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剣の聖女は覇王と踊る  作者: 縞白
二章 黒獅子の戴冠
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六話 旅立ち。思わぬ再会。できることなら。





 メメリーの失踪は、どこからか鞘を得た『剣の聖女』レダの、王都への旅立ちという騒ぎにかき消された。

 銀の髪の少女を知る孤児院の人々は皆心配したが、いきなりのことで何の手がかりもなく、大規模に探すだけの人手もない。


「メメリーはきっと大丈夫です。あの子は、強い子だから」


 自分に言い聞かせるように言うレダに、不安に思いながらも人々はうなずき、手が空いた時に探すことを約束して、彼女の見送りに出た。


「あなたの旅路に神の祝福がありますように」

「みなさまのもとにも、神の御加護がありますように」


 クリフトン司祭と挨拶をかわし、レダは四年暮らしたアイジスの街を発った。


 ともに旅行くのはウェルズ侯爵配下の騎士たちと、レダについて行きたいというウォルター助祭、修道士セイラン。

 そして王都や途中で立ち寄る街へ行きたいという人が数名。


 けっこうな大所帯となって、北へ向かう。





 アイジスは望んで来たところではなかった。

 出たくとも出られず、逃げるたびに連れ戻された街だった。


 けれどその街に住む人々のことは、決して嫌いではなかった。





 がらがらと車輪を回して進む馬車の中。

 遠ざかる街を一度だけ振りかえり、布にくるんだ黄金の剣を抱いたレダは、ちいさくつぶやいた。


「お世話になりました。ありがとうございます」


 きっともう、戻ることはない。


「さようなら。どうかみんな、元気で…」





 ◆×◆×◆×◆





 王都までの旅路は平安なものではなかった。

 何度も魔獣や盗賊に襲われ、下男が二人死んだ。


 レダは襲われるたびに黄金の剣を抜いて戦ったが、剣が完全に守ってくれるのは主の身ひとつ。

 大勢でこられては、すべての人を守ることなどできはしない。


 それでも彼女達は騎士のいる一行だったので、被害は少ない方だった。

 ただし、相手が手ごわいことを承知で襲ってくる盗賊たちは、最初から皆殺しにする気でくるものばかりだったので、降伏するよう呼び掛ける声などなく、戦いは常に何の前触れもなしに始まったが。



「レダさま、なりません!」


 止める声を背後に聞きながら、この日もいきなり襲いかかってきた盗賊と戦い、レダは黄金の剣を手に走っていた。


 近くの林から矢を射かけてくる者が数名いたため、それを仕留めようと思ったのだ。

 ひとりで馬車から離れるなと言われていたが、“神剣”イーリスに守られたレダを殺せるものなど、そうそういない。


 それよりも射手が厄介だ。

 思って、心の奥底でおびえてふるえている美和子にもすっかり慣れたレダは、淡々と己の仕事をこなした。


 林の中、身軽に跳んであがった枝の上で四人の射手を次々と屠り、見晴らしの良いそこから馬車の周りの盗賊を騎士たちが片づけるのを見て、地面へ降りる。


 そして馬車へ戻ろうとした時、ふと、自分を見つめる視線に気づいた。

 それが誰からの視線なのか、レダには不思議とすぐわかった。



「がろん」



 返事はない。

 黄金の剣を鞘へおさめ、レダは小首を傾げてもう一度呼んだ。


「がろん?」


 しばらくして、鬼瓦のような顔のずんぐりした男が、足音もなく木立の奥に現れた。


 その姿は魔獣並みにおそろしげで、普通の少女であれば悲鳴をあげて逃げただろうが、レダは彼を知っている。

 むしろ微笑みさえ浮かべて、この思わぬ再会を喜びながら声をかけた。


「ひさしぶりだね、がろん。こんなところで、どうしたの?」


 人から嫌われ、人を拒んで街を捨てた彼を見て、笑顔を浮かべるものなど誰もいない。

 だからこそ、そんな笑顔を見せるレダの置かれた境遇が、彼女がその手で成すことが、彼には理解できず、納得もできなかった。


 むっつりとした怖い顔で、ガロンは不機嫌そうに言った。


「お前はいつも、皆殺しだな」

「なんだ、ずっとみてたの?」


 レダは「ひまなひとだね」と笑った。

 けれど、その青い目から笑みは消えていた。


「こいつらも、あたしたちをみなごろしにするつもりできてる。それを、ゆるしてのばなしにしろっていうの?」

「そういう意味じゃねぇ」


 ガロンは首を横に振った。

 そして、けわしい口調で続けた。


「レダ、もうやめろ。そいつらを殺したのはお前だが、それはお前の力じゃねぇだろう。全部、その剣の力だ」



 一瞬、森の中で何もできず魔獣に食い殺されそうになった時へ、引き戻されたような気がした。



 あの時から、レダは何も変わってはいない。

 ただその手に、黄金の剣(イーリス)があるだけ。


 ただ、それだけ。


「うん」


 レダは腹の中に苛立ちを抱きながらうなずいた。



(あたしは、よわい)



 どうすれば強くなれるのかも、まるでわからない。

 けれど襲ってこられれば黄金の剣を抜いて戦わなければならず、それによって『剣の聖女』の強さだけが周りの人々の記憶に残されていく。


 そんなレダに剣技を教えようとしてくれる人など、今の一行の中にはいなかった。

 彼女も敵か味方か知れない騎士達に、教えてくれと頼むことはなかった。


 そうして今も、弱いまま。



 ガロンはそれでも戦うことをやめようとしないレダに、言った。


「わかってるんなら、そんなもん捨てろ。殺すヤツは殺される。そんな剣いつまでも振り回してたら、お前もいずれ誰かに殺されるぞ」


「だれもころしてなくても、ころされるひとはいっぱいいる。あたしはうんがいい。あたしをころそうとするやつを、ぎゃくにころしてやるちからがあるんだから」


 答える声はまだ幼いのに、その言葉は(から)く、迷いない。

 それを聞くガロンは、黒と銀の混じったもじゃもじゃ髪の向こうで、緑の目を悲しげにくもらせた。


「子どもが人なんぞ殺すもんじゃねぇ」

「おとなだったらいいの?」


 素朴な疑問は岩のような男を黙らせる。

 レダは淡々と言った。


「こどももおとなも、かんけいない。つよいひとがいきのこる。ただ、それだけ」


 長い沈黙の後。

 低い声が、ほとんど聞こえないほどちいさくつぶやいた。


「それじゃあただの獣だ。俺はお前にそんなことをさせるために、助けたんじゃねぇ……」


 レダはにっこりと笑った。


「あたしはかんしゃしてるよ、がろん。たすけてくれて、ありがとう」


 皮肉ではなかった。

 彼女の心からの、真剣な言葉だった。


 それを感じ取って、ガロンは深いため息とともに背を向けた。


「お前はまだ、檻の中で鎖につながれてんのか……?」


 レダは何も言わなかった。

 それが答えだった。


 ガロンは背を向けたままつぶやくように告げた。


「逃げたくなったら森へ入れ。もうしばらく、見ていてやる」


 木立の奥へ消えるずんぐりとした後ろ姿を、なんという律儀なひとだろうと、レダは苦笑気味に見送った。

 その青い目は、どこか寂しげだった。



 彼と逃げても先がない。

 最悪の場合、ガロンは殺され、レダも殺されるか、連れ戻される。

 それがわかっているから、レダは逃げたりしない。


 でも。



(レダ。できることなら、彼と逃げたいのね……)



 心の奥底で、ひっそりと美和子がつぶやいた。

 みょうに優しいあの奇妙な男を、レダは初めて会った時から、なぜか信じている。


 誰も頼ったことのないレダが、初めて助けを求め、そして助けられたからだろうか。


 けれど、だからこそ。

 メメリーのように巻き込むわけにはいかない。



(あたしはにげない)



 短く答え、レダは林を出て馬車へ戻った。





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