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プシュケの心臓  作者: 密室天使
第3章 相克するシーブリングズ
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最終話 -幕引き-

 プラットホームは閑散としていた。寂々としていて、やっぱりここは田舎の駅だよね、と再認識。ラッシュアワーを一度も経験したことのないお年頃なのだった。

 駅舎の壁に背を預けて、列車を待った。カバンは近くに置いておく。携帯用音楽プレイヤーをポケットにしのばせ、時刻表をぼんやりと見つめる老人を眺める。

 ここは僕の地元からもっとも近い駅の一つだった。実は列車を利用するのは修学旅行以来で、ここに来る前まではちょっと緊張していた。田舎物だから、公共交通機関の利用頻度が極端に低いのだ。しかしながら、その前途あふれる緊張はあっさり裏切られたのだが。

 埒のない妄想と音楽で暇を潰していると、アナウンスが聞こえてきた。どうやらもうすぐ来るらしかった。カバンを持ち上げ、音楽プレイヤーを切ってポケットにぶちこんだ。手荒に入れたからか、新品のスーツにしわがよった。

 これは高校の卒業記念に母に仕立ててもらった新調のスーツだった。大学の入学式に必要になるし、将来必ず使うからと、強引に採寸を測られた。僕は着やせするタイプなのか、ぶかぶかになるんじゃないのと危惧していたわりに、姿見に映った僕は贔屓目に見てもスマートに映っている感じだった。偶々通りがかった蛾々島が爆笑していたが、まぁいいんだろう。どうやらやつも大学に進むらしく、僕と同様にスーツ選びをしているようだった。隣にやけにけばけばしい女の人がいたが、おそらく母親なのだろう。悪態をつきながらも楽しそうに会話に興じている辺り、親子仲は良好のようだった。

 服に着せられてる感は尋常ではなかったが、母さんは息子の晴れ姿を見て嬉しそうだった。そのさい蛾々島との関係をさぐられたが、適切にお茶を濁しておいたから大丈夫だと思う。

 僕は地元から県をまたいだ都会に進学することになった。勉強に専心したおかげか、第一志望校に合格することができた。奇跡だと思う。自分史最大の快挙。堅物な父も合格発表のときは万歳三唱していた。

 僕は、教師になる。

 部屋にかかった真新しいスーツを見て、決心を新たにした。必ずや職をゲットして、がっぽがっぽお金を稼いでやるんだ。それで、あわよくば……。

 だから、これでいいんだと思う。

 白線の内側に待機してくださいと駅員さんに注意されるあたり、僕はなんだか勇んでいるようだった。

 しばらくすると予告通りに目当ての列車が来た。扉が開いて、人が出たり入ったり。僕もその群れに混じろうと思ったけど、ふいにもし間違ってたらどうしようと列車を前にして切符を何度も確認した。右顧左眄(うこさべん)。おろおろと情けない。それを見かねた駅員さんがすかさず助けに来てくれる。これだからいなかっぺは……と嘲笑されている気がしないでもないが、ぺこぺこと駅員さんに平謝りして、やっと乗車した。忸怩(じくじ)たる思い。やたらと体感時間が長く感じた。

 列車内は当然のようにすいていて、ご老人方に気兼ねすることなく着座することができた。

 発車します、と知らせが流れて、やにわに車体が動きだす。窓に映る景色が絵巻物みたいに様変わりした。横にスライドしていって、どんどん移り変わる。とても物珍しい光景だったので、窓縁(まどべり)に頬杖ついて子供みたいに視線を流していった。

 にわかにポケットが振動しているのが分かった。誰だろうと思ったポケットに手を突っ込んでみると、携帯電話の画面には見慣れた名前が表示されていた。

 ここ、列車の中なんだけどなぁ、と思って回りを見渡すが、人はほとんどいない。チャンスだと思った僕は、きっと腹が黒くて性根が腐っているのだろう。

 にやけすぎて顔面崩壊しないよう表情筋に力を入れる。僕はちらちらと周囲を瀬踏みしつつ、ボタンをプッシュした。

「もしもし……うん、今乗ったとこ……期待にたがわぬ人の少なさ……ん? いや、おまえ元引きこもりだろ。冗談はほどほどに……いや、人ごみにはだいぶ慣れたって……ぬーん、それこそ冗談ってやつだぜ。…………そういや母さんは元気? ……あぁ、だよなぁ。でもな、それにはもう一つ、隠された秘話があってだな……」

 電話越しだというのに、身振り手振りを加えて話しこむ自分に苦笑する。でもま、いっかって感じで、彼女の話に耳を済ませた。それで、気がついたら長時間話し合っていた。

 列車はガタンゴトンと止まることなく、すいすいと進んで、とどまるところを知らない。まるで線路がどこまでも続いているかのようだった。

 それはどこか、これからの未来を暗示させる。



 初めから間違っていた、なんて思わない。

 スタート地点がマイナスだっただけで、禁じられていただけで、その過程は間違いなく黄金だった。

 あの頃の僕たちは純粋だったから、間違いを犯そうって言う罪の意識もなくてただ、僕は君が好きで、君に笑ってほしくて。

 僕は君がいないと、ダメなんだ。君と一緒にいたいんだ。

 たとえそれが、忌避すべき禁忌の果実であっても。

 その果実を君は、僕のためにもいでくれるかい?


 願わくば、君とともに歩む道を。



◆キャスト



緑葉千尋(みどりばちひろ)

 十六歳。男。存命。

 RPGで言うところの立ち位置――勇者。

 座右の銘――今止まらずにいつ止まる。

 


緑葉静(みどりばしずえ)

 十五歳。女。存命。

 RPGで言うところの立ち位置――引きこもり。

 趣味――ネットサーフィン。オンラインゲーム(課金ダメぜったい)。



蛾々島杏奈(ががしまあんな)

 十七歳。女。存命。

 RPGで言うところの立ち位置――剣士。

 飼っているペット――レッドワイバーン。ダースドラゴン。ケンタウロス。



藤宮詠太郎(ふじみやよみたろう)

 十七歳。男。存命。

 RPGで言うところの立ち位置――魔王兼ラスボス。

 特技――俳句。ナイフジャグリング。


 

佐島月子(さじまつきこ)

 十六歳。女。存命。

 RPGで言うところの立ち位置――僧侶。

 好きなこと――家事。和菓子作り。


荒風寧(あらかぜねい)

 十六歳。女。存命。

 RPGで言うところの立ち位置――魔法使い。

 人生訓――愛情と狂気は紙一重。




プシュケの心臓、いかがだったでしょうか。

連載に約一年かかりましたが、無事完結することができました。これも読者様のおかげです。

このような駄文に付き合っていただき、ありがとうございました。



っていうか、意外なことに死者が一人もいないこの作品っ。

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