断章
これから歪んだ恋物語をつむごう。
*
強いて言うなら、彼女は完璧ではない。
欠点があり、欠陥があり、欠落がある。玲瓏に見えて醜悪で、絶佳に見えて俗悪で、秀麗に見えて暗愚。つぎはぎだらけの彼女。取り繕っている。彼女は美しい皮を被り、ドロドロと負の感情の溶岩をたぎらせているような女であった。邪悪だ、と思う。
そこがいい。
惚れてしまう。
彼女は天使。
見るものを釘付けにする。あぁ……人はこの魅力を魔性とでも評するのだろうか。足らない。その程度の表現ではとうてい、彼女の美しさを形容できるわけがない。彼女は深淵にいる。境域。常人では立ち入ることのかなわない陰陽の、善悪の、美醜の境に立っている。彼女がそこにいるだけで、周囲の人間は気がふれてしまうだろう。現にかくいう自分も、気がふれてしまっているのだろう。
彼女を見てしまったのだから。
彼女を感じてしまったのだから。
全てを失ってもいい、と思った。彼女のためならば、なんでも犠牲にできる。虚偽ではない。真実。確実にそんなことを思惟している自分がいる。恐ろしい。自分は一人の女のためだけに、全てのものを投げ出そうとしている……だがしかし、それでいいのかもしれない。それだけの価値がある。彼女にはそれだけの価値がある。
欲しい。
彼女が欲しい。
気弱に伏せられたまぶた、可憐な目元、漆を溶かし込んだような美髪、清冽に澄んだ双眸……その中にあるどす黒い不善。邪曲し、屈折した心が美しい殻に陰々と閉じこもっているのなら、一思いに露呈させてみたい。全部を白日の下にさらす。そうすれば、新たな高みに上れるような気がする。一度底辺まで落としてみれば、頂上では見えなかった景色が見れることだろう。あぁ、眺めてみたい。その景色を彼女とともに眺めてみたい。そう思うのは罪か? はたして愛か? あるいはこれが恋なのか?
不完全ゆえに。
不完成ゆえに。
この己が精神と魂を持って、片羽の彼女を補完したいと思っているのだろうか。自分ならば、もう片方の羽を補える。彼女の補完は自分にしかできない。むしろ、自分こそがふさわしい。自分ならば、彼女を幸せにできる。
幸せ。
彼女とともに歩む行路。
なんとしても手に入れる。
誓う。
彼女を手に入れる。
*
心にエナメルを塗った。
優しい嘘を貫き通すために。
心にエナメルを塗った。
意中に愛をささやくために。
一点で交差する想い。
異なるスペクトルに彩られたそれは、神を失墜させ、悪魔を引き摺り下ろし、死神すらも手玉に取るような運命に導かれて、同じベクトルをたどる。
『世界』すら詐術の一つに過ぎなかった。
もう。
絵本をとじるころかな。