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剣の聖女は覇王と踊る  作者: 縞白
二章 黒獅子の戴冠
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十五話 王国の災い。最後の王命。黒獅子の戴冠。





「そこにいる兄弟たちを皆殺し、唯一の王位継承者となれ」


 グランベルクに異常な命令を下した王は、続けて驚きと恐怖に目を見開くほかの息子たちへ言う。


「近衛騎士より剣を借りることを許す。グランベルクに勝った者は、次代の王となれようぞ」


 そして近衛騎士たちには、王子が最後の一人になるまで、誰も謁見の間から出さないよう命じた。



 逃げることを禁じられ、兄弟で殺しあえと命じられた王子たちに、深く考える時間はなかった。

 グランベルクが無言で前に進み出ると、王の放った剣を取ったのだ。


 殺されるかもしれない、という恐怖に耐えきれず、一人の王子が近くにいた騎士に飛びかかって剣を奪った。

 それを見た三人の王子も、つられたようにそれぞれ近くの騎士から剣を取る。


 しかし、血にぬれた抜き身の剣を拾ったグランベルクは、背後でふるえる手に剣をかまえる兄弟たちに、まったくかまわなかった。

 顔をあげ、その紅の目に父王を映して訊ねる。


「なぜ兄弟を殺せとおっしゃるのですか? 陛下」


 場違いなまでに落ち着いた、感情のないその声に、玉座の王はうすく笑って答えた。


「王は一人でよい。同じ血を引く兄弟など、後の災いとなるだけだ」


 グランベルクはうなずく。


「“王国より災いを払え”とのご下命、御意にございます」


 背後で剣をかまえる王子たちは、青ざめた顔でごくりとつばをのむ。


 数秒の沈黙。


 グランベルクが、言った。



「王国において最大の災いを、この手で払ってみせましょう」



 向かう、その先は玉座。


 目にもとまらぬ早さで剣が空を薙ぎ、鳥肌立つような音がして王の首が落ちた。

 その頭からはずれた略式の王冠が床へ転がり、玉座に取り残された頭のない体は鮮血を吹く。


「ひぃ…っ!」


 押し殺せなかった悲鳴があちこちであがり、噴出する血を浴びたグランベルクが振り向くと、ほとんど全員が後ずさるように身を引いた。

 そんな人々に向かって、剣を手にしたまま彼は告げる。


「王は病にて身罷(みまか)られた」


 目の前の青年が何を言っているのか、誰もすぐには理解できなかった。

 今その手によって殺した父王を、まさか本気で病死として片づけるつもりなのか。


「我が言葉に異論あるものは、今この場で前へ進み出よ」


 人々が言葉もなく立ち尽くすなかで、真っ先に我に返った第一王子、アリステア・ロウファードは、近くにいた騎士の剣を奪って叫ぶ。


「父上を殺しておきながら、何をのうのうと!

 お前こそが王国最大にして最悪の災い!

 第一王子たるこの私が、直々に払ってくれようぞ!」


 威勢が良いのは言葉だけだった。

 アリステアはひとりで挑もうとはせず、周りにいる弟たちを「何をしている! さっさと剣をとれ!」とけしかけて巻き込むと、慌てて剣をとった青年たちを連れて六人でグランベルクを取り囲む。


「父上を手にかけた罪人め! 成敗(せいばい)してくれる!」


 さすがに一対六は厳しいかと思われたが、黒獅子の異名をとる王子はやすやすと兄弟たちの剣を受け、正確に急所を狙って一撃で彼らを殺していく。


 その理不尽なまでの強さ、実の兄弟に対する容赦のなさをまざまざと見せつけられた他の王子たちは、悲鳴をあげて謁見の間から逃げようと走り出した。

 しかし扉の前にいた近衛騎士たちに阻まれて逃げることはかなわず、狂ったように剣を振り回して「どけーっ!」と叫んだ王子も、その手から剣を打ち落とされ、取り押さえられた。



「他に、異論のあるものは」



 王と王子たちの骸が転がり、捕らえられた王子が死にたくないと泣きわめくその場で、グランベルクの声は相変わらず冷静だった。


「異論なくば皆に報せよ。王は病にて身罷られ、次代の王に我が名を告げられた」


「お、仰せの通りに……」


 血の気の引いた顔でびくびくとおびえながら、重臣のひとり、宰相たるでっぷりと太った男が答えようとするのを、グランベルクはさえぎった。


「そなたはよい」


 だらだらと冷や汗を流す宰相へ言う。


「王の奇矯(ききょう)なるふるまいに諫言(かんげん)のひとつもできぬ無能が、なにゆえいまだ宰相の地位にある。

 己の不足を恥じ、王の後を追うがいい」


「そんな、殿下! 殿下、どうぞお慈悲を…!!」


 グランベルクは自らの手を汚すことを気にしなかった。

 分厚い肉を何重にもたくわえこんだ小柄な巨漢の宰相の心臓に、ためらいなくその手の剣を突き立てる。

 神経に爪をたてるような断末魔の悲鳴がこだまし、宰相の巨体が床へ沈んだ。





 わずかな時間で起きた惨劇に、生き残ったものたちは息をすることも難しく、倒れそうな顔でグランベルクの様子をうかがった。

 今や完全にこの場を支配したグランベルクは、しかし彼らには何も言わず、ふらりと壁際を離れて自分の方へと歩いてきたレダに訊く。


「レダ。そんなものを持って、どこへ行く」


 グランベルクのそばを通り過ぎ、王子たちの骸の間を歩いていったレダが手をのばして拾いあげたのは、王の首。

 血にぬれるのにかまわず、レダは心の奥底にすべてを目にして呆然とする美和子を、その細い腕には王の生首を抱いて答えた。


「せいどうへ、おつれします。もうすぐ、れいはいのじかんですから」


 目の前で人が殺されるのを見て悲鳴ひとつあげず、首を拾うその手はふるえておらず。


 それを見た時、ああ、この娘はまさしくこの王子の従者であるのだと、謁見の間にいたものすべてが理解した。



 (あるじ)は人々の反応には無頓着に、レダの言葉へ「そうか」とうなずき、二人の騎士の名を呼ぶ。


「ダリル・ボールドウィン、フレイザー・カーティス。

 レダを警護せよ」


 名を呼ばれた二人は一瞬の迷いもなくグランベルクの言葉に応じ、謁見の間を出て行くレダの後ろへ付き従う。

 それを見た生き残りの重臣たちは、第十三王子をあなどりすぎていたことを痛感した。

 いったい、いつの間にそこまで成長していたというのか。


 “病死”した王の首をレダが持ち去ることを許し、彼女を警護させる騎士の名を迷わず呼び、彼らを即座に応じさせることが可能なほど。



 王宮はすでに、この男の手の内へ落ちている。



 レダの姿が見えなくなると、グランベルクは床に転がっていた略式の王冠を拾い、帽子をあつかうような気軽さで自分の頭へのせた。

 誰に言うともなく、つぶやく。



「ふむ。思っていたより、重いものだな」





 それが黒獅子の戴冠だった。





二章、終。

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