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剣の聖女は覇王と踊る  作者: 縞白
三章 聖女の騎士団
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二話 その理由。警告。新たなる命令。





「なぜわたしが、さきのおうをころしたりゆうになるのですか?」


 老宰相イグザイアが口を開くより先に、レダが訊いた。

 いきなり“第二の理由”として自分をあげられたことよりも、グランベルクが先王を殺した理由に自分を入れていたことが気になったのだ。


 執務机の向こうにゆったりと座ったグランベルクは、問うレダと見守る老宰相へ答えて言った。


「先王があの日の朝、お前に触れたからだ。

 もし俺が他の王子を殺せというあの命令を、王の戯れとして片づけていたなら。レダ、今頃お前は奥の宮へ放り込まれ、王の女のひとりとなっていただろう」


 王命で宮に呼ばれた時から、奥の宮にはお前用の部屋が用意されていたのだと教えられ、レダは驚きに目をみはった。

 そしてただの別れの挨拶だと思っていた先王の行動が、実はグランベルクの思考を見通してのものだったことを、ようやく理解する。


(だからおうはあのとき、あたしにさわったんだ……)


 いまだ十歳程度の未熟な子どもにすぎない自分が、場合によっては“女”としてあつかわれるかもしれないのだということも、王が触れた女は奥の宮という所へ放り込まれる、などということがあるのも知らなかったレダは、思わず笑った。


 なるほど、彼は確かにヴァルスタンの王。

 “望むものを手に入れる方法ならば、生まれる前から知っている”男だったのだと。


 その笑みを何と解釈したのか、グランベルクは鋭い眼差しで警告した。





「今後もお前を『剣の聖女』でなくするものは排除する。

 相手が誰であろうとも」





 心の奥底で美和子はおびえて青ざめたが、それが“必要以上にそばに人を近づけるな”という意味の警告なら、自分に味方はいないという思考で動いているレダには無用のものだ。

 返事をすることもなく聞き流し、レダは執務机の前で黙して座っている老宰相を見た。


 グランベルクはこの老人の存在をまったく気にせず話している様子だが、彼はいったいどこまで知っているのだろうか?



 青い目でじっと見つめられるのに、しばらくして老宰相は重々しく口を開いた。


「貴人の執着は悲劇しか生まぬもの。

 なれど人が人であるかぎり、執着は避けられぬもの。つまり執着があるということは、人たるの証でもある」


 イグザイアは陰鬱(いんうつ)な声で言った。


「陛下がまこと人の子であると知り、(しん)は嬉しゅう存じます」


 グランベルクは軽く笑って見せた。


「まるで俺を人の子ではないと思っていたかのような言いぐさだな」


「陛下は神に選ばれし王の末裔にございますれば、常人とは異なっていて当然。なれど姿形は人そのものであられるがゆえに、凡人は陛下に“人らしいところ”を求めてしまうのです」


「ふむ。お前を凡人だと思ったことはないが、イグザイア。ならば俺の人らしいところを見て安堵したか」


「私人としてはただ喜ばしくありますが、公人としては懸念(けねん)のほうが大きゅうございますな」


 面倒なものだとつぶやくグランベルクから視線を移し、レダを見すえた鷲鼻の小柄な老人は、無愛想な声で言った。


「私はラングレー伯爵、ゴドリック・イグザイア。ヴァルスタン王国宰相の位を預かっておる。

 長らく北の所領を治めるのに専念していたゆえ、中央の話にはうといが。

 『剣の聖女』レダ。

 そなたについては陛下からよくお聞きしている。噂以上のこともな」


 つまり、彼は『剣の聖女』が偽物だと知っているのだ。

 レダは青い目を剣呑(けんのん)に細めて問う。



「こんなことが、いつまでもつづけられるとおもってるの?」



「必要とあらば世界のすべてを(あざむ)こう。

 それができぬというのなら、そなたはいつでも好きな時に表舞台から消えるがいい」



 打てば響くように答える老宰相のしわがれた声は、まるで未来を見てきたかのように確固として鋭く響く。



「その時そなたは死なぬだろうが、おそらく周りのものが多く巻き添えとなって命を落とす。

 王の寵愛を受けるということの意味を理解できるだけの頭と、その重圧に耐えられる心がそなたに備わっておればよいが」



 その言葉がもたらす、無明の闇へ落されたような恐怖に、心の奥底で美和子はおびえた。


 しかしレダには、重いため息をつくこの老人が何を言っているのか、今ひとつわからなかった。

 そもそも、理解しようという気もない。

 ただ自分の質問に答えるその姿勢を見て、“今は動かないようだが、いつか敵になるかもしれない人物”として記憶する。



 一方、二人の対話を執務机の向こうから眺めていたグランベルクは、老宰相と『剣の聖女』が双方沈黙すると、唐突に話題を変えて言った。



「レダ。俺の戴冠式が終わったら、お前にはこの国を巡る旅に出てもらう」


「たび?」


「名目としては盗賊退治だ。アイジスから王都へ来るまでにしてきたように、目についた盗賊どもを片づけてこれば良い。ついでに気に入った者は配下として引き入れておけ。うまく育てば本格的な戦が始まった時、お前の剣か楯になるだろう。

 だが実際の目的は、剣の修練だ。お前の剣の師となる者が、奥の宮で待っている。明日の昼、迎えの者とともに会いに行け」



 心の奥底で話を聞いていた美和子はふと、「この人は何がしたいんだろう?」と疑問に思った。


 レダが必要だと言うなら、誰もそばに寄せ付けるなと命じるくらいなら、旅になど出さず、ずっと彼のもとへ置いておけばいいというのに。

 グランベルクはいつもわずかな時間そばにいるだけで、すぐにレダをどこかへ放り出してしまう。


 遠く離れたところから、いったいどうやって彼を理解せよというのか。



 グランベルクの命令にそんな疑問を持った美和子とは逆に、レダは“剣の師”という言葉に強く興味をひかれた。

 それがグランベルクの用意したものであるということは気に入らなかったが、ずっと心に抱いていた“もっと強くなりたい”という思いに突き動かされて口を開く。


「そのひとは、へいかよりつよいですか?」


 レダの問いを聞いた老宰相は眉間に思わしげなしわを刻んだが、グランベルクはにやりと笑って答えた。


「強い」


 ならば異論はない。

 その剣の師とやらに会いに行こう、と心さだめたレダに、美和子がもうひとつ訊いて欲しいと頼んだ。


「めめりーは、ぶじ?」


 美和子が望むまま訊いたレダに、グランベルクはうなずく。


「無事だ」


 その答えを聞いた美和子は、アイジスを離れてから初めて、深い安堵のため息をついた。





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