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13話


 結論から言うと、あのゴールのからの展開は、最悪だった。


「お前ら、太郎にボール集めるぞ。いいな!」


 青山がチーム全員に、そう指示を出したのだ。そこからは語るのすら嫌になる。まあ、簡単に言うと……俺ひとりだけで五得点くらい決めた。気付いたら、なんかスイッチ入ってたらしい。正直やり過ぎた。

 試合終了のホイッスルが鳴って、両チームが中央のラインに整列する。礼をして顔をあげると、相手チームの視線を感じたので、俺は逃げるようにピッチの外に出た。俺の後ろには青山が付いてきていた。


「太郎! お前最高だよ、誰かのプレーに見惚れるなんて経験これまでなかったけどさ、あの六人抜きのゴールは凄かったぜ!」

「……半分以上素人なんだから大したことじゃない」

「それにしても、簡単にできる芸当じゃないって。なあ、俺サッカー部なんだけどさ、よかったら入らないか? お前みたいな奴が入ってくれたら助かる」

「サッカーはもう辞めた。これからもやる気はない」

「なんだよ、それ。宝の持ち腐れだぞ。お前ならプロだって──」

「しつこい。どうしようと俺の勝手だろ」


 俺は振り返って青山を睨み付ける。その態度に気圧されたのか、青山は開こうとしていた口を閉じた。何か言いたかったのだろうか。その後、ブツブツと小さな声で何か呟いていた。


「……お、お前がどう言おうと、俺は諦めないからな」

「何か言ったか?」

「なんでもない!」


 そんなやり取りをしていると、他のチームの試合が始まった。俺は少し離れたところでそれを眺めることにした。ほとんどが素人で構成されたチーム同士の試合など、見るに堪えないものなのだが。

 グラウンドの匂い。ボールを蹴り出す音。選手たちの掛け声──。

 この空間は、俺の閉じ込めた記憶を嫌でも引きずりだしてくる。俺は過去の栄光などすべて捨てた。あの時から──、独りで生きていくと決めたんだ。


 そういえばあの日も、今日と同じような曇り空だったっけ……。


◇◇◇


「俺は、天才だ」


 それが、そいつの口癖だった。こんな傲岸不遜な人間がいてもいいのだろうか、と思ってしまう。嘲ってくれて構わない。しかしながら、その当時は本当にそう思っていたし、それを周囲も認めていたのだ。

 そいつの名前は──三条翼。サッカーしか取り柄のない、ただの馬鹿である。


 小学生の頃、親に勧められたのがきっかけで、サッカーを始めた。それだけの理由。だが、そこから、みるみるうちに実力を付けていき、チームでは背番号『10』を背負うようになった。

 中学に上がるころには、地元ではちょっとした有名人になっていた。「三条っていうめちゃくちゃ上手い奴がいるらしいぜ」と、噂されるくらいには。そのままプロチームの傘下であるユースに入り、実力を磨いた。そこでも、俺は一番上手かった。この頃から「将来はJリーガーだね」なんて周囲からは囁かれていたっけ。両親も自慢の息子だなんて思っていたに違いない。

 持て囃されるだけ持て囃された俺は、そりゃあもう天狗だった。無限に嘘をつき続けたピノキオくらい、天高々鼻を伸ばしていたと思う。馬鹿だからな。


 しかし、程なくして、俺は人生において初めての挫折を味わった。

 才能に胡坐をかいて独りよがりな個人プレーばかりしていた俺は、いつの間にかチームでの居場所を失っていたのだった。

 もともと社交性に乏しい俺は、チームメイトからの信頼などゼロに等しかったのだが、ある日を境にして、それが浮き彫りとなってしまった。

 

 それはとある試合でのことだった。いつものようにフォワードとして試合に出場したのだが、なにか様子がおかしいことに気付く。俺が声をあげても、ボールが回ってこないのだ。絶好のチャンスが幾度となく巡ってきても、チームメイトは頑なにボールを渡そうとしない。ついに、その日はボールに触れることすらなく、途中交代させられてしまった。

 俺はベンチへ引き上げてからは、試合を見ることもせず、空をぼうっと眺めていた。どんよりとした重苦しい塊が、ゆっくりと流れていく。何かを考えることすら億劫だった。


 完全なる孤立。俺はそこで気付いた。いくら個人が突出した力を持っていようが、それを活かす機会が与えられなければ無意味であることに。羨望、嫉妬、嫌悪──どんな感情が彼らに渦巻いていたのかはわからない。その負の感情は、形となって俺に襲い掛かってきたのだった。

 

「このままでは、お前に未来はない」


 試合の後に、そんなことを監督に言われた。意味が分からなかった。その後も、俺は満足にプレーすることすら叶わずに、スタメンからも外された。そんな状態が、しばらく続いた。

 その時の俺を支配していた感情は、周囲の人間に対する激しい怒りだった。


 俺の力を認めないで廃絶する、そんな集団には用はない。もう我慢の限界だ。そう考えた俺は、そのユースチームに三下り半を叩き付け、その場を去ることにした。それが、中二の夏のこと。


 屈辱だった。これまで、誰しもが俺のことを認め、その技術を称賛してきた。それなのにあいつらは俺を裏切ったんだ。俺は必要な存在じゃなかったのか。あれだけ持ち上げていたのに、今度は地に叩き落すのか。

 その当時の愚かな俺は、結果さえ出せばいいと単純に考えていた。その結果を導き出す過程など関係ない。チームメイトは所詮、俺を引き立てる存在でしかないのだと。俺が輝けるならば、その舞台はどこだっていい──。


 ユースでの出来事は、俺に確かな衝撃を与えた。だが、サッカーを辞めようと決意させるまでには至らなかった。なぜなら、その時はまだ自らの才能を信じていたからだ。俺は自分が一番だと信じてやまなかった。

 居場所を失ったチームを去った後、俺は通っている中学のサッカー部に入ることにした。入部を表明した時、部長が見せた驚きと期待が入り混じった表情は、今でも覚えている。

 その期待に、俺は十二分に応えた。元々弱いチームではなかったが、俺が入ったことにより地元では敵なしとなった。数年ぶりに出場した県大会では、四強に食い込む健闘。上々の結果である。俺の実力は、どこだって通用する。一度折られた自尊心を回復するにはそれで十分だった。

 そうして俺はまた、新たな場所で『王様』に返り咲くことができた。


 そう──『裸の王様』に。


◇◇◇ 

 鳴り響くホイッスルの音が強引に俺を現実に引き戻した。どうやら目の前で繰り広げられていた試合が終了したらしい。俺はというと、昔のことを思い出して感傷に浸っていた。いい思い出など一つもなかったが、あの頃を振り返って、少しだけ懐かしい気持ちになった。

 広いグラウンドの片隅で独り佇んでいると、自らの存在の矮小さが一段と身に染みる。あれほど傲岸不遜で自信過剰だった自分はもういない。時間だけは地続きであるものの、三条翼という存在は一度死んでいるのだ。そして、いまこの瞬間まで、ついぞ息を吹き返すことはなかった。俺は、死んだまま鼓動を刻んでいる。


「太郎、早く来いよ!」


 鉛のように重い身体を引きずりながら、俺はその声の方へと歩き出した。


 俺は──変わりたいのだろうか。全ての過去を清算して、生まれ変わることができるのだろうか。今はまだ、わからない。

 あの頃の自分は死んだ。あとは、これからどうしていくか。踏み出したこの一歩は──確かな自分の意思。

 海の底で沈んだまま、光のない場所で漂うだけの生き方。それも、また捨てがたいものである。相克する感情が渦を巻いて俺を悩ませる。明確な答えは、当分出せそうにもない。


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