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剣の聖女は覇王と踊る  作者: 縞白
序章 狂王子の戯れ
4/37

四話 力の証明。子守唄。獣は奥底へ沈む。





「あたしがおまえを、ころしてやる!」


 そう言ってレダが少年に向けた剣は、見えない壁に阻まれた。

 石壁に思いきり激突したような衝撃にあい、幼い少女の体が後ろへ弾き飛ばされる。


 その手から落ちた黄金の剣が、からん、と空虚な音を立てて床に転がった。


 何が起きたのかはわからなかったが、レダは一度では諦めなかった。

 落した剣を掴み、再びグランベルクに斬りかかる。


「やあああぁぁぁ!」


 そしてまた、弾き飛ばされた。


「ぐっ……」


 何度もそれを繰り返し、何度も床に倒れ、ようやく諦めたころには息を乱して額に汗を浮かべていた。

 それでも美しい黄金の剣はどうしてか、決してグランベルクに届かなかった。


「それでいい、レダ」


 平然とその場に立って、少年は剣とともに床に転がる少女へ言う。


「お前は今、自分に人を殺せる力があることを証明した」


 幼い少女の中で、美和子は泣きながらつぶやく。



(確かに、殺されて死ぬのは嫌だと思った。

 けれど、違う。

 これは、ちがう。


 わたしに人を殺せる力なんてない。


 やめて、レダ。

 お願い、やめて……)



 少年はその声を聞きとったかのように言葉を続けた。


「レダ、お前は人を殺せる。ひとり悲劇の中に落されたような顔をして、己を憐れむのはやめろ。

 これからのお前は、弱者ではない。

 誰からも奪われず、誰からも侵されない、強者となって俺とともに生きるんだ」



 レダは床の上で起きあがり、荒い息をつきながら獣のような眼差しでグランベルクを睨んだ。

 彼はどこか満足げな様子でそれを見おろすと、黄金の剣を鞘へ戻して布で包み、またひとり部屋を出ていった。





 ◆×◆×◆×◆





「獣のような子どもですね。まったくもって、しつけのなっていない野生動物そのものでした」


 嫌悪感をにじませて言う乳兄弟の侍従に、王子は布でくるんだ剣を渡しながら答えた。


「あれでいい。おびえて身をすくませるだけのものでは、何の役にも立たん」

「ですが、これを与えられて真っ先に殿下に斬りかかったのですよ?」


 あれが有用な駒になるとは思えませんが。


 レダの気づいていない覗き穴から中の様子を見ていたマクシムが、言外に「処分した方がいい」という意見を含ませて言うのに、ひややかな視線が返される。


「俺が良いと言うものを否定するのか」


 少年は左手にはめた黄金の指輪をかかげて見せ、言葉を続ける。



「この手に『王の指輪』がある限り、『王妃の守護剣』が俺を傷つけることはない。この先も俺に仕えるのであれば、己の身の無事でも案じておけ」



 自分の身くらい自分で守る。


 マクシムはむっつりとした顔で思ったが、声に出しては言わず、優雅に一礼して応じた。



「はい、殿下。仰せのままにいたしましょう」





 ◆×◆×◆×◆





 剣を手にして強烈な意志で体の主導権をとったレダは、その後、静かな狭い部屋で心の奥底へ沈んだ。

 何をすることもなく、何をすることもできず、孤独の中で体を任された美和子は、歌をうたった。


「三番目の月がのぼり、あなたは生まれた」


 金の髪に青い目。

 痩せほそった手で優しくレダの頬を撫でた亡き母が、穏やかな声で毎夜歌ってくれた子守唄。


「空を見たいとひとみをひらき、鳥とともに歌おうとくちびるをひらく」


 ほろほろと静かに涙をこぼしながら、長い、ながい時間、美和子は無心にそれだけを歌い続けた。

 美和子の記憶の中にある歌は、うたえなかった。


 帰りたくて、たまらなくなるから。


「今はおやすみ、いとしい子」


 そうして、美和子が歌っている間。

 心の奥底で獣のようにうずくまったまま瞼を開いたレダが、じっとその声を聞いていた。


「夜はとおく鳴く、獣たちの時」



 わたしという記憶は何のために目覚めたのだろう。

 前世のわたしは、なぜ殺されたのだろう……



 考えてもしかたのないことを、時折、思いながら。


「風のささやきに耳をすませ、星の輝きのもと夢へ渡ろう」


 ただ、歌う。


「今はおやすみ、いとしい子」







 数日後、レダは南方にある街の、孤児院へ移された。


「俺の命があるまで、ここを離れるな」


 グランベルクはそう言って去り、レダはわけのわからないまま、気がつけば見知らぬ街にひとり立っていた。






序章 終

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