低気圧
お読みいただきありがとうございます
ものすごく甘いと思います
歯痛にご注意ください
「陛下の機嫌が悪いって?」
「陛下付きの侍女のケイちゃんがそう言っていた。おかしくない?」
「おかしいよね?」
「おかしいよ。絶対。」
あちらこちらで下働きの者たちが、噂している。
城内の者たちは二人がじゃれあっているのを度々目撃していて、傍から見ていて『早くくっつけこのやろう』と思っていたものも少なくない。
皇帝の身近な者たちは、沙耶がこの世界に来てから、皇帝の苛烈さが和らいでいるのを肌身で知っていた。
彼女が来る前は、ゼロか完全かの二択しかなかった。
皇帝を前にして『善処いたしましたが力及ばず』などと言い訳しようものなら『能力がないなら今のポジションは苦痛だな』と左遷・処断されることになっていた。
厳しいのは同じだが、『前進のあと』が考慮され『猶予』を与えられるようになっただけでも大きい。
つまり・・・『ルイーズの女神』との婚姻が決まったことを国内に発布して、ウキウキの春爛漫はずの皇帝陛下は、冬の吹雪が生暖かく感じるくらい極寒の冷気を漂わせているのだ。
陛下付きの侍女・侍従は空襲警報発令で、神経を研ぎ澄ませてお仕事をしているということなのだ。
「何で私が?」
「お願いします。」
リガードが沙耶をティルルの執務室に案内する。
「仕事の邪魔になると思うのだけど?」
「・・・お仕事を詰めすぎでお疲れ気味なので、気分転換をおすすめして頂きたい。」
「それはいいけど。」
「失礼します。サヤ様がお見えです。」
部屋に入ると執政官の一人が青い顔をしてティルルの前に立っている。
ティルルは眉間に皺が寄っている。
(なんか、気まずいところに入ってきた?)
眉間の皺が伸びて、口元が緩むと、部屋の中にほっとした空気が流れる。
「執務室に来るのは初めてだな。何か用なのか?」
手で執政官に下がれと合図をする。
「え~と、休憩?」
リガードに目で聞くと頷く。
侍従がティーセットのワゴンを持って入ってくる。
「ここでお茶など飲んだことはないが、サヤが入れるのか?」
行きがかり上、いいえとは言えないので
「うまくは入れられないかもしれませんが。」
と断りを入れる。
「そうか。ではせっかくだからもらおうか。」
(緊張する。紅茶の淹れ方でいいのかな?確か人数分とポットのための一杯。カップを温めて・・・こっちのポットは《温度維持の呪文》が付けられているから熱いままだね。・・・このぐらいの温度でいいのかな?)
流れるような作業で淹れるというわけにはいかないので、多少時間がかかる。たどたどしい仕草は本来ならティルルのいらいらを誘うのだが、肘をついてサヤを見ているティルルの顔は穏やかになってきている。
平気な顔で部屋にいれたアーカネとリガードが目配せして、部屋の外にでる。
「そう見られていると緊張するんですけど。」
「意外に手が小さいのだな。」
手元を見てティルルが言う。
「手の大きさはこっちに来て外見が変わっても、変わらなかったみたい。昔鍵盤楽器を習ったことがあったけど、手をめっいっぱい広げるから指がつったことがある。」
「弾けるのか?」
「挫折しました。」
「爪も小さいな。」
前の戦神子の長く伸びた凶器にも見えた爪と違って、小さくて桜色をしている。
「子供みたいだから、見ないで。」
そう言うと空いている片手を後ろに隠す。
「爪が薄くて伸びるとすぐ割れちゃうの。はい、入りました。リガードもアーカネも一緒に、あれ?」
彼らの分も茶葉を入れたのに部屋には二人の姿がない。
「どうしよう。苦くなっちゃう。」
「二杯づつ飲めばいいだろう。」
そう言うと沙耶の手を取る。
「冷たいな。」
『白亜宮』での手は暖かかったのに。
「ティルル、お茶飲まないと冷めてしまうよ。」
片手を取られてナデナデされるなどと、キャバクラでお勤めでもしなければされないことをされて、身をよじる。
片手を取られたままなので、カチャカチャ音を立てつつカップをティルルの前に置く。
片方の手はカップに伸びたが、片方の手は以前沙耶の手を握ったままだ。
「うん。上出来だ。」
「そう?よかった。」
沙耶も片手で持ち上げて飲む。
香りが綺麗に立っている。
少し苦いが、これは時間が少し長かったためだろう。
「ちょっと苦くなっちゃった。」
「そうだな。だが、うまいよ。」
「ありがとう。」
「サヤ。」
「?」
「マエール国教会から書簡が届いた。婚儀に異議はないが三年の間は許可できないというものだった。」
「三年?」
「奈落がきな臭くなっている。“ポロロッカ”の気配があることは話したな?婚姻して、子供を身ごもっている時に侵攻が起きたら、戦神子の戦力がダウンすると言ってきている。」
結婚したら、まあそうなるか・・・
「俺も結婚したあと三年間、サヤに手を出さないという自信はない。だが、何でよりによって“ポロロッカ”など。」
まだ起きていないことで、沙耶との婚儀に待ったをかけられ、まだ起きていないことでサヤの身を案じる。起きていないことなので、何の対処もできず、また誰に非があるのでもないことなので、つい機嫌が悪くなっているのだ。
「ティルル?」
そんなに待ち望んでくれているというのは嬉しい。
沙耶にもその気持ちはある。そのつもりになっていたのでなおさらだ。
だが、見ようによっては恋愛期間と割り切って考えることができるのも、異世界から来ているが故だ。
「なんだ?」
「あのさあ、男が八つ当たりっているのはカッコよくないと思うよ。」
「イライラしているとは思うが、八つ当たりはしていない。」
「皇帝陛下がイライラしているというだけで、充分八つ当たりだよ。その時はその時。あれから結構私も強くなっているから、ティルルと帝国くらい守ってあげるよ。」
冗談めかして言ってふんぞり返る。
「その時はその時か。だが、準備はしておかないとな。出来れば早く来てくれれば早く結婚できる。」
次章は最終章となります
『奈落侵攻編』です
ちょっと最近仕事が入ることが多く、ストックがなくなりました。
最終章なのである程度先行書きしてから投稿いたしますので少しあいだをあけます。
そんなにお待たせしないので、見捨てないで完走までお付き合いお願いいたします。
ところでやっぱりハッピーエンドがいいですよね?




