5話
「それじゃ、またね渚ちゃん」
一通り話し終えたのか、茶髪たち三人組がこの場を後にする。何やら俺に睨みをきかせて牽制していたような気がしたが……それは俺の見間違いだろうな、うん。気のせいということにしておこう。
三人組が見えなくなってから、俺は先ほどの違和感を、渚に直接聞いてみることにした。
「なぁ、さっきの――」
「……そ、そうだ! あのさ、三条くんって、LINNEやってる?」
「いや、だから――」
「あっ! もしかしてLINNEやってないの? もしそうだったらやばいよ! いますぐ登録しないと!」
有無を言わさず、といった格好だ。そこまでしてでも触れられたくないことなのか? 渚は、もともと真ん丸で大きかった目を、更に見開きながら、視線だけで「察しろ」と伝えてきている。ここは、素直に従っておくか。この謎も、これから付き合っていくうちに明らかになる時がくるだろうしな。
そう、これから……これから? これから俺はどうするつもりだったんだ?
その時、俺の中に相克する感情が渦巻いているのがわかった。人の決意など簡単に崩されてしまうものなのだと、実感とともに理解する。
俺は、浮かび上がった疑問を頭の奥底へと力づくで押し込み、彼女の質問に答えた。
「……LINNEは一応登録だけしてあるぞ。一度も使ったことはないが」
LINNEとは、スマートフォンの普及に伴って爆発的に利用者が増大したSNSアプリのことだ。最近では、メールや電話よりもLINNNEを利用して連絡を取るのがメジャーとなった。
それも、アプリ間の通話やチャットなどのサービスは(一部課金する要素もあるが)無料で使い放題なのだという。その利便性から、大学生をはじめ、中高生には必須のアプリとなっている。
俺もスマートフォンを買ったときに登録だけしたが、やり取りする相手がいないことに気付き、それ以来放置していた。まさか、俺が使うことになるとは。
「じゃあ交換しよ! これ私のQRコードだから」
「……は?」
LINNE交換などしたことない俺は何を言っているのかさっぱりわからなかった。
「三条くんの携帯でこのコードを読み取ってもらうだけでいいよ」
渚に言われるがまま、バーコードリーダを起動し、QRコードを読み取る。すると、俺の『友だち』欄に渚らしき人物が追加された。『なぎさ』という名前で登録しているようだ。
「……これが渚か?」
「そうだよ! ってかマジで友だち私しかいないんだ」
「おい、いま失笑しただろ! 悪いか!」
「ううん、三条くんのはじめての『友だち』になれてうれしいよ」
恥ずかしいセリフを臆面もなく、よく言えるものだと感心していると、俺の顔が赤くなっていることをやんわりと指摘されてしまった。そりゃ、こっちも恥ずかしくなったんだから仕方ないだろ。全力で見逃せ。
「これからは、いつでも三条くんと話せるね」
「いや、俺はまた放置するぞ」
そう、俺と渚は一日限定の友達なのだ。このLINNEはその証としておくだけでいい。ある意味、記念のようなものなのだ。例えるならば観光地で木刀を買ってくる行為と、なんら変わらない。『日光』と刻まれた木刀に実用性なんてもの皆無だからな。だから日付が変わったらもう、LINNNEであろうと渚とこれ以上関わることはない。これ以上、矛盾した感情を抱えていくのは、精神衛生上よくないことだと思う。
「今日限定の友達だもんね……。ごめんごめん。ついつい忘れちゃう」
えへへ、と苦笑しながら、渚は自分の頭をかいた。半ば自分に言い聞かせるような言葉だった。俺の言い方が少しきつかったのかもしれない。
俺の中で、焦りが生まれた。何とか取り繕おうと、必死だった。
「……じゃあその代り、これから渚の好きなことをしよう。大学なんてどうでもいい。渚が満足するまで……俺は一緒に付き合ってやる」
また心の台詞が、口をついてそのまま出力されてしまっていた。渚の笑顔が見たいと必死だったからこそ、こんな一言を口走ってしまっていたのだと思う。
渚は、思いがけない言葉に驚いた様子だったが、すぐにその意味を理解し、そして、あの天真爛漫な笑顔を取り戻した。
「本当? 大学サボるなんて、翼くんは意外と不良なんだねぇ~」
「そういう割に、めちゃくちゃ笑顔じゃないか?」
「いやぁ、なんかね、こういうの高校の頃から憧れてたんだ! 実現できてうれしい!」
思い立ったが吉日、とばかりに渚は俺を急かす。二限の講義が終わらないうちに、俺たちは大学を後にした。