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剣の聖女は覇王と踊る  作者: 縞白
三章 聖女の騎士団
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四話 王太后陛下の楽しみ。問いひとつ。





 挨拶を交わすこともなく、唐突に「服を脱ぎや」と命じた女性の前にいたのが美和子だったなら、その命令にすぐ従うことはできなかっただろう。

 同じ女性とはいえ、複数の他人の前でひとり服を脱がされるというのは、羞恥心の問題だけではなく、自尊心を傷つけられること。

 十七歳まで平和な日本で育った美和子に、すぐ従えというのは無理な話だ。


 しかし、レダは命令した女性がこの場の支配者であることを周囲の反応から読みとると、何の抵抗もなく服を脱いで床に落とした。

 ただ単純に、この場の誰にも自分への害意はないようだし、反抗を許されない高位からの命令にはさっさと従っておいて、早めに解放されるのを待つのが一番だと判断したのだ。


 粗末な薄い下着一枚の姿となって、平然と訊く。


「これもぬぐのですか?」


 王太后に付き従っていた三人の侍女たちは、レダの行動とその言葉に、態度には出さなかったが内心で驚いた。

 この娘には羞恥心や自尊心というものがないのか、と。

 それが普通の反応だろう。


 けれど王太后陛下と呼ばれた黄金の髪の美女は、一瞬目をみはった後、扇子を口元にあててすずやかな声で笑った。


「その剛胆さ、気に入った。それでこそ、神の使徒にふさわしき娘であろう」


 そして、背後の侍女たちを急きたてる。


「何をしておる、エルマ。はよう済ませてやらぬか。陛下の大切な『剣の聖女』どのに、このような些事で風邪などひかせてはならぬ」


「かしこまりました、陛下」


 先ほどひと睨みでイザベルを戸棚から降りさせた“おっかない侍女サン”エルマは、他二名の侍女とともに素早く作業を開始する。


「レダさま、下着はそのままで結構です。背筋をのばして、そう、そのまましばらく動かないようお願いいたします」


 中庭がよく見える、つまり中庭からもよく見えてしまう大窓にカーテンを引き、三人の侍女がそれぞれのポケットから取り出したのは巻き尺と筆記具と紙。

 そうして、言われるがまま背筋を伸ばして微動だにしないレダの体の、ありとあらゆる部分を採寸していく。



 一方、いくら同性ばかりの場とはいえ、いきなり「服を脱げ」と言われて従ってしまうレダは女性として問題がありそうだ、とため息をついていたイザベルは、ふと疑問に思って首を傾げた。


「この子は修道女だろう。教会が定めた服しか着れないのに、採寸するのかい?」


「その定めについてはそなたの夫君が片づけると聞いたゆえ、わたくしの知るところではない。わたくしが成すべきは、この娘を最大限に活かす衣装をあつらえてやること。

 陛下がわたくしになされた、久方ぶりの“頼みごと”よ」


 少女のように瞳を輝かせ、王太后が答えて言った。


「この娘は体つきが細すぎる上、髪も肌もまるで手入れされておらぬようだが、顔立ちは悪くない。いささか鼻が低いが、この程度であれば化粧や髪型、あとは衣装で大化けさせてやることができる。

 なんと楽しみなことだろう」


「アンタ、本当に楽しそうな顔してるねぇ。この子を変身させるのが、そンなに嬉しいのかい?」

「わたくしが陛下のためにできることは、とても少ないのだよ、イザベル。これはそのひとつ。無論、わたくしはとても楽しい」


 王太后という肩書きを背負うには、いささか幼すぎる言動の女性を、イザベルは姉のように愛情深い眼差しで見守って応じる。


「相変わらずの溺愛っぷりだねぇ。息子がさっさと母離れしてくれる男で良かったよ」


 レダはふと、疑問を覚えて小首を傾げた。

 すぐにエルマの手によって、ぐきっと無理やり元の位置へ戻されたが。


(このひとは、ぐらんべるくのははおや?

 おうがいってた、そふぃあは、もうしんでるんじゃなかったっけ?)


 心の奥底で、敏感に危険を察知した美和子が答えた。


(レダ、王侯貴族の血筋に関わることに首をつっこむのは、とても危ない。何も知らないふりをして、通りすぎて)


 レダは返事をせずに考えこんでいる。

 その間にも採寸は続き、王太后とイザベルの雑談も続く。


「それにしても、陛下の戴冠式が終わったら、次はすぐに婚儀だろう。妃たちが入れば、奥の宮の主人としてアンタは確実に忙しくなるンだから、あンまり張りきって体力消耗させるンじゃないよ」

「この程度であれば、大事ない。エルマやそなたは過保護なのだ。たまには動かねば、わたくしは本当にベッドの上で迎えを待つばかりの身となってしまおうぞ」


「またそうやって、自分の身を楯におどかすンだから。まったく、しょうのないひとだねぇ」

「ふふん。わたくしは何にでもハイハイとうなずく、おとなしい貴族娘ではないのだ。なにしろグランベルクの母なのだからな」


「じゃあ頑張りなよ、母さンや。可愛い息子の妻が、もうすぐ一気に三人来るンだ」

「なに、多すぎもせず、少なすぎもしない、ちょうど良い数だ。それに、彼女らとはレイスフォール侯爵夫人の茶会で何度か顔を合わせているが、皆、自分の立場と役割をわきまえた良き娘たちであったよ」


 それに、と王太后はすました顔で続けた。


「何があろうと、わたくしは持病が悪化したら、即座にベッドへ連れ戻されることになっておるからな」


 イザベルは笑った。


「アンタときたら本当に、しょうのないひとだよ」





 ひとしきり雑談を終えると、王太后は先ほどから真っ直ぐに自分を見つめてくる青い目に訊いた。

 エルマたちはひと通りの採寸を終えて確認をしているだけなので、もう話をしてもかまわないだろうと判断したのだ。


「どうした、『剣の聖女』どの。わたくしの顔に何かついておるのか?」


 いいえ、と首を横にふると、レダは止める美和子の声を無視して訊いた。



「へいかのおなまえは、そふぃあさまですか?」



 レダがその名を口にしたとたん、時間が停止したかのように、その場にいた全員がぴたりと動きを止めた。

 いきなり温度が下がったかのような冷気が部屋を支配し、静寂が降りる。


 ぱらり、と王太后は無表情に扇子を開き、口元をおおった。

 そしてそれまでの楽しげな様子から一変した、冷やかな声で命じる。


「皆、下がりや」


 イザベルと二人の侍女は即座に部屋を退出したが、エルマは一歩とどまった。


「陛下、せめて一人は……」


 しかし、その言葉は最後まで言うことさえ許されない。


「下がりや!」


 激しい口調で命じられて、エルマはしぶしぶと、だが足早に部屋を出て扉を閉じる。



 カーテンが引かれたままの薄暗い部屋に、レダと王太后の二人だけが残された。





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