったんだァ! ……た、助けてくれェェエエエエ」
正しくそこは、阿鼻と叫喚の多重奏で溢れ返っていた。
岩場の影より、クレイがじっと観察した限りでも……其処には人数も居る、武器もある、車両も存在する――しかしながら、武装し徒党を組み車両を駆る人間たちは、圧倒的に不利な状況に追い遣られていたのである。
ある者はドリルの爪で貫かれミンチにされ、ある者は高電圧により黒焦げとなり、そしてある者はひっくり返された自らの車両の下でもがき呻いていた。
クレイの視線先で暴威を振るっていたものは、ちょうど街を出発する前に傭兵の男と話題に挙げていた雷撃土竜それであろう。体長は自体は、軽車両ほどもなさそうであるが、当然油断はこれっぽっちも出来そうに無い。
空を橙に染め上げる夕暮れの中においても、彼の者の身体より発せられる電撃と殺害を使命とせんばかりに稼働する二本の掘削機の回転音は嫌でも響き渡っているのだ。
その惨状の程は、こうして離れていても――不毛の荒野を真紅に染める命の雫と肉の焼け焦げた不快な臭いが、クレイの鼻孔を嫌らしく擽るほどであった。
現時点でクレイが観察して判明したことは、狩奴と思わしき武装した男たちが十人近く存在するにも拘らず、土竜の身体にはほとんど傷らしい傷が見当たらないこと。
これは土竜自体の体表が頑強と言うよりも、地中を自由に移動することが可能なこの生物は、隙を見てのヒット&アウェイを繰り返しているのであろう。戦闘地域一帯が、穴ぼこだらけである。
そして何より、幾ら人数を集めたところで――所詮はちょっとした風の前に吹き飛んで逝く程度、烏合の衆というわけであろう。
遠目に見る限りでも、死者より地表へと転がった武器は上等とは言えず、車両は二台用意してあるようだが……良く見るとどちらも機関砲の一つすらついていない、輸送専用の車であった。その片方は、何と丸腰の軽トラックである。
「さて、と……。一体、どうしたものやら……」
唇へと咥えたそれにより容易く己の肺を芳醇に満たすと共に、外気へと吐き出された紫煙は鼻先を擽りながら曖昧色の空へと蕩けて往く。
修羅場を目の前にして、尚。運転席のシートにもたれ掛かりオイルライターで火をつけた煙草をふかすクレイは、遠くて近い血の惨劇を観察しながら――今後の選択肢を、自身の脳内で並べ立てているのであった。
*
【傭兵】
狩奴の戦闘におけるメインが車両の運用だとすれば、それよりも更に白兵戦に特化した者が彼ら傭兵である。対人、対生物戦に強い職種なのだ。
傭兵は、狩奴よりも重量があり火力の高い火器を装備することが可能である。
中には自身の身体の一部を生体機械と取り換えて、尋常ならざる力を振るう者も存在している。
逆に言えば、車両の運転能力などは狩奴に劣る点も多いのだ。故に、自身の腕で直接火器を振り回す方が向いている。
当然、車両の運転自体には問題など無いけれど、彼らが成長時に覚えるスキルは人間用の火器を有用に取り廻すためのものが多く――戦場において己の身と武器で敵を殲滅し、生存確率を上げることに役立つ能力が備わっているのである。