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6話

 早々に大学を出た俺と渚は、街の中心部に向かう電車に揺られていた。大学から都市部までは電車で20分ほどである。大学周辺で生活するのには困らないが、遊ぶとなったら大抵の学生は電車を利用して街まで行くのが王道だ。俺たちもご多分に漏れず、それに倣う形となった。

 電車から降り、改札を通って表口に出た。空には雲一つなく、日差しがジリジリと俺たちを照り付ける。

「お腹空いたし、お昼食べに行こうか」

「そうだな、どこかいい店とかある?」

 うーん、と言って渚が指差したのは、駅前にあるファミリーレストランだった。

 安価にイタリア料理が食せるということで、学生のみならず、老若男女に愛されている店である。ちなみに俺は入ったことがない。

「あそこのドリアが安くておいしいんだ~」

 毎日、バイトで貰う廃棄弁当を食べて食いつないでいる俺にとって、誰かを伴っての外食なんてものは実に何年ぶりかのイベントだった。大学に入ってからこれまで、誰かと食事すること自体が全くなかったのだ。独りに慣れすぎたせいで、どんな風に振る舞えばいいのかわからなくなってしまっていた。

「三条くん、ほら、早く」

 急かされるようにして、俺はふらふらと渚の後を追った。店に入ると人数の確認をされ、窓際の空いている席に通された。店内のテーブルは、ほとんどが埋まっていて、店員もせっせと忙しそうにしている。席に着くと、早速メニューを広げた。

「先に見てくれ」

 そう言って渚にメニューを手渡すが、そのまま返されてしまった。

「いいよ、一緒に見よ?」

 一見、合理的に思えるが、やはり気恥ずかしさが凌駕する。俺は早々に決めて、渚を待つことにした。

 そんな俺をニヤけながら渚は見ていた。やっぱり、俺のことを面白がっているだけなのかもしれない。

 最終的に俺はカルボナーラ、渚はドリアを頼んだ。渚には小食だと心配されたのだが、あいにく満腹になれるほどの心の余裕はなかった。

 注文したメニューはほとんど待たないうちにやってきた。どうやらこの店は提供の迅速さも売りにしているようだった。

「ねぇ、三条くんって高校の頃はどうしてたの?」

 渚はできたばかりのドリアを口に運びながら俺に問いかけた。案の定熱かったらしく、慌てて水に手を伸ばす。

「特に何もないぞ。ごく普通の高校生だったよ」

「その時から、ひとりでいたの?」

 俺は、返答に困った。そうともいえるし、違うともいえる。……いや、結局孤独だったのは変わりないか。

「そうだよ。ずっとひとりだった」

「それは、自ら望んだこと? それとも……って、めちゃくちゃ失礼なこと聞いてるね。ごめん」

 俺は、どうだったのだろう。数年前のことだが、遥か遠くのように感じる。

「気にするな。それより、言葉を返すようだが……望んで孤独になる奴がいるのか? もしいたとしたら、お目にかかりたいね」

 渚は、何が訊きたいのだろう。俺の何を知りたいのか。独りでいることが、そんなにもおかしく見えるのだろうか。彼女からすれば、俺は滑稽に映っているのかもしれない。

「でも……実際に三条くんと話してみて、やっぱり変だなって思ったの。三条くん自体は変じゃないんだけど、なんていうか、友達ができないんじゃなくて、作らないだけなんじゃないのかな」

「そもそも、渚はなぜ俺なんかに興味を持ったんだ? この通り、なんの面白みもない人間だぞ」

 渚は、そんなことないよ、と俺の自己分析をあっさりと否定した。

「私はね、生きていくうえで、誰かと繋がらずに生きていくことはできないと思ってる。みんな大なり小なり何かしらの繋がりを求めて生きているんだよ。それなのに、君は誰とも接点を持たず、誰にも知られることがなかった。一年ものあいだ。それって、自分から関わりを絶たない限りできないことだと思う。こんな不思議な人、三条くんだったら気になるでしょ?」

「俺がどんな人間か知るために、友達になってみようってことか。なるほど、それが友達ごっこの理由……」

「そういうこと」

 孤独から対極に位置しているような彼女が、なぜ俺を捕まえて色々聞き出そうとしているのか、これまで全くわからなかった。しかし、その理由は思ったよりも単純だった。純粋な俺への興味。それが渚を突き動かしていたのだ。

「それで、三条くんはどうなの?」

「なんのことだ」

「意図して関わりを遠ざけているんじゃないのって話」

 うまくはぐらかしたつもりだったが、渚は食い下がってくる。

「……ほら、せっかくの飯が冷めてしまうぞ。早く食べよう」

「あっ! またそうやって答えないつもり?」

「誰しも秘密ぐらいあるだろう。そういえば──キミも訳ありみたいじゃないか」

 俺は、したり顔で言い返す。これには渚も万事休すといったところ。俺の言葉を否定することはなかった。やはり、渚には何か秘密があるのだ。

「むむむ、お互い様というわけね……」

 渚は苦笑しながら、食べかけの料理に手を付ける。

「まぁ、急ぐ必要はないさ。そのうち嫌でも知ることになると思うし」

「私も同じこと思ってた。でも、それって……これから先も友達として付き合うことが前提じゃない?」

 渚の鋭い指摘に、たじろぐ俺。

「……やっぱり今のナシで、お願いします」

「ダメです」

 即答だった。

「そこをなんとか」

「大丈夫。約束はちゃんと守るよ。まあ、三条くんが望むならば、その限りではないですよー」

 渚は、にやっと笑って、これまで見たこともないような嗜虐的な表情で俺にそう告げた。見た目とは裏腹に、実はSっ気のある人なのかもしれない……。

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