城塞都市ダグル
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昨日までのウキウキ気分はなくなっている。
心なしが、皆の表情も硬い。
この城塞都市ダグルを過ぎれば、ラールヴェルの領内はすぐだ。
ダグルは国教会の保護を受ける自由都市の一つで、交易の仲介や中継地点、それと聖都マエールの守護の役割がある。
商人と傭兵が多くいる都市だ。
傭兵たちはおしなべて『宵越しの金はもたないぜ』スタンスのライフスタイルなので、居酒屋や娼館も立ち並び、大変賑やかな都市だ。
昨日のままの気分なら、皆それぞれの楽しみに走って言ってもおかしくはなかったが、そういう気分になれなさそうな雰囲気だった。
結局あの女は戻ってこなかった。
ウルガイアたちはけが人を連れては来なかった。
ジャードがクレイから受けた大地電話ではかなり危ない状態の人もいたはずなのに。
打ち上げていた照明と花火で人がいると知って、あの女性は助けを求めに来たらしい。
どういった人たちなのか、ウルガイアたちに聞いたが答えてはくれなかった。
聞いても私にはどうすることもできないと言う。
「だから、野営ではこちらの居所を知らせるようなもので危険だと言ったでしょう。」
アーカネに都市内以外の光関係の魔法を禁じられた。
「ラーヴェラルの戦神子様に泊まっていただくなんて、本当に栄誉なことです。」
ダグルの中では本陣に当たるのだろう、珍しく平屋ではない宿屋だ。
沙耶としては贅沢なと思える程の豪華な宿だ。
ラーヴェラル帝国の戦神子として、領土外にいるからには、体面を整えることは必要なのだ。
「早めにつきましたので、街に出てみますか?」
ユリルが、気分が落ち込んでいる沙耶に声をかける。
いつもならこういう時はシロがどこからともなくやってきて、沙耶の側にいるのだが、領土外には出てこない。
沙耶も行きたい気持ちはあるのだが、今ひとつ乗り気になれない。
「ん・・・」
グズグズしているうちに、宿の前がすごいことになって、出かける処ろの騒ぎではなくなってきた。
宿の主人が『ラールヴェルの新しい戦神子は、息をするのを忘れるほど、美しい。』と言って回ってしまったのだ。
落ち込み気味でおとなしくしていたので、残念美人の残念が取れた結果である。
ひと目見ようと宿の前に人が集まり声をあげている。
始め、誰か有名人でもいるの?とか人事に思っていたが、それが自分の名を呼んでいるとわかると、うろたえる。
「え、どうしよう。挨拶したほうがいいの?ほっといていいの?だっていっぱいいるよ?ようつべで見たツアー中のスターの宿泊ホテルの前の光景のようだよ。」
そこにアーカネが顔を出す。
「ちょっとそこから、顔を出して手を振ってください。人気取りも大切な仕事です。」
「え~。」
「え~ではありません。そうそう、一切喋らないこと。」
沙耶としては、人々にワーキャー当然言われたことはない。今も言われるほどのことはしていないと思っている。
戦神子=パンダというところだろうが、見られ慣れていない自分には、高いところからニッコリ笑って手を振る行為は、パレードで手を振ることより、きついものだと初めて知った。
「もういいでしょう。」
の言葉に下がった時には、ベッドに倒れこむほど消耗した。
あまりに落ち込んでいる沙耶を見て、ユリルと3人の侍女は強制的に街に連れ出すことにした。
レシュが幻惑をかけて、例によって目立たない一般人に外見を変える。
セリーンが俯瞰を使って、周りの警戒をする。クレイが万一の時にジャードに連絡する。
ユリルがなるべく私が挙動不審な挙動や発言をしないように手綱を閉める。
4人は頷いた。なんて完璧な布陣。
疲れたの、だるいだの言う沙耶に
「交易品がいっぱい集まっていますから、美味しいものもありますよ。」
「セエル侍女長にお土産を買いたいので一緒に来てください。」
などといって連れ出すことに成功した。
女だけで歩くには危ないところもあるが、表通りだけならそんな心配はない。
正規の店だけではなく、商隊のちょっとした小遣い稼ぎに簡易の露天も出ていて、冷やかしているうちに沙耶の顔も明るくなってくる。
そういったところは、女性特有のものだろう。女性は買い物をする時に、アドレナリンが出るし、代謝も活発になる。
沙耶のいた世界では一部で買い物ダイエットなる恐ろしいダイエット方法があったこともある。
4人はホッとする。
沙耶は基本的に自分ことは自分でするし、こちらが仕事でしたことについても、きちんと礼を言う。
動物混じりだからと蔑むことはせず、逆に固有能力をすごいと褒めてくれる。
感情も起伏が少ない方で当たられることなど皆無だ。
以前の戦神子も知っているだけに、沙耶の側にいるうちに好意を持つようになっていた。
それに、この神子は放っておけないのだ。
黙っていれば、『キマイラでさえ跪くほどの美しさ』なのに、コロコロ変わる表情とオヤジ臭い仕草がそれを台無しにする。
もう、沙耶と一緒に旅をしている者たちは、アーカネの言葉通り『美人であることを忘れている』が、その分愛すべき主人には確実になっているのだ。
落ち込んでいる姿は、神話の女神のように美しいが、彼女たちが好きな沙耶の姿はいつもの残念美人の沙耶だ。
大通りは城門からまっすぐ伸びている道だ。
城門の方で起きた騒ぎは、大通りにまで伝わってくる。
行き交う人がざわざわして城門のほうを注目し出す。
「何かしらね?」
「大きい隊商でも、着いたのではないですか?」
そのうちに道の真ん中が割れる。
その中を、兵士たちが馬に乗ってやってくる。
「警備隊ですね。街の外にパトロールに出ていたのでしょうか。」
「あ、あれは!」
兵士たちは、縄に繋がれた人たちを連れていたのだが、その中に昨日の女がいたのだ。
「重傷の人、いない。」
ポツリと言うクレイ。
そのまま、皆黙り込んで宿に帰る。
「アーカネ。今昨日の女の人が、この都市の兵士に捕まっていた。一体どういうことなの?私にはあの女が悪いことをしたとは思えない。」
「知らなくてもいいことです。」
「アーカネ!知らなくてもいいかどうかは私が決める。私にはこの世界を知る権利がある。」
アーカネは大きくため息を吐く。
そしてサヤに指を突きつける。
「この世界に生きていく覚悟ができているのか?」
「帰れないから、生きていくしかないでしょ。今言っているのは、そのことじゃな」
「その事なんだよ。この世界じゃ戦わなくては生きていけない。戦わないで人を救いたい?甘すぎる。戦神子なら手を汚してでも、民を守るべきだ。この世界を知りたいならまず覚悟を決めろ。」
「言っておくけど、私がこの世界に来たいと言って飛び込んだわけではないのよ!」
誰かに腕を触られたが、振りほどく。
「だが現実に、今はこの世界に生きている。客じゃない。」
「私が、腰掛けのようなつもりで居るというの?アーカネ、あなたはもう一年くらい私と一緒にいるのにそう思うの。」
「ああ、思う。」
「それは、あなたが・・・私を無能な戦神子と思っているからでしょう?」
涙が出そうだ、情けなくて、苛立たしくて、人前でなど泣くことなどないのに。
「今までよく言われたけど、それは親しみと励ましが言わせるものだと勘違いしていた。本心だったのね。」
そう言うと、部屋を飛び出した。
アーカネはいつも本質をついた事を言う。
なんだかんだと言いつつも、沙耶はアーカネを信頼していた。
今の言い合いも、アーカネでなければできないものだ。
そう、アーカネの言っていることは本当だ。
自分では何んにもできないくせに、首を突っ込むな。
毒を喰うなら皿までの覚悟が必要なのに、この世界と自分の間に距離を置いている。
沙耶はベッドの上にうつ伏せに身を投げ出す。
衣食住が確保できている異世界は、どこかゲームの中のように現実感が薄れてきていた。
現実なのは、スベルト島での死。
現実を見るのが怖くて、戦いたくないと逃げた。
ファっと髪に誰かが触る。そのまま髪を梳かれる。
「サヤ様。」
ユリルだ。
「私、サヤ様に嘘をついておりました。」
頭を少しずらして、ユリルを見る。
「私、動物混じりが嫌いです。」
「え?」
だって、三人とは・・・
ユリルが頷く。
「だって、私も役たたずなんです。」
「まさか。」
「純血種は、動物混じりのように固有能力はないのです。ましてや、私の実家は、下級貴族の出身。戦神子様の血が入っていないので、『呪紋』も使えません。」
「でもユリルは賢いし」
「お優しいですね。賢いだけなんて掃いて捨てるほどいるのです。現に働き口もなかったのですから。」
「・・・・」
「仕事は固有能力持ちの動物混じりが脇からどんどん持って行ってしまいます。ほとんどの純血種は動物混じりに対して劣等感を抱いています。」
「でも、この世界の元首たちは皆純血種だし、国教会も。」
「そう。歪んでいるのです。劣等感の裏返しが動物混じりに対する虐待につながるのです。この城塞都市ダグルは動物混じりへの差別が大きい都市です。」
なんとなくわかっていた。ユリルが、というのではなく、動物混じりを雑種と言う者がいると聞いた時から、支配者層が純血種に限られていると感じた時から。
それを、問いたださないで今まで来た沙耶に、アーカネは『覚悟がない』と言ったのだ。
「あの女たちは、この都市の貴族の持ち物です。」
「持ち物?」
「奴隷です。」
「貴族の元から逃げ出す時に怪我をして、あの場に居合わせた私たちに救いを求めたのです。ここは、帝国ではありません。国教会の庇護下にある都市です。戦神子といえど、介入することはできません。サヤ様の意思がどうであれ、私たちにできることは、昨日の夜くらいのものです。今関わると、逆に彼らの居場所を故意に黙っていたと思われます。この自由都市は、商隊の中継都市。帝国にも十分影響を与えられる都市です。」
「だから、私に黙っていたのね。ユリルは知っていたのね。」
「私は、矮小で卑怯な女です。サヤ様に黙っていたり、動物混じりを妬んでさえいるのに、親しいふりをしていたりして。」
本当に、親しいふりだったのだろうか?
「・・・わかった。ユリル。ありがとう。」
よいしょと身を起こす。
「教えてくれてありがとう。私が役に立たないのがよくわかった。」
「どこへ?」
泣くのをこらえているのか真っ赤な目をしたユリルが聞く。
「アーカネのところ。・・・ユリル、今は違うよね?今はみんなのこと好きだよね。」
「嫌いになれてたら、こんなに後ろめたい気分にはならないでしょう。」
「じゃあ、一緒に頑張ろう。役たたずって呼ばれないように。」
沙耶はユリルに笑ってみせた。
笑って見えるといいな。
「アーカネ。もう逃げない。」
「覚悟ができましたか?」
「この世界で生きていく。そして私は動物混じりの立場になると宣言する。」
「どういうことです?」
「ラールヴェル帝国がどのような立場でティルルが動物混じりをどのように扱っているかは関係ない。私に保護を求めてきた動物混じりは、必ず保護します。そのための力を私は持つことにします。」
「・・・いいでしょう。シオの時から予想はついていました。覚悟ができたようですね。帝国は動物混じりの力を積極的に活用する方針を陛下は出されています。陛下と戦神子が対立することはありません。」
ティルルが迫害をする立場に立っていないことを知って沙耶はホッとする。
ティルルに弱いものいじめは似合わない




