異世界に召喚
こんな辺境の土地にようこそおいですださいました。
うさぎをおいかけて 穴に落ち 不思議の国に行ったのは アリス
猫をおいかけて けつまずいて 異世界にいったのは 私
汗が流れる音も聞こえるような張り詰めたものがその部屋には、充満している。
そのプレッシャーの原因は、部屋の主だ。
「よかろう」
その硬質的な声で空気が少し緩まる。
「上出来だ。継続したまえ。」
「はっ。では失礼いたします。」
ほっと吐く息を押し殺して訪ねた者が部屋を辞す。
「そろそろお時間です。」
そばに控えていた男が声をかける。
部屋の主は椅子から立ち上がる。
「クズがまた来るのか。」
その顔に冷笑が浮かぶ。
男は伴として一人だけ連れて塔の最上階へ入る。部屋にいた者たちが深々と礼をする。
「まもなく降臨なされるでしょう。」
「今度は少しましなのが来るのだろうな。」
「お力のあるものしか渡れませんので間違いなく。」
祭司長が答える。
「力さえあればいいのか?」
部屋の中央にぽつんとシミのような穴があく。それがどんどん大きくなっていく。
祭司たちの詠唱がそれにつけて大きくなっていく。
それをつまらぬそうに見ている皇帝の前に2mくらいの黒い球体になる。
何かが生まれようとするようにドロドロと中で対流している。
黒い球体は糸がほどけるように中身を晒す。
なかには異国の服を着た女が自らを抱え込むよう姿で現れる。
祭司長の声が大きく響く。
「戦神子の降臨であらせられます。殿下、ご契約を。」
「契約に値すればな。」
「なんと!契約せねば、キマイラが生じるのをとめられません。」
「すぐにどうこうなるならもうなっているだろう。出たら処分すればよいこと。」
そう言うと後ろに従ってきた者に
「預ける。」
というと部屋を出て行く。
「このまま死んでしまうのではないか?」
リカードは医師に聞く。
「戦神子としてこちらの世界に順応している最中なので、亡くなってしまわれることはないと思われますが・・・。契約なされていれば普通はこのように苦しまれることはないはずです。」
リカードは罪悪感と共に寝台に縛り付け、猿轡をかまされている異国の女を見る。
そうでもしないと痛みの中で自分自身を傷つけてしまいかねないからだ。
まだ、罪を犯していないこの女にこの苦しみは理不尽すぎる。
女の体の輪郭がぼやけてくる。
「変質が始まりましたな。これで落ち着かれるでしょう。」
目を開ける。
手足とあごに少し違和感を覚えるだけで痛くはない。体の力を抜いて息をはく。
人の声がする。そちらへ顔を動かす。
視界に人が映る。
ひと?
人と言っていいのだろうか?
ちょっと見ると人なのだが、顎にかけて爬虫類のようなうろこがある。
そして瞳はやはり爬虫類の目だ。
夢か・・・ 夢だな。
喋っているコトバがわからない。
沙耶はわからないと首を振る。
すると、今度は人間の見た目のナイスミドルなオジ様が腕をとって何かをした。
また意識がはっきりしなくなる。
女は変化した。
「これは美しく羽化しましたな」
医師が言う。
リカードはうなづいた。
運び込まれたときはありふれた女が、黒く短かった髪は腰までほどに伸び、いまはそこにいるだけでも存在感がある少女に変わっている。
まつげが動き、目があく。
「気づかれましたか?
体はまだ思うように動かないですが、もう落ち着くでしょう。」
少女は首を振る。
顔には理解の色はない。
リカードは少女の二の腕をとると《呪紋》を施す。
少女の瞳がまた閉じられる。
「これだけ変われば、消耗が激しいでしょう。しばしの安静を進言いたします。・・・しかし何故《ことはの呪紋》を?」
「この方はまだ殿下と契約をなさっていない。体調をよく見ておいてくれ。」
「何故契約をなされないのですか?」
「あの方は戦神子を憎んでおられる」