(3)
翌朝、身支度を済ませホテルを出たのは七時ごろだった。眠い目を擦りながらレイの後を追う。彼は歩きながらミーナに貰った地図を開いていた。
「ここからはそう遠くないな。午後の早いうちに着けばいいが」
「なあ、腹が減っちまった」
「じゃあ、朝食を済ませてから行こうか」
路地を曲がった時、道の片隅、ゴミバケツの横に蹲る人影が見えた。オレンジ色の少し癖のある髪の青年が膝を抱え、身体を震わせている。
「レイ、あいつヴァンパイアだな」
「判ってるよ」
青年は仕立てのいい青いポロシャツに茶色のスラックス姿で右腕には腕輪のように赤い点がぐるりと残っているのが見える。消えないのは長いこと何かを装着されていた為なのかもしれない。
「彼はペットだな、たぶん」
レイは彼の前まで歩み寄るとそこで立ち止まった。
「おい、レイ! 関わるな。面倒なことに……」
「君、何があったんだ? よかったら聞かせてくれないか」
俺の忠告も聞かず、青年にレイは声をかけてしまった。くそ、こうなったら仕方がない。青年は顔を上げて怯えた薄茶色の瞳でレイを見ると仲間だと判ったのだろう。少しだけほっとした顔を見せたが、その目は泣き腫らしたように真っ赤だった。
「俺達はこれから朝食を食べに行くんだけど、一緒に来ないか?」
レイは何の躊躇いもなく男に手を伸ばす。そしておずおずと差し出された手を掴んで、男を立ち上がらせた。
早朝のカフェはこれから出勤する人々で結構賑わっている。レイは外のテーブルを確保すると青年に何を食べるか尋ねたが、何も答えないのでホットドックとマッシュポテトとコーヒーを二人前頼んだ。俺はもちろんチーズバーガーだ。
まもなくウェイトレスが料理を運んできた。青年はしばらくじっとホットドッグを眺めていたが、よほど腹が減っていたのだろう。やがて貪るようにがつがつと食べ始めた。レイは彼の為にハンバーガーを二つ追加注文した。
熱いコーヒーを啜り、一息つくと青年はやっと口を開く。
「あの……ありがとう。僕の名前はセシル。え、ええと」
「俺はデビィ、こいつはレイだ。よろしく」
「よ、よろしく」
セシルはコーヒーカップに視線を向け、ふっと軽く溜息をつく。
「僕、捨てられたんです。もう、飽きたって、ご主人様が」
「飼われていたってことか」
俺の言葉に彼はこくりと頷く。だが自分の置かれていた立場に初めて気付いたように唇を噛む。
「ああ、ごめんよ、俺、デリカシーなくって」
「いいんです。本当のことですから。子供の頃、十歳の時に僕の家族はハンターに捕まって、両親は殺されました。僕はオークションにかけられて、買ってくれたのがメルヴィンさんでした。僕はご主人様の家で覚醒してヴァンパイアになったけれど、いつも輸血用の血を貰っていたんで飢えたことはありませんでした」
セシルはそこで言葉をとぎらせてコーヒーを啜り、再び口を開いた。
「僕が彼のものになったのは十四歳の時です。最初は気持ち悪くて、痛くて、嫌でしょうがなかったけれど、そのうち慣れました。何よりもご主人様は僕にはとても優しかったんです。つい先日までは」
セシルの目が潤み、涙が頬を伝った。
「新しい子が来たんです。僕はもう成長しすぎたからいらないって」
「だから、荷物も持たせず放り出したってわけか。酷い話だな」
「荷物を持たせなかったのは殺させるつもりだったから。そうだろう? セシル」
セシルははっとした顔でレイを見た。
「昨日、レストランの窓からハンターと一緒に乗ってる君を見たんだ。いや、君の匂いを嗅いだというべきかな」
ああ、そうか。そういえば同じかもしれない。
「そうだったんですね。ご主人様は僕を別の家に連れて行くって行ってたんだけど、途中で車を降ろされて。そこで初めてあの男がハンターだって気がついたんです。確かに血の匂いはしたけれど、僕はハンターに会ったのは初めてだったから。あの男、僕に銃を向けて殺すように頼まれたって。僕、信じられませんでした。でもご主人様がそう決めたなら仕方ないって、そう思ったんだけど……。でも、ハンターは僕を殺さなかったんです。それどころかホテルに僕を連れてってくれて食事もさせてくれました。あんまり気の毒だから見逃してやるって。仲間を見つけて一緒に暮らせばいい。そういうコミュニティがあるはずだからって」
「ハンターが? 信じられねえな」
「そいつ、どんな奴だった? セシル」
「ええっと、濃いブラウンの縮れた髪を短く切ってて、あと黒い鋭い目。若くはなかった。ヒスパニック系かな」
セシルはふわりとしたオレンジ色の髪をかきあげながら答えた。よく見るとちょっと女性的でなかなか可愛い顔をしている。
「ふうん」
レイは宙を見つめて考え込んでいる。
「で、食事を終えたら物凄く眠くなって気がついたら道に寝てました。何だか凄く恐くて、心細くて、だからあなた達に会えて本当によかったです。ありがとうございました」
「これからどうするつもり?」
「ええ、まだ何も考えてなくて」
「おい、レイ。ちょっと来いよ」
俺は席を離れ、セシルに話が聞こえないところまで歩いていった。
「どうするつもりだ? あいつ。まさか」
「連れて行くよ」
「あの村へか?」
「ああ、何か問題があるか?」
レイがあまりにもしれっと答えたので、俺は一瞬言葉を失った。
「レイ、お前は頭がいいんだし、セシルの話がおかしいと思ってんだろう? 連れて行くのはよせ」
「どうして。彼は嘘はついてないよ」
「レイ、お前!」
「大丈夫だよ、デビィ。心配ないよ」
レイは自信ありげな笑みを浮かべた。こうなったらもう彼の考えを覆すことは無理だ。心配ない、か。何だか不安だが、そう考えることにしよう。