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(2)

翌日、レイはバーバラに、俺は店長に連絡を入れて休みを取り、久しぶりにバックパックに荷物を詰めた。レイは相変わらず絹のパジャマを持参するつもりらしい。

「おい、なんでそうパジャマに拘るんだよ」

「仕方ないだろう。これに着替えて寝ないとリラックス出来ないんだ。っていうか、お前こそなんで嬉しそうなんだ?」

「久しぶりの外の世界だぜ? いい女が見つかるかもしれねえじゃねえか」

「まあ、お前が女と過ごすのは一向に構わないけど、そんなに遠い所に行くわけじゃないから機会は無いと思うよ、デビィ。終わったらすぐに帰ってくるんだから」

 そうだな。以前と違うのは帰ってくる場所があることだ。

 レイは髪を薄いブラウンに染めている。だが、自分の姿が気に入らないのか、鏡を見て溜息をついた。

「どうしたんだ」

「新しいヘアカラーの色合いが今ひとつ気に入らないんだ」

「そんなに悪くねえと思うけどな。あ、そうだ。思い切って毛先をカールさせてみたらどうだ」

「ああ、それはいいかもしれない。でもカーラーがないな」

 いや、ほんとにやる気なのかよ!


 出発の準備を整え、午後に部屋を後にした。初夏の街には気持ちのいい風が吹き渡り、晴れ渡った空には雲ひとつない。俺はグリーンのTシャツにジーンズ。レイはベージュの綿シャツに薄茶のジーンズ。髪の色とあわせているのだろう。

 街外れにあるバス停には俺達の他に乗客は居なかった。やってきたバスに乗り込み、ぼんやりと外を眺める。レイはといえば、ミステリのペーパーバックを読みふけっていて、声をかけても上の空だ。そういえばこのバスに乗ったのは二度目だな。一度目はこの街にやって来た時だ。あの時はまさか、こんなにも長くここに住むことになるなんて夢にも思っていなかった。

「そういえば、ダニエルはどうしてるかな?」

 レイが本を閉じて話しかけて来た。

「ああ、新しい映画の撮影に入ったって、この間テレビで言ってたぞ」

「そうか。じゃあ、しばらくは安心だな」

 この間の事件以来、レイの血をもらえないかという電話が何度か入ってきた。まったく国民的スターともあろうものが何を考えているのか。

「まあ、たぶん、それだけお前の血の味がよかったんだろうな」

「味がどうであれ、二度と血をやる気はないけどな。しかし彼は大変だな。仲間を増やしてしまうタイプのヴァンパイアだから」

「だからこそ、キロプテルの一族は滅ぼされたんだろう?」

「まあ、そうなんだけど、本当は彼らにだって罪があるわけじゃない。そういう種族に生まれてしまっただけのことだ」

「……そうだな」

 バスはまっすぐに伸びた道路を走り抜けていく。まだ陽は高い。

あと数時間で目的の街に着く。そこで、今夜は一晩宿を取ることになる。暇だな。

 俺はいつの間にか目を瞑っていた。


「おい、起きろ、デビィ。着いたぞ」

 レイに起こされて気がつくとバスはちょうど停車したところだった。

 バスを降りると、あたりはすっかり暗くなっていた。ここから先は運行がないので、ヒッチハイクか徒歩で行くしかない。

 走り去るバスを見送り、当てもなく見知らぬ街を歩き出す。

「とりあえずは腹ごしらえだな。後は宿を探そう」

「そうだね」

 レイは空に浮かぶ三日月を眺めながら、少し顔を顰める。

「嫌な匂いがするな」

 確かに、これは久々に嗅ぐ匂いだ。

「そんなに近くではないな。今のところは大丈夫だろう」

 血の混じったハンターの匂い。いつ嗅いでもいいもんじゃない。

 レイに貰った時計で時間を確かめる。まだ七時だ。人通りも少なくはない。

「とにかく、何か食おうぜ、レイ。腹が減っちまったよ」


 店内の明るさに誘われるように、レストランに入り、窓際の席に陣取るとフライドチキンとチーズバーガーとチリビーンズを頼んだ。

 ウエイトレスはなかなか可愛い子だし、暖かな茶系で統一された店内の落ち着いた雰囲気もいい。あと問題は料理の味だが、賑やかな客の様子を見る限り安心して良さそうだ。

 レイは料理を待つ間、ずっと本を読んでいる。

「なあ、それ面白いか?」

「え? ああ。面白いよ」

「あれか? 犯人は執事とかじゃないのか?」

「残念ながらサイコものだし、大豪邸も出てこないよ」

「あ、そう」

 俺は小説とかには興味がないので、そういう趣味を持ってるレイが少し羨ましい。だが話が出来ないのは退屈極まりない。仕方がない。ウエイトレスの尻でも眺めることにするか。

 やがて料理が運ばれてきた。うん、なかなかいい味だ。チーズバーガーに齧り付きながら外を眺める。その中にゆっくりと通り過ぎていくジープが見えた。何か嫌な予感がする。

 気がつくとレイもチリビーンズを食べながらその車を凝視していた。

「おい、レイ。あの車」

「ああ、ハンターの匂いがする。それも知ってる匂いだと思うけど、思い出せないな」

 確かに。それにヴァンパイアの匂いも。

「狩りを終えたハンターかもしれないぜ。でも、まあ、気にするな。ここでトラブルに巻き込まれたら目的が果たせなくなる」

「ああ、判ってるよ」

 長いことレイと付き合っていて、気付いたことは一番危険なのは彼の人のよさだということだ。特に同胞の危機に関しては見逃すことが出来ない。

「それに、今、感じたヴァンパイアの匂いには危機感が感じられないんだ。ペットなのかもしれない」

 捕らえられ、あるいは売られてペットとして飼われているヴァンパイアも大勢いると聞いている。それも生き残る為のひとつの生き方なのだろう。


 食事を終え、レストランを後にすると、すぐ近くにあったホテルに宿を取った。部屋に入ると、レイは窓を開け放し気持ちのいい夜風を招きいれた。俺は置かれていたコーヒーメーカーでコーヒーを淹れ、窓に腰掛けていたレイに渡す。

「ありがとう。先にシャワーを浴びてこいよ、デビィ。明日は早く出発するから」

 

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