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剣の聖女は覇王と踊る  作者: 縞白
二章 黒獅子の戴冠
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十話 王と少女。奇妙な命令。ともに残る。





 第一王子が来てしばらく後、グランベルクも部屋に現れた。

 彼は壁際にひっそりと立つレダをほんの一瞬、紅い目に映し、あとは何事もなかったかのように自分の席へつく。


 その姿を追うレダの目に、晩餐の席に集った王子や高位貴族たちの中で、グランベルクはひとり浮いているように見えた。


 毛並みの良い猫や、着飾った狐や狸たちの群れに、なにくわぬ顔をして獅子がまぎれこんでいるかのようだ。

 猫や狸たちは時々、静かすぎる獅子の様子をちらりと見ては、落ち着かなげに身じろぎしている。



 居心地の悪いその沈黙は、国王が現れると、今度は鳥肌立つようなぴりぴりとした緊張感に代わった。



 四十代半ばと思しき王は、重たい足音を響かせて晩餐の間に現れると、頭を垂れる王子や臣下たちを見渡し、ふと壁際に目をとめた。


 彼と視線を合わせることを怖れるかのように、誰も顔を上げようとしないその場で、あさく頭を垂れただけのレダはすぐに身を起こし、冬の森を思わせる深い緑の目を見つめ返す。


 王は白に近い金髪と緑の目をした、美しい男だった。

 第一王子が賢く、したたかに歳を経ればこういう男になるのだろうと思うほど、よく似ている。


(レダ、不敬に当たる。あまり王を見ないで、目を伏せて)


 急いで注意する美和子にかまわず、レダは視線をそらさなかった。


 アリステアには何の興味も覚えなかったのに、なぜか王には強く視線を引き寄せられる。

 何の表情もない、冷たくにごった緑の目。

 その目で人としてではなく、物を見るように己を観察されるのに、不思議と恐怖を感じないのは「似ている」と思ったからだ。



(このひとは、あたしとおなじ)



 玉座につき、民を統べてはいても味方はいない。

 誰のことも信用せず、誰のことも必要とせず。

 相手が無害なものであればかまわないが、敵と見定めれば容赦はしない。


 そして、レダがグランベルクという檻の中で、『剣の聖女』という鎖につながれているように。

 彼はヴァルスタン王国という檻の中で、国王という鎖につながれている。



 ほんのわずかな時間で、共鳴するようにそれを感じ取ったレダは、かすかに小首をかしげ、声には出さず問いかけた。


(どうしてそんなところにいるの?)


 あなたには力がある。

 それなのに、なぜそんなところで囚われているのかと。


 王がその問いを受け取ったのかどうか、何の表情もない冷やかな顔からはわからなかった。

 ただ周囲がすこしばかり違和感を持つ程度に長い間、レダの青い目を眺め、修道女にすぎない彼女が国王たる自分へ、不敬なほどまっすぐに見つめてくるのを(とが)めはせず。


 しばらく後、何事もなかったかのように他へと視線を移して、口を開いた。


「新しき年の巡りに、祝いを」


 低い声が、重厚な威圧感をふくんで響く。



 そうして、新年の祝いを締めくくる晩餐が始まった。





 ◆×◆×◆×◆





 美和子が想像しただけで緊張して倒れそうになった聖典の朗読は、何事もなく終わった。

 レダは聖典を暗記してはいなかったが、心の奥底で言葉をつむぐ美和子と唇の動きを同調させることで、何度となく繰り返して体に覚え込まされたそれは、ごく自然に声になった。


 朗読の出来栄えとしては、可もなく不可もなく。

 王宮付きの司祭は不満げだったが、さすがにそれを表にすることはなく、晩餐は無事終わり。


 しかし、レダは修道院へ戻ることを許されず、そのまま王宮にとどめられた。


「朝夕の礼拝に、レダを付き添わせると?」


 王宮付きの司祭が奇妙な王命を伝えるのに、晩餐の後、ようやくレダのそばへ戻されたコーデリアが片眉を上げて訊き返した。


「そのためにレダを王宮にとどめるとおっしゃるのですか」

「そうです」


 司祭たちは不機嫌で、まったく歓迎していなかったし、ファリー司祭とコーデリアも予想外のことに戸惑っていた。


 とはいえ、王命である。

 従う他に選択肢などなく、ファリー司祭と別れたレダは王宮内に与えられた客室へ、彼女に付き添うことを強く主張したコーデリアとともに案内された。


(あと、おねがい)


 同じ部屋で休むことになったこの年上の修道女が苦手なレダは、そう言って心の奥底へ沈む。

 交代して体を任された美和子は、困惑した口調で訊いた。


「コーデリア。なぜ残ったのですか?」


 ファリー司祭とともに修道院へ帰ることもできたのだ。

 素直に帰っておいた方が、王命で宮に引きとめられる『剣の聖女』などという厄介なもののそばに残るより、コーデリアにとってはるかに安全だったというのに。


 しかし、残ってレダに付き添うことを望んだコーデリアは、常と変らず冷静な態度で答えた。


「わたくしはファリー司祭さまから、あなたが一人前の修道女となるための手助けをするよう頼まれ、引き受けました。ですからわたくしには、あなたが一人前の修道女となるまで導く義務があるのです」


 そんな義務より身の安全の方が大事だ、と思ってわずかに顔をしかめた教え子の思考を、教育係は瞬く間に見抜いた。


「案ぜずとも、現在の状況は正確に理解しています。

 理解した上でここにいることを選びました。

 これはわたくしの選択。あなたが気にする必要はありません」


 レダが自分の身を心配していることも察してか、いつもならそれ以上は言わず突き放すのに、コーデリアは珍しく言葉を続けた。


「わたくしはエルゼイン信徒です。自分の身は自分で守りますし、わたくしの心は神がお守りくださいます。

 何も問題はありません」


 ひとりの修道女の、飾り気のない言葉だった。

 けれどそれを聞いた美和子は、驚きに息をのむ。


 コーデリアの信仰のあり方に、目からうろこが落ちたような気がした。



 彼女は神に願わず、求めず、頼らない。


 けれど神とともにあり、その強靭な信仰を心にまとうことで、よりいっそう強くなっている。



 これまで宗教や信仰というものを深く考えたことのなかった美和子は、安易にこの世界の神へ「助けてください」と願い、すがっていた過去の自分を恥じた。

 そして同じ女性でありながら、はるかに心強く生きている目の前の人の姿に見惚れた。



 『剣の聖女』たる修道女として、自分が目指すべきは彼女だ。



 初めてコーデリアを真正面から師として見た。

 自然と頭が下がり、美和子は彼女に巡り合えた幸運に、彼女がともに残ってくれたその意志に心から感謝した。


 握りしめた手のひらに爪を食いこませ、巻き込んでしまったことへの謝罪を、正直に伝えられないことにもがき苦しみながら。


「ありがとうございます、コーデリア」


 学ばなければと強く思った。

 この師がそばにいる間に、その在り方を少しでも多く学びたい。


 そして一刻も早く、彼女から離れなければ。



 一方、心の中で静かに決意した教え子が深々と頭を下げて動かないので、コーデリアは戸惑った。

 けれどすぐに常の冷静さを取り戻して答える。


「感謝はあなたが一人前の修道女となった時に受け取ります」


 だから早く顔をあげなさいと、いつもよりすこしだけ優しい声でうながした。





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