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剣の聖女は覇王と踊る  作者: 縞白
一章 剣の聖女
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四話 戦う聖職者。子ども達の日常。困った妹。





「司祭さま、司祭さまっ! どうかお助け下さい、どうかっ!」


 レダが暮らすエルゼイン聖教の教会には、時折こうした切羽詰(せっぱつ)まった声が響く。

 それはたいてい女の人の声で、その後ろから怒りに真っ赤な顔をした男の人が追いかけてくることも多かった。


「どうぞお入りなさい。あなたはもう安全です、さあ、奥へ」


 その場にいるのが司祭でも助祭でも修道士でも、エルゼイン聖教の人は必ずそう言って、助けを求める人を守り、追ってきた人が怒鳴ろうと叫ぼうと通さず、襲いかかってこられれば逆に打ちのめして追い返した。

 修道女はさすがに戦ったりはしなかったが、エルゼイン聖教の聖職者となった男性は必ず武術を習っており、そこらの街の男では太刀打ちできないほど鍛えられていた。


 聖職者が戦うための鍛錬を当然のこととしているのに、美和子は初め驚いたが、それはこの世界のなかでもエルゼイン聖教だけの特徴のようだった。


 北の地の人々が信仰する至高神エルゼインは、戦いを肯定している。

 強きものが弱きものを助けて苦難と戦い、できないものをできるものが(おぎな)い、ともに生きていくことで初めて平和が訪れると説いている。


 もちろんその鍛錬した力を誤った方へ向けてはならないという訓戒がいくつもりあり、それは同時に罪を犯した人を裁くための基準ともなっていた。

 このためエルゼイン聖教の聖堂は、祈りの場や婚姻の誓いの場、弔いの場や懺悔(ざんげ)の場であるとともに、裁きの場にもなる。


 そして人々に祈りを教え、神の道を説く聖職者たちはエルゼインの教えを体現するものとして、「助けてください」と請われたら無条件で助け、その人の楯となり剣となるのが常だった。

 ゆえにエルゼインに仕えるものは、か弱き子ども達を守るための力がなくてはならず、各地の街に配された司祭はたいていその教会で最も強い人となる。



「レダ、あたたかいお茶を持ってきてもらえるかな?」


 あちこちに殴られたようなアザのあるぼろぼろの女性が、激しく泣きじゃくりながら助祭にすがるのに出くわしたレダは、助祭からそう頼まれて「はい」とうなずいた。


 孤児院に入って四年目。


 教会の表で怒声を上げる男を、クリフトン司祭の落ち着いた声が穏やかになだめている。

 毎日の礼拝で耳になじんだその声を聴きながら、相変わらず後を追ってくるメメリーを連れて、レダは台所へお茶をもらいに行った。





 ◆×◆×◆×◆





 とくに問題を起こすものもなく、日々は穏やかに過ぎた。

 しばらく様子を見ることに決めて落ち着いたレダは、メメリーの面倒見ているうちに皆の姉的な存在となり、ロイドとともに孤児達の世話をするようになった。


 世話というほど何ができるわけでもなかったが、ケンカをした子ども達がロイドにこっぴどく叱られてしょげかえっている時、そっとそばに行って「だいじょうぶ?」と声をかけ、どうしてケンカをしたのか話を聞くことくらいはできる。

 子ども達も、何の反論もせず「うん、うん」とうなずきながら聴いてくれるレダに、安心してすべてをぶちまけ、どんなことを言っても「そうだったのね」と優しく受け入れてくれる彼女を慕った。


 寒く貧しく、早朝から日が暮れるまで老若男女を問わずけんめいに働かなければ生きていけない所だったが、子ども達は元気だった。

 ロイドは幼い子がケガをしないよう目をくばり、仕事をサボろうとする子を叱り、ひとり泣いている子を見つけると背中におぶって帰ってきて、「レダ、頼む」と置いていった。


 教会に迷惑をかけないよう子ども達を世話し、この先困らないよう(しつけ)をする良い兄だったが、泣く子をなぐさめるのは苦手らしい。


「ちょっと笑って、もうだいじょうぶだって言ってあげればいいだけなのに」

「お前が笑ってやればいい」


 レダが言うとそっけなく答え、ロイドはふいと背を向けて、困ったように頭をかいた。





 たいていの子ども達の世話はそれで良かった。

 何度も注意していればいくらかは気をつけるようになるし、失敗して痛い目にあえばそれなりに学習する。


 けれどミシェルという女の子だけは、ロイドの悩みの種だった。


「またか、ミシェル」

「ご、ごめんなさい……」


 掃除をしたばかりの床一面に藁をぶちまけたミシェルは、ちいさい体をさらに縮めて、うんざりと言うロイドに謝る。


 彼女に悪気がないのは皆がわかっている。

 ミシェルはただ不器用で要領が悪く、何をするにも一歩遅れるだけだ。


 けれどそれで二度手間、三度手間になるロイドには、なんとも疲れる性質だった。


「もういい。お前は向こうに行ってろ。ここは片づけておくから」


 お前が片づけようとすると、被害が拡大する。

 そんな言葉を含んで投げやりに言われたミシェルは、頭の回りまで悪いわけではなかったから、おおきな青い瞳に涙をためて「ごめんなさい」とつぶやきながら、ロイドに背を向けて走っていった。


「あ、バカ、走るな!」


 彼の注意は一瞬遅く、ミシェルは見事につまずいて顔面からべしゃっと転んだ。

 それでもそこでは泣きださず、ぐっと我慢して立ちあがり、今度はとぼとぼと歩いていく。


 はらはらとその背を見送ったロイドは、追うかどうするか考えたが、水桶と雑巾を持って通りかかったレダを見つけると、迷わず呼んだ。


「レダ、頼む!」


 聞きなれた言葉だったが、みょうに必死にロイドが言うので、レダはきょとんとした顔で「はい?」と首をかしげた。

 そして何があったのか説明されると、相変わらず服のすそを掴んではなさないメメリーを連れて、ミシェルを探しに行く。

 目印はキャラメル色の、ふわふわ髪。


 ミシェルは教会の裏庭、井戸の影でひとり泣いていた。


 レダはその隣に座り、何も言わずにミシェルの肩を抱いた。

 細い腕の中でびくりと震えたミシェルは、その腕がレダのものだと気づくと、つぶやくように言う。


「……ごめんなさい」


 いつも迷惑をかけてごめんなさい。

 いつも泣いているのを探させてごめんなさい。

 いつも慰めさせてごめんなさい。


 失敗ばかりする子で、本当にごめんなさい。


 たくさんの「ごめんなさい」をこめて、ちいさなちいさな声で言う。


 レダは静かに答えた。


「わたしに謝ることなんて、何もないよ、ミシェル」

「でも、でも……」

「いいの。わたしには謝らなくていいの。……後でロイドのところへ、一緒にお茶を持って行ってあげようね」


 ずびっとはなをすすり、大粒の涙を流しながら、ミシェルはうなずいた。


「……うん」


 孤児院にきてからこれまで、一度も泣いたことのないメメリーが、そんな二人を不思議そうに見ていた。





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