第二話 荒れ地の法
「自分が何であるかを知りたいと思うならば、自分がに何を好むかを見れば良い」――ニーチェ
1
――金、金、金。そして、力。
これこそが、あらゆる人間の文明が崩壊したと言われているこの世の中においても、誰にでも解るほどに重要極まりない真理であろう。
飯を食うにも、寝床を確保するにも。
酒を飲むにも、女を買うにも。
武器を並べるのにも、防具を揃えるのにも。
車両を転がすにも、強固なパーツで備えるにも――。
何をするにもかにをするにも、全く以って度し難いほどに金銭と言う価値の具現は、生有る人間にとって必要不可欠なのだから。
そしてそれと同時に無くてはならないモノはと言えば、その最たる例が力である。
この崩壊し、荒廃し――道徳も倫理も、人の尊厳すらも忘れ去られてしまった世においても、どうにかこうにか明確に人として生きて往きたいと願う上では無くてはならない。
否――持っていなくては、生きることが出来ないと言い換えても良い。
力の種類自体は、結局の処何だって良い。
戦闘力、経済力、生存力などなど……。力の形は常に一つではないのだから、これまた当然のことであろう。
自身を守るための腕力であろうと、金の力で身を固めていようと、明日の見えない未来の匂いを嗅ぎ取って綱渡りをしていようと――何だって、良いのである。
――故に、クレイも記憶は虫食いであれど、自身が明日を無事迎えるために歩みを止めないのだ。
「……見つけた。お誂え向きに、一匹でうろついて居るようだな」
岩陰でそう呟いたクレイの視線先には、一匹の獣が存在していた。
体高は、凡そクレイの腰ほどであろうか。頭部には、緩やかに巻かれた桃色の角が一対見受けられる。
もこもことした鈍色の毛に覆われ、そんな穏やかな風体とは裏腹にバリボリと音を立てながら、近くの岩をその歯で削り食している。
一見、雲のようにふわふわとしていそうな体毛は――実の所、生半可な銃弾程度は容易く防いでしまう天然の防弾・防刃チョッキであるのだ。普遍的な拳銃の弾を防ぎ、ナイフの刃すらも通さない。
体毛が鈍色をしているのは、食する岩の成分が毛質に染み出し作用しているからであると伝えられているが、真相は不明であった。
その名をシャッフェルゼン――是即ち、岩の如き羊毛。
自身の縄張りに入った者を感知した途端に繰り出される突進は、直撃一発で生身の人間の臓腑を破裂させるほどであると。
万一、直撃に依る死を免れたとしても組み伏せられでもしたときには、岩をも砕き摺り潰し咀嚼する顎で頭蓋を砕かれること間違い無し。
何より曇天の如きその羊毛は、ちゃちな弾丸など通しはしない。故に取り囲んでてんでバラバラ当てずっぽうに弾をばら撒いた所では、天然の防護服へと阻まれてしまうであろう。
駆け出しの狩奴や傭兵程度では、数人が群れたところで中々に厄介な相手であるとされている。
されど相手が何であろうと、生命体として生きている以上いつかは死が訪れるということが世の道理であり――、
「つまり……如何様にでも、容易く殺し屠ることが出来るということだ」
死なない生物など、この世に存在しないのだ。
――先手必勝、必見決殺である。
岩場の影より躍り出たクレイは、即座にヴァッサーフォゲルより気奴の顔面へと鉛の弾を叩き込む。
雨のように湿やかに、嵐のように凄惨に。
厄介なのが膨らむ体毛なのであれば、それが生えていない場所を狙う。
打ち込み、撃ち込み、そして討ち込んで往く。鋼鉄の霰は暴虐の徒と成りて、悲痛な叫びを上げる憐れな孤羊へと降り注ぐ。点への集中は、苛烈なまでに。
幾ら岩石の如き羊毛を纏っていようとも、どれほど固い鉱石を擦り潰す歯を持っていようとも――その額は、紛れも無く普遍的な生物のそれであるのだ。
故に、人工の嵐で食い破れぬ道理は無い。
こうしてマガジンの中身一つ分を全て吐き出す前には、クレイの苛烈さにより羊は沈黙を強いられていた。
念の為、接近しながら今度は拳銃シュペヒトでグズグズになった羊の顔面へとお代わりを二発ほどくれてやるが、反応は無し。
そして漸く対象の死亡を完全に確認することが出来たクレイは、売却部位である羊の角を二本――ナイフを用いて、それぞれ抉り出すことにした。
使用するナイフは、勿論自前のベスティエである。先にチンピラ強盗を返り討ちにした際に頂いたナイフは、碌に手入れの様子すらも見られない品であったため即座の実用には向かない。良くて後の予備、予定としては街への帰還時にジャンク屋にでも売っ払う予定であった。
「やはり、思っているよりも随分と容易いな。この程度の相手であれば、弾薬の続く限り屠れそうだ」
誰に聞かせるわけでも無いクレイの独り言は、静かな碧虚へと霧散して逝った。
次の得物は、既に視界の先である――。
2
物事には、流れと言う物が存在している。
工程αを終えた後に工程βが訪れ、工程γを捏ね繰り回した先に工程δが待っているという按配である。
無論、人生は生ものである以上、其処に関わる事象も全てが全て予想通り、機械的なまでに円滑に進むという保証はどこにも無い。
上手く往っているつもりであっても、ふとした時に思わぬ時点で躓き転ぶことも決して珍しくは無いのである。
――しかしながら、やはり既定事項と言うべきか予定調和とでも表現するのが適切かといった事態は、悉く存在しているものなのだ。
それが、此度クレイにとっての遭遇であった。
「オイコラ、テメェ……よくも俺たちのキョーダイを殺ってくれたなァ!」
「このまま楽に死ねると思うなよクソガキィ……!」
「オラァ! まずは有り金全部吐き出して、頭下げてワビ入れんかいゴラァ!」
「何とか言ったらどうなんだガキッ!」
銃弾を使い切らない程度に、程良く変異体と暴走機械を駆除して一働きしてきたクレイであったが――街への帰路で、ボロボロの改造バキーに乗ったゴロツキたちに絡まれていたのである。
――臨時収入の芳醇な薫りを知覚したのは、果たしてクレイだけであったことだろう。
荒野を徒歩で移動するクレイへと、土煙を撒き散らしながら勇ましく迫ってきて――あろうことか、折角の車両より肩を怒らせわざわざ降車してクレイへとイチャモンを付けてきたのである。
軽機関砲の装備された車に乗っていたにも拘らず、である――紛うこと無き、頭の悪さ。恐らく彼らの頭蓋の中に押し込められている物は、腐った合成品のチーズにも劣る品であろう。有害物質にでもやられたか?
こうして彼ら四人は人数を確保しているためか、たった一人のクレイへと息巻いて怒鳴りつけてきたのだった。どうやら、街を出たときに片付けたチンピラ三人と同じ一派の者らしい。
チンピラチンピラ&チンピラ。服装も髪型も態度も纏う雰囲気も、一片たりとも品性は感じられない。果たして彼らは、凶暴化した突然変異体と何が違うのであろうか――と。
そして事は、唾を撒き散らしながら口々にクレイを脅し付ける中で起こった――否、茶番とばかりにクレイが引き起こすことにしたのである。
「ヒヒヒッ……! 素っ裸になって慰謝料とワビ寄越せば、サクっと殺してやっても――かぺっ!」
響く銃声、昇る硝煙――そして、四番目に口を開いたモヒカン頭の男の額より迸る命の雫。
紛れも無いほどに、美しく決まったヘッドショット。いっそ芸術的では無かろうか。
当然、彼の弾丸はクレイの手元で火を噴いた、小さいながらも仕事は的確な拳銃ベスティエに依る早撃ちである。
彼らからすれば、予想だにしなかったであろう突然の事態に数瞬思考が滞ってしまっていたのであろうが、寧ろクレイにとっては隙だらけのチャンスタイムに他ならない。
されど何だかんだ言っても、大した距離も無い中での一対多の状況である。残りのカス共が現実を直視して動き出す前に、綺麗さっぱり事を片付けなくてはならないだろう。
したがって、クレイは冷静に――それでいて迅速に、男たちの胸を撃ち抜いて往く。時間が無いので流れるように、一人一発。最初の一人は不意を突いての一撃と、驚愕を埋め込むためのパフォーマンスも兼ねての頭部であったが、外さないであろうとは言え今は無理に小さな的を狙う必要も無い。
「……ガッ!」
「グァァアアアぁあああアァァァァァァアアアア!」
「ギッヒィィイィイイイ!」
突然、己を貫いたであろう鋭い痛みと衝撃に、倒れ、叫び、蹲るゴロツキたちであったが――当然、これで終わりでは無い。
一見、防弾チョッキの類は外観では存在していないようであるが、服の下にプレート類を仕込んでいないとも限らない。
あくまでこの一撃は、奴らの動きを止めるための一撃なのである。
そんな警戒も無駄では無かったとばかりに、内一人の男は苦悶の吐息を口の端より溢しながら、クレイへと命乞いをしてきたのである。
「ギッ……ひぃ……ッ! た、たす、助けて……ぐれぇ」
「おや、君は即死じゃなかったようだな? 運が良いのか悪いのか。しかし、もうその傷では……いや、今直ぐ病院に担ぎ込んで散々っぱら高い金を掛けて、それで運が良ければあるいは……」
「ごぼッ……! な、何でも良い、ガら……助けテ、き、傷薬、をォォォオオ……。な、何で、も……する、かラよォ……」」
先程までの威勢は何処へやら、全く以って無様に地べたで這い蹲りながら慈悲の願いを繰り返す暴漢へと――クレイは彼の額に銃口を突き付けたまま、淡々と問い返した。
「――ふむ」
「おねが、お願いだァぁああああ……」
「いや……君は何か、壮絶な勘違いをしてはいやしないか」
「え゛ッ」
「私が何故、君の願いを聞き届けねばならないのだ?」
「ま゛っ、待っ、デ――」
その言葉に絶望に顔を染め上げる男へとクレイは躊躇うことなく引き金を引いて、熱い弾丸による冷たい死へのデザートを捻じ込むのだ。口では無く、額にであるが。死人に口なしとは、良く言ったものだ……意味は全く異なるが。
行動化完全に停止させていた残りの男たちへも、クレイは警戒を解かずに迅速に接近し――片端から即座に剥き出しの頭部へと、鈍く輝く9mm弾をご馳走してやったのだ。鉛玉は、あの世の川の渡し賃にでもしておくれ。
残響の如く、残酷なまでの現実として、残骸となった脳梁が飛沫する。
こうして一言も交えぬままに、クレイの脅威は無事過ぎ去ったのであった。
最後にクレイは、真紅の雫と脳梁を溢す生臭いオブジェの後方へと目を遣って、少しだけ口角を吊り上げた――想定よりも遥かに早く、そして容易く車両の獲得である。
3
――初めはどうなることやらと思っていたが、結果としてみれば本日の成果は上々であった。
羊をメインに他の変異体、暴走機械バラして少々。加えて、行きと帰りで計七人分のチンピラ擬きを返り討ちにしたことによる死体漁り料である。
初めの三人は論外で、帰路で襲い掛かって来た四人組も前者に比べればマシとは言え、それほど上等と言えるほどの装備も無かったが――奴らが乗ってきた改造バギーは、ボロでありながらも今のクレイにとっては中々に有用な拾い物であると言っても過言では無い。
故にクレイは暴徒たちより身包みを剥いで真っ裸にしてやった後、その死体は荒野に晒し戦利品の車両に乗って、現在の拠点であるライデンシャフトへと帰ってきたのである。
小型とは言え車両を得たことに依るメリットは、総合戦闘力の上昇と移動時間の短縮だけに限らない。次回より討伐のため荒野へ出る際には、自身一人では持ちきれないほどの戦利品を得ることが出来たとしても、このバギーで運ぶことが出来るのだ。
故に、今後の収入も効率良く上昇させることが出来る。
こうしてその後は何事も無く、無事に街へと着いたクレイは狩奴事務局で変異体の死体より抉り出した素材を売り払い、機械専門店で人間を目の仇にするかのように動き回る攻撃的なガラクタの残骸を金に換え、ジャンクやとガンショップでチンピラ共から提供された質の悪い銃器を引き取って貰い小遣いに換え――自分自身の装備を新調したのであった。まだ金が足りないため、装甲バギーの改善はまた今度である。
徐々に空が夕闇へと沈む中で、クレイは事務局指定の駐車場へと車両を止め、宿で眠りに就く前に空いた腹へと栄養を詰め込むべく夜の街へと溶けて往くのであった。
*
☞ ステータス が 更新されました 。
┏【 status 】━
【name】クレイ
【role】狩奴
┣【 equipment 】━
【weaponⅠ】シュペヒトKt2[拳銃]<実弾>
【weaponⅡ】ヴァッサーフォゲルMd[突撃銃]<実弾>
【weaponⅢ】ベスティエ[ナイフ]<近接・斬撃>
New!【weaponⅣ】エンテAr[散弾銃]<複数・実弾・命中↑>
【head】オリーブ色のヘルメット<耐弾>
New!【arm】滑り止めグローヴ<初回攻撃速度↑>
【bodyⅠ】オリーブ色の迷彩服<隠密↑>
Renewal!【bodyⅡ】防弾チョッキ・プレートブライ<耐熱・耐弾・耐衝撃>
【leg】既製品のコンバットブーツ<悪路走行↑>
【kitⅠ】暗視ゴーグル<夜間視野確保>
【kitⅡ】防護耳栓<音響、音波無効>
┣【 tool 】━
・閃光弾×2
→ 範囲内対象に音響に依るダメージ+確率で盲目付与。
・指向性対人地雷
→ 接触した対象に実弾+衝撃でダメージ+成功時に出血付与。
・戦利品のコンバットナイフ【sell!】
・粗悪品の拳銃【sell!】
New!・暴漢の装備一式【sell!】
┣New!【 vehicle 】━
【fahrzeug】アッフェモース[改造バギー]
【motor】ミットライト・シュラム<馬力不足のため、他車両牽引不可>
【computer】ヴィッダー<悪路直進>
【maschinenkanone】グラオブリーゼ<複数・実弾>
┣【 skill 】━
【❍ヴァクストゥム】成長・学習速度に多大なボーナス。
【❍バリエンテ】恐怖無効
【❍クア・エンダリヒ】非戦闘中、徐々に体力と損傷が回復。
【❍アオゲ・ミラン】銃撃命中率にボーナス。
【❍アインゲ・シュプル】白兵戦での回避率にボーナス。
New!【❍ムンター】先制率にボーナス。
New!【❍グート・ファーレン】車両運転技能にボーナス。
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