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3話

 友達。ともに同じ時間を過ごし、感動を共有する存在。

 かつて、そんな存在が俺にもいた時期が確かにあった。

それがいつ頃だったかは、もう思い出せなくなってしまったが。



「俺に同情してるのか」

 それは、俺自身の率直な意見だった。今更、俺と友達になったところで何になるというんだ。ただでさえ事実かどうかを疑うレベルの交友関係を持つ彼女だ。こんな路傍の石が一人追加されたところでどうしようもないだろう。

「同情して友達になるって、それこそ悲しいよ。私は、純粋に三条くんと仲良くなってみたいと思ったから言ってるんだよ」

「俺は迷惑だ。放っておいてくれ」

 俺の言葉を聞いた渚は、より一層、悲痛な表情を浮かべた。

「じゃあさ、今日だけ、一日だけでいいから、友達ごっこをしてみない?」

 友達ごっこときたか。どうやら引き下がる気はないらしい。

「いやだ」

「ひどーい! 本当に、ホントに1日だけ付き合ってくれればいいから!」

手を合わせて懇願してくる渚。その双眸にはうっすらと光るものが浮かんでいるように見えた。

「……わかった」

 そう口にしたのは俺だ。ほとんど無意識に近かったと思う。俺は首を縦に振る気などさらさらなかったが、俺の口からは、承諾を示す言葉が発せられていたのだった。それを聞いて、渚の顔に笑顔が戻っていた。ここで再度断りでもしたら、それこそ本格的に泣き出してしまうだろう。俺は、いささかきまりが悪くなって、こう取り繕った。

「その代わり、一日限りだからな。まあ、どうせ俺が首を縦に振らなければ一日中付きまとうつもりなんだろうが」

「ふふっ、さすが三条くん! よくわかってるじゃないですか」

「まあな」

「それじゃあ、よろしくね!」

 そう言って、渚の右手が俺の目の前に差し出された。

 どうしたらいいか、逡巡した後、俺はその手を握り返した。すると、渚はそっと微笑んだ。


 今頃になって気付いたが、渚はかなり、いや、俺が今まで生きてきた中で目にした女性で、五本の指に入ると言っても過言ではないほど、整った顔立ちをしている。これは俺の主観でしかないが、恐らく、世間的な基準と照らし合わせて見ても可愛いと評される部類に入るはずだ。

 渚は、今どきの大学生よろしく、髪を染めたり、化粧に凝ったり、奇抜な格好をしているわけではない。一見した程度では、この彼女の魅力に気がつく人間は少ないだろう。しかし、こうしてまじまじと見ると、渚の持つポテンシャルの高さを知ることができた。唯一の欠点といえば、体に凹凸がないところくらいか。だが、それも一定の層に希求できる武器にもなり得るかもしれない。


 そして、何よりこれだけ知り合いのいる人だ。その中の男が彼女を狙っていてもおかしくはない。というか、かなりモテるんじゃないか? 俺のようなどこの馬の骨とも知らない人間が隣にいたら、どうなるのだろう。

 いや、もしかしたら、既に恋人がいるかもしれない。そうだとしたら余計に俺の身が危なくなってくる。これから一日、俺は無事に過ごせるのか。一抹(いちまつ)の不安を抱きながらも、その反面、未知の領域に足を踏み入れることに、少しだけ気分が高揚するのを感じていた。


 そんなやり取りのあと、すぐに授業が始まった。渚は俺の隣で熱心に講師の話に耳を傾けている。ものぐさな俺は、配られたレジュメにメモを取る程度だが、渚はちゃんと専用のノートを作っていた。こんなところからも、彼女の真面目な一面が(うかが)える。

 観察を続けていると、何度か渚と目が合った。そのたびに彼女は微笑を浮かべた。なるほど、これに世の男どもはやられるわけか。


「渚は、やっぱりモテるのか」

「へっ!?」

 このタイミングで心の声が出てしまった。今まで特に意識したことはなかったが、どうも俺は思ったことをすぐに口にしてしまう(たち)らしい。

 突然の問いに、渚は困惑を隠せない。若干、頬のまわりが紅潮しているようにも見える。

「急になにを聞くかと思えば……。私なんか全然だから」

「それならよかった」

「うーん、それはそれで複雑かも」

 渚は苦笑している。



 そのときだった。俺は突然、自身の胸を何か鋭利なもので貫かれたような感覚に襲われた。心臓をえぐられたような痛みが伴って、一瞬、目の前が真っ白になる。

 久しく味わっていなかった感覚だった。


 始まりは、終わりと同義である。この世に生を受けたということは、死ぬことを運命づけられたと言うこともできるだろう。

 出会いもまた、同じだ。いつかは別れが来る。永遠なんてものは、この世界のどこを探したって存在しない。


 俺が他人との関わりを廃絶して生きる理由。それは単純に人と接することが苦手なわけではない。

 もともと人見知りの俺は、人づきあいが下手だ。しかし、俺が他者との交わりを忌避する理由はもっと別のところにある。


 それは、純粋な恐怖だ。


 俺は、怖いんだ。手に入れた繋がりが消えてしまうのが、ただただ怖い。

 せっかく作り上げた絆が崩れ去ってしまうことが、俺にはどうしても耐えられないのだ。


 そこで、俺は発想を逆転させた。


「それなら、最初から誰とも関わらなければいいじゃないか」


 俺が出した一つの答えだった。それならば、失うものもない。そして、何より誰も不幸にならない。

 孤独であること、それが何より俺を安定させてくれると、そう信じることにしたのだった。


 だが、俺は渚が差しのべた手を拒むことができなかった。自分でも理由が見つからない。これまで、ずっと避けていたものであったはずなのに。

 どちらにしても、俺は渚の手を取った。その事実に変わりはない。ならば、身を委ねよう。どうせ、今日だけなんだ。

 なるようになるかと、俺は半ば投げやりになって、思考を放棄した。


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