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剣の聖女は覇王と踊る  作者: 縞白
三章 聖女の騎士団
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六話 旅支度。左後ろの、もう一人の騎士。





 奥の宮へ行った翌日。

 旅支度は柔軟体操から始まった。


「これが基礎鍛錬になるから、しっかり覚えな」


 早朝、ふらりとレダの部屋を訪れたラングレー伯爵夫人、イザベルが言い、体の動かし方を教える。

 レダは素直に指示に従い、時々イザベルが「もうちょい曲がるンじゃないかい?」と背中を押したり腕を引いたりしてくるのに、のどの奥でうめき声を押し殺して涙目で「いたいです」と答えた。


 それが終わると、そばで静かに見守っていたコーデリアとともに聖堂へ行き、朝の祈りを捧げてから食堂で朝食をとる。

 食後は先王の死後から護衛となっている二人の騎士が、自分達ともう一人の騎士がレダの旅に同行することを告げ、彼らよりすこし年下の青年を連れてきた。


「シグルド・イングラムと申します」


 無愛想で大柄な青年は短く名乗って一礼し、フレイザー・カーティスに指示されてレダの左後ろにつく。

 もう一人の騎士ダリル・ボールドウィンが、振り返ってシグルドを見あげる少女に言った。


「出立までの間、レダ様の護衛は彼がつきます。我々は他の支度を命じられておりますので」


 はい、とうなずいたレダに一礼して、フレイザーとダリルが立ち去ると、今度は乗馬の訓練だと呼ばれた。

 王宮内にある練兵場のそばの馬場で、姿勢や手綱の持ち方などをいくつか教えられると、後は「感覚を体に覚えさせるのです」と言われて馬に乗せられる。


 レダは自分よりも巨大な動物に乗るということに苦戦した。

 ゆっくり歩いている時はいいのだが、少しでも速度が上がると姿勢を保つことができない。


 レダの馬術教官となった壮年の男は、乗り方が未熟であることもそうだが、常とは違う筋肉を使うことと、彼女と馬の気が合わないことが原因だろうと見抜いた。


「馬と呼吸を合わせてください。剣と同じように、自分の体の一部にするのです」


 言われてすぐにできるのなら、苦労はない。

 何度もやわらかな土の上へ落馬して青い空をあおぐはめになり、落ち方だけはすぐに理解したものの、レダは馬に乗るのが嫌になった。


 教官はそれを、しかめ面で見ていた。


 レダには戦いの場でどんな相手にもひるむことなく剣をふるい続けることのできる豪胆さがあるが、訓練用として特化された馬は気性が優しく、少女の内面にある荒々しさについていけなかったのだ。

 しかし、だからといって未熟なレダを、いきなり豪胆で気性の荒い馬に乗せてみるわけにもいかない。


 とにかく、慣れるまで乗り続けるしかないだろう。


 レダは昼食をはさんで午後からもまた乗馬訓練だと言われ、暗い顔でうなずいた。

 王都へ来た時のように、馬車で移動して、後は自分の足で歩くのではいけないのかとも思ったが、馬に乗れたら便利なのは確かだ。


 また落馬しに行くか、と立ちあがったところで、見かねた美和子がためらいがちに、午後からの乗馬訓練は自分がやろうかと訊いた。

 体に覚えこませるために乗り続けるだけなら、自分でもいいはずだと思ったのだ。


 レダは即座に「おねがい」と答えて交代し、それが思わぬ結果を生んだ。


 美和子は最初、馬があまりにも大きいのをちょっと怖いと思ったものの、乗っている間に馬と呼吸を合わせるコツをつかんだのだ。



(馬を自分の体の一部とするのではなく、自分が馬の一部となればいい)



 普段から、周りの人々の考えや望みをうかがい知るために磨かれ続けていた共感能力が、美和子を馬の一部にしてくれた。

 美和子の優しい気性が、おだやかな気性の馬と相性ぴったりだったことも要因のひとつだろう。

 自分より巨大な動物に乗っているという恐怖心は消えてなくなり、美和子は馬とともに走るのを楽しいと感じた。



 速く、はやく、もっと速く。



 それを見守っていた人々は、午前と午後のレダの違いに驚いたが、騎手との一体感に高揚した馬があまりに速度を上げすぎるのを危ぶみ、教官が慌てて速度を落とすよう声をかけた。

 初心者の騎手よりも、訓練用として使われている馬の方が人の乗せ方に、素人(しろうと)の訓練の仕方というものに熟達している。

 馬は教官の声に気づくと、騎手の指示を待つことなくゆっくりと速度を落とした。


 美和子はしばらくして馬が止まると、崩れるようにやわらかい土へ落下し、立ちあがろうとして失敗した。

 いつになく体中の筋肉を使ったせいか、足がふるえてうまく立てない。


 生まれたての仔馬のようにぶるぶるふるえながら体を起こそうとする美和子に、それまで彼女を乗せて楽しげに駆けていた馬がそっと近づき、心配そうに鼻をならした。

 馬術教官は体力の限界だと判断し、「今日はここまでで結構です」と告げて馬を遠ざける。


 後に残された美和子は「ありがとうございました」と答えたものの、本当に立ちあがれないことに青ざめた。

 しかし、どうしよう、と困っている間に「失礼いたします」と言ったシグルドの腕で軽々と抱き上げられ、部屋まで運ばれる。


 そうして「手間をかけさせて申し訳ありません」と恐縮しきりに運ばれた次には、奥の宮の王太后から命を受けた女官たちによる、肌や髪や爪の手入れが待っていた。

 グランベルクの戴冠式までに貴族の令嬢のように磨きあげる予定だと言われ、少女はぐったりとした顔でなすがままにされる。


(つかれた)


 心の奥底でレダがつぶやくと、美和子はため息まじりに答えた。


(まだ始まったばかりだよ)





 翌朝、レダは全身が悲鳴をあげるような筋肉痛におそわれたが、イザベルは容赦なく柔軟体操を日課とするよう命じ、あまりの痛みにうめく少女の背を押しながら笑顔で言った。


「大丈夫。若いンだから、すぐ慣れるよ」


 確かに、レダは慣れるしかなかった。





 ◆×◆×◆×◆





 早朝、イザベルの指導で基礎鍛錬として柔軟体操を行なってから、聖堂で礼拝に参加。

 朝食後は馬術訓練のひとつとして馬の手入れから教わり、教官の指示で乗馬訓練に移る。


 昼食をはさんで後も、しばらく乗馬訓練。

 教官が「今日はここまで」と言うと部屋に戻り、女官たちによる手入れを受ける。

 それが終わるとコーデリアから修道女としての教育を受け、夕食をとった後、礼拝に参加してから就寝。


 レダは毎夜、気絶するように眠りに落ち、翌朝の鍛錬にうめいた。



 けれどイザベルが言った通り、そんな生活にも慣れるもので、二週間ほどすると朝の筋肉痛がすこし軽くなってきた。

 柔軟体操も、初めてやった時よりやわらかく体が動く。


 意外にも、そのことには護衛になったばかりのシグルドの貢献が大きかった。

 以前より忙しくなったというのに相変わらず小食なレダは、次の食事の時間より早くお腹が空いてよくため息をついていたのだが、彼が思わぬ気配りを発揮して救ってくれたのだ。


「食べますか?」


 レダがお腹を空かせてうつろな目をしていると、どう察知するのか、シグルドはいつも言葉少なに木の実やドライフルーツをくれる。

 それはかつてなく体を酷使しているのに、一度にたくさん食べられないレダにとって、なによりもありがたい助けだった。


「ありがとうございます」


 お礼を言って受け取り、よく噛んでおいしそうに食べるレダを、大柄で無愛想な青年は無言で見おろす。

 そして彼女がひとまず満たされたのを確認すると、また己の定位置である左後ろに戻る。


 レダにも美和子にも、無口なシグルドが何を考えているのかさっぱりわからなかったが、彼がそばにいると空腹時に食べ物をもらえるため、だんだんとその存在に安心感を抱くようになった。





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