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(5)

 ガルシアはボストンバッグから杭と金槌を取り出した。

「さあ、死んでもらおうか」

 レイはそれでもまったく怯んだようすはない。射抜くような眼差しをガルシアに向けながら薄く笑みを浮かべた。

 俺は巻き付いてくる蔦を切ろうともがいた。だが、身体に食い込んだ蔦はびくともしない。だが、レイはまったく身体に力を入れる様子がない。こんな状態でも本気になれば彼なら引きちぎることは可能なはずなんだが。


「ずいぶん大人しいじゃねえか。もう若くはねえってか?」

 ガルシアが鼻歌を歌いながらレイの前に立った時、何かが素早く視界を横切り、奴の背中に体当たりした。

「ぎゃああっ!」

 崩れ落ちるガルシアを前にして、震えているのはセシルだった。そして倒れた男の背中に刺さっているのは俺のサバイバルナイフ。

「お前よりはずっと若いつもりだよ」

 レイは身体に食い込んだ蔦を瞬時に引き千切った。生木が裂けるバリバリという音が響き渡る。

 レイはガルシアの首根っこを掴むと顔の位置まで持ち上げてそのまま喉元に噛み付いた。そしてうめき声を上げていた獲物が動かなくなると、ゴミのように放り出した。

 口の周りについた血を美味そうに舐めているレイから本来の凶暴なヴァンパイアの匂いが漂っている。その光景がよほどショックだったのだろう。セシルはその場にへたりこんでしまった。

「やっぱり本物の血は格別だな。デビィ、お前もどうだ?」

「ああ、もらっとくか」

 セシルは黙ってガルシアの死体を見ている。

「この人、どうして? 僕をつけてたの?」

「さあな」

 どんな方法で、こいつがつけてきたのか判らない。少なくともトラックの後ろにあの車は見えなかった。

 いつの間にか身体の痺れは消え、蔦も柔らかくなっていた。引き抜くと血が噴き出して来る。久々の食人衝動が身体の内側から沸きあがってくる。俺は男の背中からサバイバルナイフを引き抜くと仰向けにし、一気に腹を引き裂いて、暖かい湯気の立つ内臓を取り出し、齧り付いた。

 セシルは悲鳴を上げ、気を失ってしまった。


「レイ、お前、セシルの行動が見えてたのか」

「ああ、お前のバックパックを開けてナイフを取り出すのが見えた。だから無駄な力を使わなかったんだ。セシルが刺してくれたおかげで蔦の力が緩んだしね」

 レイはズタズタになった服のまま、ミネラルウオーターのキャップを捻った。

「なあ、セシルはハンターがついて来ることを知ってたのかな」

「それはないと思う。でも彼の位置がハンターに判っていたことは確かだ」

「そうか。だから違う森に入ったのか」

「まあね。念のためと思ったんだが予想通りだった」

「しかし恐ろしい奴だったな。毒蔦の毒まで強化するとは」

「そうだったか? 毒なんて何も感じなかったけどな」

 くそ、なんか悔しい。


 レイは立ち上がり、ハンターのバッグを開けて鉈を取り出した。

「デビィ、セシルを起こしてくれ」

 セシルを揺り起こすと、レイは彼に優しく微笑みかけた。

「大丈夫か? セシル」

「え、ああ、大丈夫です」

 上半身を起こしたセシルはレイの顔を見てほっとしたように微笑んだ。

「右手を見せてもらえるかな?」

「いいですよ」

 セシルは躊躇うことなくレイのほうに腕を伸ばした。その手首を左手で掴み、レイは腕に耳を当てる。

「なるほど。やっぱりそうか。セシル、目を瞑っててくれないか」

「はい」

 セシルが目を瞑った瞬間、レイは右手に持っていた鉈を振り上げて彼の前腕を素早く切り落とした。


 物凄い悲鳴と共にまたセシルが気を失った。

「レイ、なんてことするんだ!」

 レイは俺のナイフで彼の前腕を引き裂いて見せた。

 覗いてみて驚いた。そこには小さな箱のようなものと底から伸びた配線がびっしりと腕の筋肉に絡まっている。

「恐らく、近付いてくるヴァンパイアを感知する装置だ。仲間を認めるとヴァンパイアの血の成分に変化が起きると聞いたことがある。これはそれを利用したものだろう。セシルは夕べ、寝ている間にこれを埋め込まれたんだろう」

「別のヴァンパイアを見つける探知機ってわけか」

「そう。そして……」

 レイはハンターの携帯を取り出した。

「その情報はこれに送信される」

 開いた画面には地図上に記された二つの点。セシルとレイだ。

「セシルには気の毒だがこうするしかなかった。それに腕を素直に差し出したのは彼がこのことをまったく知らなかった証拠でもあるしね」

 レイはナイフで装置を取り出し、携帯と共に踏み潰した。


 やがてセシルは目を覚ました。腕の傷は既に再生が始まっている。怯える彼に一通りの説明を終えると、レイは彼に長袖の上着を着せた。

「そうだったんですね。全然知らなかった。ありがとうございます」

「その腕は完全に再生するまでは数日かかるけれど、元通りになるから心配ないよ」

「悪かったな、セシル。こいつ、こういうこと平気でするから」

「いえ、判ってたら却って恐かったでしょうからこれでよかったです。それに……」

 セシルは自分の切り取られた腕を見つめながら呟いた。

「僕の過去も一緒に捨てることが出来ましたから」


 腕は穴を掘って埋めてしまい、ハンターの死体はそのままで、着替えを済ませると俺達は来た道を戻り、道路へ出ると再びヒッチハイクをした。

 別のトラックの荷台に乗せてもらい、本来の森の入り口につくと、今度は少し急ぎ足で森の奥へ向かった。複雑な道を進んで二時間も過ぎた頃だろうか、いきなり森が開けてレンガ色の屋根の家が立ち並ぶ村が姿を現した。

 ゆっくりと村へ入っていくと前方に人影が見えた。

 恰幅のいい初老の男性がにこにこしながら、こちらを見ている。

「ようこそ、我がホープ・ビレッジへ。私が村長のレパードです。レイさんとデビィさんですね。ミーナから連絡はもらっていますよ。ええっと、そちらの方は?」

「彼はセシルです。この村に彼を住ませていただきたいんです」

 セシルは驚いた顔でレイを見た。ここへ来るまで、この村のことはいっさい話してはいなかったから。

「そうですか。まあ、とにかく家にいらっしゃってください」

「ありがとうございます。事情は後でお話します」

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