生贄の神子 中編
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沙耶の考え通りに、バール本人ではなかった。ただし沙耶にはメドーの戦神子イサイ=ミコト=ブロウンがマッシュールの戦神子に変身していたということはわからなかった。
メールはきっと見てもらっている。こちらに向かってきてくれているはずだ。
自分は時間稼ぎをしておくべきだ。
「師匠は何故、私がこちらからあちらに送り返すことができると考えているのですか?」
「あ?ああ、メールや情報のやり取りができるのならば、その信号に乗せて人を送れると考えてもおかしくないだろう。」
「情報は得られても、情報の発信はできないですよ。」
「情報の閲覧を請求する行為は発信だろう。」
「う~ん。情報のやり取りをしているという気はしないんですよ。」
「じゃ、なんだって言うのだ。」
「引き出された情報の海から、引っ張ってくるだけ?」
小首をかしげて言う。
「そんなことはない!そんなことはないはずだ。お前は帰せるはずだ。」
ちょっとこの人思い込み激しすぎ。というか
「そんなに帰りたいのですか?」
「当たり前だ。この世界は俺たちを、生贄にして存続しているのだ。戦神子と奉られていい気になるな。呪紋持ちを作るために、種馬扱い。戦闘には駆り出す。使い捨ての消耗品だ。」
「あなたも戦神子なんですね。メドー公国とエステリオ王国の戦神子のどちらですか?」
「何をいうのだ。わしはマッシュールの」
「いや、それはありませんから。」
師匠と思っていた男は、下を向く。
「そうか。馬鹿だと思っていたが、見くびっていたか。」
声も違う。明らかに高くなってきている。体も縮んでくる。
ちょっと・・・縮みすぎ?
サヤより少し高いくらい。師匠のシルバーのふさふさな頭髪は、痛々しいすだれに。目は一重で細いので糸目のようだ。体はコニボスのように細い。骨皮筋男。
(苦労しているんだな。)
と同情を買いそうなくらい貧相になってしまっている。
(確か『3元竜マジ・ダハーカ』と『冷徹な宣告者』だったかな。ない。どっちもない。誰この人。)
「あの~どちらの方ですか?」
沙耶の言葉に男の顔に血の気が上がる。沙耶のように桜色で可愛らしくでは決してない。
どす黒く染まった顔は、怒気を含んだものだ。
「お前も俺が、戦神子には不似合いだというのか?そうだな。ほかの国の戦神子は見栄えのいいやつが多いからな。」
「そういうわけではありません。」
「じゃあ、この顔ではどうだ。」
顔がぐにゃりと歪んむと、体もあわせて歪む。
「ルルス!」
沙耶の目の前には、ルルスの甘い顔がある。
「これなら満足か?」
「変身できるのですか?」
「この姿が本当の私だ。」
元に戻って言う。
「待受の・・・」
やつれてはいるが、待受の画面の男は今目の前にいる男だ。
「そうだ。エリザとフランツ。妻と息子だ。ささやかな普通の暮らしをしていたんだ。やさ・・・しくはないが、しっかりものの妻と元気な男の子。」
営業の成績が振るわず、給料も減らされ妻が息子を連れて出ていったなんてことはない。
「だから、帰りたいのですね。」
「死ぬのはごめんだ。」
「死ぬ?・・・キマイラとの戦闘ですか。でも私と違って二つ名が付くくらい強いのでしょう?」
「知らないんだな。・・・そうだ。お前は何も知らない。知れば帰りたくなる。教えてやろう。」
☆
「まだ、中に。」
カルガーイがティルルに囁く。
見咎められないように、かなり離れたところに上陸したがカルガーイには、サヤの匂いがわかる。ましてや麝香をつけているため、簡単だった。
陸上組はまだ到着していないようだ。小屋に近寄ろうとするティルルをアーカネが止める。
「ここは、アビス出身の俺たちの出番だな。」
「ウルドイア。人数の確認だ。」
「俺でもわかるぜ。」
「「外に5人。中に2人。」」
「中の一人がサヤ、そしてもう一人が例の不審人物だ。」
索敵はカルガーイに軍配が上がったようだ。
「馬がこっちに向かってきている。馬車だな。」
ジャードが大地に手をつけて報告する。
「馬車で逃げる気か?」
「サヤをどうする気なんだ。」
「懸想して連れて行くってことでは、なさそうだな。」
「軽口はやめろ。」
「真面目に言っているよ。まず馬車を停めて、外の奴に静かにしてもらおう。」
アーカネ、タウロス、エンデ、ウルドイア、ギイルが足音を立てずに前進する。
「自分の無力さが恨めしいぞ。」
ティルルはフィンにぼやく。
アーカネ達が小屋の近くまで来ると散開する。相手も動物混じりなら慎重にしないと気づかれる。馬車が到着する。予想通り人を乗せる馬車だ。
馬車から男が二人降りてくる。小屋の周りの者たちに比べて、身のこなしに隙がない。
「ウルガイア、馬を止めろ。」
ウルガイアが黙って離れていく。
麻酔薬で馬を眠らせて、足止めだ。
まずは小屋の裏手に回る。
こちらは、小物だ。
猫族のアーカネとギイルは警戒に当たる。
エンデとタウロスが忍び寄り、賊の喉を掴む。声がもれないようにだ。
だが、そうしなくても動物混じりの中でもトップクラスの握力を持つ彼らにかかれば、頭蓋骨でさえ、トマトのようにつぶせるのだ。
あと5人。
おびき出すか。
そこへ白い風が吹いた。
「シロだ。」
シロは後から来た二人を瞬殺する。前足で払ったのだ。受身も取れずに10メーターほどすっ飛ばされた。おかしな方に体が捻くれている。
小屋の前の残る3人は動けない。
アーカネとギイルは残る3人を始末した。一閃ずつ。あまりの切れ味に倒れてから、切り口から血が出てくる。キマイラ相手にする彼らには、やはり卵の殻のようなものだった。
「あの化け猫!気づかれたかもしれん。」




