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プシュケの心臓  作者: 密室天使
第2章 とりあえず生きてみた
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第二十一話 兄(12)

 ぼくの作り話を真に受けた佐島月子は、「このさい、今から告白してみたら?」と正気を疑うような提案を持ち出してきた。「善は急げっていうし……ね?」

「正気か、佐島」それがおまえにとっての善なのか? 佐島月子の善悪基準に疑問を禁じえない。

「正気も何も、本気よ本気。この勢いに乗じて、その荒風(あらかぜ)って子に告白するのよ」

 佐島月子、馬耳東風に押せ押せしてくる。「ま、待てって。いきなりそんなこと言われても……」

「びびってんじゃないわよ。度胸のない男は嫌いよ、わたし」

「おまえは遠慮ってのがないんだ。ほら、昼休みも後五分で終わるだろ。告白は次の機会に……」

 もちろん、告白するつもりはない。

「君の言う“次”は二度とやってこないかもしれないじゃない。緑葉君は、明日頑張る、明日頑張るといって翌日何もしないへたれとは違うと私は信じてるわ」

「変なところで信用されてるッ!」

「とにかくッ! 行くのよッ! 神風ッ! 君は神風だッ!」

「……玉砕確定なのかよ」

「だってわたしもその荒風って子知ってるけど、メチャクチャかわいいのよ? 男子にも人気があるし、一部では雑誌モデルもやってるって噂もあるわ」

 そんなすごい子に告白しなくちゃならないのか。「佐島。落ち着けって。勇気と無謀は違うんだ。ここは少し思慮を働かせてだな……」

「まどろっこしいのは嫌い」と佐島月子、ぼくの手を引いて隣のクラスに連れ去っていく。強引にして放胆。やはりこの傍若無人さが、藤宮詠太郎と交際できる秘訣なのだろうか……? 

 隣のクラスというのは話題の俎上(そじょう)に上った荒風寧あらかぜねいが在籍している三組のことだ。

 ヤバイ、ヤバイ。

 こんなことなら、調子に乗るんじゃなかった、と思った。しかし、時すでに遅し。ぼくと佐島は三組の教室に入っている。

「……や。月子ではないか。それに……緑葉も」

 教室には和綴じの本を読んでいる藤宮詠太郎がいた。さすがの藤宮も目を点にしている。……あぁ、藤宮も三組。

「ちょうどいいところに……ッ! 詠太郎、ここに荒風って子、いるかしら?」

「荒風……? 俺はそのようなものは知らぬが、この教室は出席番号順に並んではいるぞ」

「サンキューッ! さ、緑葉君」

 佐島はぼくに行け行けと合図をしている。佐島のおかげで、二年三組の教室はすっかりさわがしくなってしまった。

 そんな中。

 窓際の前の辺り、複数の女子に囲まれながらも、不思議そうな顔をしている少女がいた。

 切れ長の瞳に癖のない黒髪。清楚と言う言葉がよく似合うみめよい容姿。そんな顔で微笑まれたら、きっと男子もイチコロ。

 ぼくは佐島に押し出されてしまう。

 教室では何事かと遠巻きができる。恥ずかしい。

「ワタシに何か用ですか」

 と。

 前記の女子が一歩、前に出る。「荒風はワタシですけど……」

「ほら、緑葉君」

「なんでおれが……」

「いいからいいから」

 何がいいから、なんだよ。なんでぼくが、衆目の面前で告白をしなくちゃいけないんだ。

 そんな怨嗟が沸々と湧き上がるも、もはやこの状況を収集することは不可能だろう。みな、何かを期待するような目を向けてくるんだ。この場を収めるにはやはり、告白しか――ないのか? この窮状は身から出た錆なのか? 自らが招いた奇禍なのか? やっぱり、ほらはダメだよ。ぜんぜんそんなつもり、なかったのにさ。

 嘘をついた数だけ、不運が舞い降りる。

 嘘をついた数だけ、不幸が積み重なる。

 ぼくは――覚悟を決めることにした。

「荒風さん」ぼくは彼女の顔をまっすぐ見た。「ずっと前から好きでした。付き合ってください」

「喜んで」

 荒風寧はにっこりと笑った。

「……は?」

「その申し出を受ける、と言ったんですよ。緑葉千尋君?」

「は、はぁーッ!」

 騒然となった。

 それはもう……本当に。

「うっ、嘘だッ! 嘘だと言ってください」ぼくは荒風さんの肩に手を置いた。「そんなことないですよね。ウイットに富んだジョークですよね。そうですよね、荒風さんッ!」

「荒風さん、ではなく、寧、と呼んでくれたら嬉しいな」

「あ、ああ……」

「実はワタシも、あなたのことが気になっていました」と荒風さんはポケットからハンカチ……を取り出した。「これ、あなたのものですよね」

 そこでぼくは合点がいった。「あの時の……」

「偶然とは恐ろしいものですね。ですがワタシは、この出会いは必然だと思います」

 いや、単なる偶然でしょう、とは思うが、「そうかもしれませんね」とかいう。「それよりも、怪我のほうは大丈夫だったんですか?」

「おかげさまで……大事には」

「よかった」

 荒風寧は静々とした挙措で歩み寄り、そのハンカチをぼくに握らせた。「しかと返還しましたよ」

「承りました」

「これからは末永く……よろしくお願いします」

 荒風さんは深々と頭を下げた。

 ぼくもつい釣られて、「こ、こちらこそ」と同様に低頭した。

 と。

 ……あれ?

 おかしいな。

 なんでだろう。

「お、おめでとう」と目を丸くした佐島が近づいてきた。それでも、佐島は嬉しそうにぼくの手を握って、ぶんぶんと上下させた。ぼくは状況に流されるまま、呆けた面を周囲にさらしている。「荒風さんも緑葉君のことが気になってたってことは……これで二人は念願の両想い、すなわち恋人同士と相成りましたッ! 二人の愛に乾杯ッ!」




   ◆◆◆




 皐月の咲くみぎりだったように思う。

 昼下がりの穏やかな日だった。

 買い物に行っていた。母親に言いつけられ、なじみのスーパーに足を運ぶ。

 その帰り。

 ぼくは一人の少女を見つけた。道端には日傘と洒落たバックが落ちており、少女は足の辺りを押さえ、うずくまっていた。

「どうかしましたか」ぼくは少女に声をかけた。少女の顔は前髪に隠れて見えない。

「怪我を……してしまって」

「ちょっと待っていてください」

 ぼくは買い物袋を地面に置いた。ポケットからハンカチを取り出し、彼方のほうに走り出す。

 道をそれれば、葦の群生する河畔がある。清冽に流れる小川。水が綺麗で有名なんだ。ぼくはそこでハンカチを洗って、とんぼ返りした。

 血がにじんでいる。「しみますよ」とぼくは傷口にハンカチを当てた。

 少女は苦いものを飲み込んだような顔をした。

 周囲に目を向けてみれば、風になびいて折れた木製の柵があった。おそらくあれにひっかかって、少女は傷を負った。

「帰ってこないと思いました」心細げな声だった。「走ったきり、帰ってこないと思いました」 

「あれを置いて?」ぼくは放置したままの買い物袋を指差した。

 すると少女は、口元に手を当ててくすくすと笑った。

 しばらくハンカチを当てる。

「応急処置はしましたけど、お医者様に診てもらったほうがいいかもしれません。ばい菌が入っているかも」

「ご親切、痛み入ります」少女は礼儀正しい性格らしく、律儀に頭を下げた。

 ぼくは気恥ずかしくて、目を逸らしてしまった。「感謝されるほどでもないです」 

「でも、あなたのおかげでワタシが助かったことに変わりはありません」

 ぼくはどう返答していいものか、迷った。人に感謝されるのは久しぶりだった。

「傷に加え、足をくじいてるみたいです」とそう判断した。事実、足が痛むのか、時折顔をしかめていた。ぼくは少し考えた後、「なんなら、おぶって行きましょうか?」と親切がましい提案をする。

「そんな……おぶってもらうなんて」

「その……やっぱり、親切がましい、かな」

「いえ。そういうわけではなくて」

「あなたの日傘とバックなら、おぶっていってもどうにか持てますけど」

「なるほど」とふいに少女はくすくすと笑って、「あれを置いて、ですか?」と放置したままの買い物袋を指差した。 

 ぼくは赤面した。

「あなたはよほどの力持ちなんですね」

 買い物袋にははちきれんばかりにものが詰め込んである。それが二つあった。おぶっていては、とても持てない。

「だいぶ、楽になりました。もう、あなたの世話をかけるわけには行きません。先に行ってらしてください」

 少女の声は気丈だった。これ以上迷惑はかけられない、といった風。

 少し心配だったが、「では」と彼女の意を汲むことにした。「ハンカチは差し上げますね」

「重ね重ね……ありがとうございます」

 少女は丁重にお辞儀をした。長い髪が肩や胸の辺りに垂れて、簾のように少女の顔を隠す。

 ぼくは買い物袋を持ち上げ、帰途に着こうとした。

 と。

「必ず」

 少女は。

「必ず、ハンカチはお返しします」

 背中越しに少女の声を聞いて、そのままその場を去った。

 三日もたてば、彼女のことを忘れている。

 少女――荒風寧との邂逅は、その五日後のことだった。

 



まさかの新キャラ登場。

既存のキャラを含めると、計六名。

プシュケの心臓は、緑葉千尋(みどりばちひろ)緑葉静絵(みどりばしずえ)蛾々島杏奈(ががしまあんな)佐島月子(さじまつきこ)藤宮詠太郎(ふじみやよみたろう)、そして、荒風寧(あらかぜねい)なんかが運営すると思います。


それと……佐島月子がやけに明るいキャラに変貌したように思うのは、作者だけ?

杏奈ちゃん、出番ねぇ。


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