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剣の聖女は覇王と踊る  作者: 縞白
三章 聖女の騎士団
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五話 神につまれし野の花に加護あれ。





 王太后はレダに服を着るよう命じると、部屋の中央に置かれたソファへ、沈みこむように座った。

 疲れているようでありながら、その眼差しからは冷然と思考を働かせているのが見てとれる。


 レダは近くの小テーブルの上に置かれていた服を取り、沈黙のなかでそれを着て、王太后が口を開くのを待った。


 そして長い黙考の後、王太后は顔を上げてレダを見る。

 繊細な美貌の奥に輝く青い目は、どこか悲しげだった。


「ソフィアのことを話したのは、先王だな」


 問いかけの言葉ではなかった。

 それでも黙ってうなずいたレダに、王太后は深くため息をついてつぶやく。


「そなたは先王に愛されたのだろう。グランベルクも常になく執着しておる。そして何よりも“神剣”を授かり、至高なる神より寵愛を受けし身。

 面倒な男ばかりに愛されて、過酷な運命を定められたな。

 貴族や王族ならばともかく、野に生まれしそなたには、何の責もなかろうに。……あわれな娘よ」


 王太后は本当にレダをあわれんでいるようだった。

 レダには彼女が何を考えてそう言うのか、まるでわからなかったが、この人は自分をおどすために二人きりになったのではないようだ、ということだけは理解した。


 扇子を持つ手を力なく膝へ落し、王太后が言う。


「わたくしの名は、シルメイラ。

 フォーサイス公爵家長女であり、先王に仕えし王妃のひとり。

 そして現国王、グランベルク・ウォーシャーフの生母である。

 『剣の聖女』どの。わたくしのことは王太后陛下と呼ぶように、よく覚えておかれよ」


「はい、おうたいごうへいか」


 レダは素直に応じた。

 王太后シルメイラは「うむ」とうなずいて、続けた。


「よいか、『剣の聖女』どの。

 ソフィアの名は忘れよ。先王の言葉はすべて忘れよ。

 そして現王、グランベルクのために、無心に働くのだ。

 そなたがグランベルクに仕えているかぎり、わたくしは必ずそなたの味方となり、心より慈しもう」


 レダは「はい」と応じた。

 答えは得られた。


 グランベルクの母親はフォーサイス公爵の娘、シルメイラ。

 先王の残した言葉は、不用意に口にすると身の危険をもたらす。


 ソフィアが何者であったのかは分からないままだが、今訊いても王太后は答えないだろう。


 レダが理解して飲み込んだのを認めると、王太后はほぅと息をついて体から力を抜いた。

 ひどく疲れたように。


 そしてかぼそい声で、ぽつりと訊いた。


「先王はソフィアのことを、どんなふうに話した?」


「とてもだいじそうに、はなされました。そふぃあがくにをまもってくれといったから、じぶんはぎょくざにあるのだと」


「あの男にそのような可愛げがあるとは思えぬ。ソフィアは何か、対価を与えると約束したのだろう」


「はい、おうたいごうへいか。そのねがいをかなえたら、たましいをもらえるのだとおききしました」


「報酬に魂。ソフィアの魂か。なんと、まあ」


 王太后はひそやかに笑い、しばらくしてから、どこか満足げにうなずいた。


「ありがとう、『剣の聖女』どの。

 ……ああ、そういえばまだ、そなたの名を聞いておらなんだか」


「あいじすの、れだともうします」


「愛らしい名だ。アイジスのレダ」


 シルメイラは一時、王太后と呼ばれるに相応しい威厳をまとってレダのために祈った。





「陛下のため、神につまれし野の花に加護あれ」





 ちょうどのその時、急に廊下が騒がしくなり、部屋の扉が前触れなく開かれた。


 現れたのは、一人の青年。


「母上。昨夜、発作を起こされたとか。今日は安静にしているよう、侍医が告げたと聞いておりますが」

「若い娘の前で、そのように無愛想な顔をするものではないぞ、グランベルク」


 唐突に現れた国王に、王太后はかろやかに笑って答える。


「侍医の言葉など聞き流しておけばよい。わたくしの身のことは、わたくしが一番よう知っておる。案ぜずとも、無茶などせぬよ」


 グランベルクは一人部屋に入ると女官に扉を閉じるよう命じ、王太后のかたわらへ行って片膝をついた。

 慣れた様子で細い手首をとって指を当て、瞳孔を確認するように青い目をのぞきこむ。


 自分の言葉を聞かず、まるで医者のような振る舞いをする息子に、母はまったく動じなかった。

 手を取られたまま、唇に笑みを浮かべて言う。


「そなたを呼んだのはエルマだろう。王の政務を邪魔するなど、王太后の侍女にあるまじきこと。後できつく叱ってやらねばな」

「エルマが私を呼んだのは母上の責です」

「何を言う。もとはといえば、そなたがわたくしとレダを会わせようとせぬからこうなったのだ。イザベルとともに会うのを、以前から楽しみにしておったというに」


 グランベルクは珍しくため息をついて、シルメイラの言葉をすべて肯定するようにうなずいた。

 ひとこと言えば倍を返してくるこの母に、言葉で勝とうと思うほど幼くはない。


 シルメイラの脈が安定していることを確認すると手を下ろし、話を変える。


「それで、母上。エルマが血相を変えて私の執務室に飛び込んできた、例の名については?」

「はて、誰の名のことか。わたくしは何も聞いておらぬが」


 シルメイラはしれっととぼけ、無表情な息子へやわらかに微笑みかけた。


「レダは素直で賢い、良い子だ。わたくしは会えて満足した。少々喋りすぎて疲れたゆえ、そろそろ自室へ下がらせていただこう」


 本当に疲れているのだろう、微笑みを浮かべながらもどこか重たげに体を引きずりながら立ちあがろうとするのを、グランベルクは片手で制した。

 そして、それまで二人のやりとりを黙って見ていたレダに言う。


「ソフィアのことは、お前が旅を終えた後に話す。それまでは口にするな」

「はい、へいか」


 レダは相変わらず平然とした態度で答えたが、シルメイラはグランベルクがいずれソフィアのことを話すつもりであると聞いて、かすかに青ざめた。


「母上、部屋までお送りします」


 青年王が近くに置いてあった小さなベルを取って鳴らすと、女官が部屋の扉を開いた。

 廊下には先ほどレダの採寸をした三人の侍女が控えている。


「グランベルク」


 何か言いたげな母に応じようとはせず、グランベルクはソファに沈む華奢(きゃしゃ)な体を慎重に抱きあげた。

 シルメイラはその腕の中であきらめたように瞼を閉じて、ちいさな声で言う。


「はよう王妃を迎えよ。ひとりに溺れて子を成す義務を(おこた)ってはならぬ。先王はどうしようもない男だったが、その一点についてはよく承知しておった。

 エルゼイン聖教によって立つヴァルスタンの王族は、民の始祖王の血に対する根深い執着を、決して甘くみてはならぬのだ……」


 ささやき続ける小柄な母を腕に抱いて、部屋を出ていく長身の息子。

 二人の背を見送り、レダは思った。


(にてないおやこ)





 その翌日から、旅立ちに向けての準備が始まった。





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