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剣の聖女は覇王と踊る  作者: 縞白
三章 聖女の騎士団
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一話 王宮は嵐の時。新王と老宰相の問い。





 白木の棺のなかで、先王は眠るようにまぶたを閉じていた。

 そのかたわらへ、レダはそっと手をのばして白い花を置く。





 惨劇の翌日、“病死”した先王の葬儀は王宮内にある聖堂で朝に行われ、同じ場で昼から略式の新王即位式が開かれた。


 この式でエルゼイン聖教の最高位に立つ教皇から王冠を授けられたことにより、グランベルクはヴァルスタン王国の国王として認められる。

 しかし王の死後一ヶ月は喪に服するという慣習があるため、正式な戴冠式は喪が明けた後に改めて行われる予定だ。


 グランベルクの命令で、先王の葬儀と新王の即位式の両方に列席させられたレダは、一ヶ月後にまた戴冠式へ出なければならないと聞いて面倒くさそうにため息をついた。

 しかしレダと同じように葬儀と即位式へ参列した高位貴族たちの多くは、彼女のように一ヶ月後の式を思う余裕などなかった。



 王の代替わりの時期は、王宮に嵐が訪れる時期。

 そして今代の王となったグランベルクは、多くの人々の予想をはるかに越える大規模な嵐をもたらした。



「王宮の綱紀(こうき)を改める」



 その一言とともに始まったのは、粛正(しゅくせい)の大嵐。


 先の王が国政にほとんど関心を向けなかったために歯止めなく腐敗していた支配階級の悪行を、グランベルクはどんな手を使ったのか、正確に把握していた。

 そして民に重税を課して放蕩(ほうとう)の限りを尽くしていた貴族や、多額の賄賂(わいろ)を受け取って書類をねつ造した官吏、国庫から財宝や物資を盗んで売りさばいていた下級貴族をいっせいに処罰する。


 多くの貴族が投獄されてエルゼイン聖教の司祭たちの裁きを待つ身となり、あるいはそれすらも省かれて王命により即刻処刑された。



 容赦なき漆黒の獅子王は、それと同時に粛正によってできた王宮の空白を埋めようと、若い貴族たちを積極的に迎え入れる。

 その初日、玉座につくなり粛正を行った王を目前にして極度に緊張する彼らへ、グランベルクは言った。



「罪人どもが勝手に重税を課し、あるいは書類をねつ造して私財をたくわえ、その甘い汁を吸おうと不届きな商人どもがのさばっていたこれまでの間、民は多大なる苦難を味わった。


 だが、その悪行もこれまでだ。

 罪を犯したものたちは裁かれた。


 今こそ我らが身の内を流れる血の義務を果たすべき時。

 我が国の民の幸福は、諸君らの肩にかかっている」



 民を正しく統べることを貴族の義務として教え込まれてきた若者たちは、その言葉にふるいたった。


 これまで有力貴族たちが不正を行うのに、見て見ぬふりをしていなければ自分や家族の命が危うかった時代が、ようやく終わったのだ。

 そしてこれからは自分たちが、この強き獅子王とともに民を導いてゆける。



 グランベルクは有能な者を年齢に関係なく取り立てたので、若き貴族たちは努力しただけ報われることに気づくと、日夜を問わず積極的に政務に取り組むようになった。





 ◆×◆×◆×◆





 即位から十日後の、国王執務室。


 磨き込まれた執務机の前に置かれた椅子に座った小柄な老宰相、ゴドリック・イグザイアは、それまでの話がひと段落したところで人払いを命じた。

 部屋の主がうなずくのを見て、文官や近衛騎士が退室して扉を閉じる。


 無愛想な鷲鼻(わしばな)の老宰相は、即位から一ヶ月も経たないうちに“苛烈なる賢王”と呼ばれるようになったグランベルクをじろりと睨んで言った。


「カムデン伯爵とチャンドラー男爵の罪状は軽すぎました。司祭たちが彼らに死罪を言い渡す可能性は限りなく低いでしょう」


 グランベルクは執務机に向かって別件の書類を読みながら、聞き流すように「ふむ」とうなずく。

 老宰相はしわがれた声で続けた。


「彼らは地位も高く、人脈も大きすぎる。生かしておいては後の憂いとなるというのに、司祭が死罪を言い渡せぬのでは別の方法をとるしかありませぬ」


 書類から目を離さないまま、グランベルクが答えた。


「彼らに対する処分が軽すぎるというなら、お前が思う通り別の方法をとればよかろう、イグザイア。

 わざわざ別件を持ち出さずとも、言いたいことがあるなら言え」


 「ならば遠慮なく」と、老宰相はずばり言った。



「先王を殺す時期が早すぎました」



 グランベルクは手にしていた書類を机に置いた。

 紅の目が、まっすぐに老宰相の茶色い目を見る。


 老いた目はひとかけらもひるむことなく若き王を見すえ、しわがれた声は淡々と言葉を続けた。



「侯爵と男爵の件だけではございませぬ。他にも不正の証拠を抑えきれずに処罰から逃れた者は多く、陛下の元へ引き込む予定だった有力貴族も三割ほど間に合わずこぼれ落ちてしまった。

 まったくもって、じつに惜しい……


 先王はもう何年も前から、貴方にご自分を殺させようとなさっていた。奇矯なるふるまいなど、珍しいことではなかった。

 かの(おり)も、陛下が剣をおさめておけば、これまでに幾度もあった先王の戯れのひとつとして片づけられ、時が満ちるまであと数ヶ月ほど待つことができたはず。


 いったい、なにゆえに事を急がれたのです?」



 “あの場は先王の戯れとして片づけることができただろう”と、その場にいなかったイグザイアが言うのに反論はせず、グランベルクは机の端に置かれたベルを鳴らした。

 その音で即座に現れた侍従、乳兄弟のマクシムへひとつ命令を下してから、彼が退室するのを待って老宰相に向き直る。



「まずは先王を殺した時期が早すぎたがゆえの損失、とお前が考えている二点について答えよう。


 一つ目は不正の証拠を抑えきれず、取り逃がした者たち。

 彼らについて、俺は“逃した”のではなく“泳がせている”のだと考えている。証拠を抑えきれなかっただけで、誰が不正を行っていたのかはわかっているのだ。監視を継続し、他にも罪人がおらぬかどうかを調べるためのエサとして使えばよい。


 二つ目は味方として引き込む予定だった有力貴族たち。

 これはさほど問題あるまい。宰相たるお前をはじめ、今後の王宮の中枢となる高位貴族はすでに押さえてあるのだ。他はさして取るに足らぬ。

 あとは無精せず、今王宮にある者の中から使えそうな連中を育ててやれば良いだろう」



「個人の資質うんぬんより、必要なのは有益な人脈を持った人物であると申し上げたいところですが、まあよいでしょう。

 それで、陛下。この時期に即位することを決められた理由についても、教えていただけるのでしょうな?」


「ああ。その理由は二つある。

 一つは東のカルナドの内乱が終結に向かいつつあるという情報が入ったこと。

 お前が予測した通り、結果は反乱軍の敗北だ。反乱軍のリーダーが戦死し、その息子が後を継いだが、ともかく被害が大きすぎた。現体制に対する抵抗勢力としては、反乱軍はほぼ崩壊している」


「ふむ……

 我らが反乱軍を支援していたことを、あちらもとうに掴んでいるはず。カルナドは体勢を整えしだい、何らかの口実をもうけて我が国に宣戦布告をしてくるでしょうな」


「おかげで軍備の増強と国内の治安回復にかけられる時間が、想定よりも少なくなった」


「軍はフォーサイス公爵の管轄。私はほとんど手を出してはおりませぬが、陛下、この人事はよろしかったのですか?

 公爵は陛下の外祖父。若い頃に近衛騎士団の団長を務められる姿を拝見したことはございますが、引退してしばらく経ち、今はもうだいぶお歳のはず。

 まあ私とて、人のことは言えぬ老いぼれの身ではありますが、文官を束ねることと武官を束ねることでは、やはり将軍位を授けられたフォーサイス公爵の方が重労働となりましょう」


「お前とフォーサイス公爵では、違う年の取り方をしたのだろう。案ぜずとも、俺の外祖父はそこらの新兵より元気に軍内を飛び回っている。

 たるんだ若造どもの根性を叩きなおしてやると、たいそう張りきっておいでだった」


「年寄りが気張ると後が怖いものですが……

 私といいフォーサイス公爵といい、まったく、陛下は老人使いの荒いお方ですな」


 老宰相がため息をつくようにそう言ったところで、ノックの音が響いた。


「入れ」


 グランベルクが応えると、マクシムがレダを連れて部屋へ入った。

 そしてすぐ、レダを置いて退室する。


 突然国王の執務室へ呼び出されたレダは、老宰相が目を細めて観察してくるのにはまったく無頓着に、グランベルクへ訊いた。


「なにかごようでしょうか、へいか」


 レダの問いに答えず、グランベルクは老宰相に告げる。



「これがあの時先王を殺した、二つ目の理由だ」





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