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剣の聖女は覇王と踊る  作者: 縞白
二章 黒獅子の戴冠
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五話 選んだ道。祭壇の前。それは祈りではなく。





「俺と来い、メメリー。今この手をとるのなら、レダとともに行くための力を与えてやる」



 告げられた言葉は、誰もが寝静まった真夜中の孤児院に響き、消えた。


 レダとメメリーは何も言わなかった。

 目の前の男がどういうつもりでそんなことを言うのか、わけがわからなかった。


 ただひとり。

 美和子が叫んだ。


「だめ!」


 無我夢中で体の主導権をレダから奪い、美和子は必死に呼んだ。


「行っちゃだめ! メメリー、こっちへきて!」


 メメリーの足がレダの方に向かってふらりと動くと、グランベルクが言った。


「いいのか? メメリー。俺が与える機会は今一度だけだ」


「その人の言うことは聞かないで! お願い、メメリー!」


 メメリーは懇願する声を聞きながら、慕うその人の顔を見ようとはしなかった。

 迷いに揺れる青い目は、グランベルクが差し出す手を映している。



 ここ最近、レダはずっとメメリーを見てくれなかったから。

 レダはずっと、「あなたを連れては行けないの」と言い続けていたから。



 幼い声で、ぽつりと訊いた。



「めめりー、れだと、いっしょ…?」


「ああ」



 当たり前のようにうなずいた青年のもとへ、メメリーはゆっくりと一歩、踏み出した。

 瞬間。



「やめて! その子を巻き込まないで!」



 悲鳴じみた声で叫ぶのと同時に、場の緊張感にとらわれていた体がようやく動いた。

 グランベルクのところへ行こうとするメメリーを引きとめようと、前のめりに走りだす。


 その途中。


 がくんと、細い体は唐突に意識を失って崩れ落ちた。

 けれど冷たい床へ倒れこむ前に、黒装束の男の太い腕によって受け止められる。


 どこからともなく現れた灰色の仮面に黒装束の男が、レダの首に手刀を入れて気絶させ、捕まえたのだ。


「れだ!」


 メメリーは慌てて走り寄ろうとしたが、その男はとくに何をすることもなく、無言でレダをベッドへ戻した。

 そしてきちんと毛布をかけてやってから、グランベルクに一礼して姿を消す。


 銀の髪の少女は何が起きたのかさっぱり理解できなかったが、レダがベッドにいて、息をしているのを確かめるとほっとした。


「行くぞ」


 低い声が言うのに、メメリーはレダの頬に指を伸ばして、そっとなでた。

 そして後ろ髪をひかれながら背を向け、先を行く彼を追いかけていった。





 昼間とは別世界のような、夜の静寂に沈む孤児院の廊下を歩きながら、グランベルクがメメリーに訊いた。


「なぜ誰も目を覚まさないのか、不思議か?」


 こくりとうなずく少女に、あっさり教える。


「眠り薬を食事に混ぜたからだ。そして、お前とレダにだけ解毒薬を与えた。何に混じっていたかわかるか?」


 ふるふると首を横に振ると、グランベルクはうすく笑った。


「薬は便利だ。たやすく人が踊る。お前も扱い方を覚えるといい」


 メメリーはまた、こくりとうなずいた。

 そしてグランベルクに連れられて、アイジスの教会から去った。





 ◆×◆×◆×◆





 まだ薄暗い早朝、目が覚めた。


 レダは近くにグランベルクがいないのを見てとると、興味を失って心の奥底に沈んだまま瞼を閉じた。

 一方、体の主導権をとった美和子は転げ落ちるような勢いで床に飛び降りて、メメリーのベッドへ行った。


 当然のように、そこには誰もおらず、震える手で触れた毛布は冷えきっていた。


 悪夢のような現実に、いてもたってもいられず叫ぶ。


「イーリス!」


 虚空を切り裂いて黄金の光が(ひらめ)き、細い指がその中から剣をつかみとった。


 黄金の鞘へおさまった、一振りの剣を。


「ああ……!」


 やはり夢ではなかった。

 ただの悪夢ではなかった。



 グランベルクが来て、剣の鞘と名を与え、メメリーを連れて行った。



 青い目からほろりと、ひとつぶの涙がこぼれ落ちた。

 けれど細い手でそれをぬぐうと、それ以上の絶望にとらわれることなく黄金の剣を抱いて立ちあがった。


 静まり返った孤児院の大部屋から出て、クリフトン司祭のもとへ行こうと歩きだす。


(もうわたしだけの問題じゃない。メメリーをこんなふうに巻き込んだ以上、誰かに事情を話して、なんとかして助けないと……!)


 その声を聞いて、心の奥底でレダがふと笑った。


(ばかだな、みわこ。だれにもたすけられやしない。

 そんなちからがあるなら、このまちはおそわれたりしてない。

 それどころか、あのおとこがあたしたちをつかってなにをしようとしてるのか、はなしたら、あいてがころされるかもしれないよ)


(でも! でも、何か……!)


 冷静に考えることなどとてもできない美和子は言い返したが、レダの言葉にぎくりとして足を止めた。


 自分が話をしたせいでクリフトン司祭が殺されたら、どうしよう。


 廊下で立ち止まり、そのまま動けなくなった。

 グランベルクはそこまでするだろうかと疑問に思いながらも、他人の命を賭けることなど美和子にはできない。


(わたしはまた、なにもできないの……?)


 つぶやく声に、どうでもよさそうな口調でレダが言う。


(みわこは、へんなことかんがえる。

 このからだで、なんでもできるわけない。

 でも、なんでそれがすぐ、“なにもできない”になるんだ?)


 言葉に詰まった美和子のかわりに、自分で答えを見つけて「ああ」とつぶやく。


(そうか。よくばりなんだ。

 みわこはたくさんほしいから、もっといろいろやりたくて、でもぜんぶはできなくて、“なにもできない”になるんだ)


 「ばかだな」と笑われて、美和子は呆然と立ち尽くす。


(わたし、よくばり……?)


(あたしは、じぶんがいきてれば、いい。

 じゆうであれば、もっといい。

 だから、あたしたちをつかまえてるあのおとこを、ころす)


 レダはシンプルだ。

 けれど美和子は、そんなふうには考えられなかった。


 メメリーを取り戻したいし、クリフトン司祭に迷惑はかけたくないし、もちろん自分の身も守りたい。

 そしてもう、誰も失いたくない。


 でもそれだけのことが、この世界では欲張りなのだ。


(わたしはまだ、この世界のことを何もわかってない……)


 「またへんなことかんがえてるな」と笑って、レダが言った。


(きょうときのうと、なにもかわったことはないよ、みわこ。

 あたしたちは、あいつのところへいくんだ。

 みわこがこまったら、あたしがかわる。

 めめりーも、できそうならとりかえしてやればいい)


 あの男から命以外にも奪いたいものができたのは、レダにとって望むところだったのかもしれない。

 好戦的に言われるのに、美和子は何と返すこともできず、ふらふらと聖堂へ歩いて行った。


 祭壇へ黄金の剣を置き、数歩下がってひざまずく。



 それは神へ祈りを捧げる時の姿勢。

 けれどその心にあるのは祈りではなく、つめたい思考だった。



 わたしは何も望んじゃいけない。

 そう決めたはずなのに、欲張りと言われるほど望んでる。


 こんなんじゃだめだ。


 レダの望む通りに。

 レダの望みが叶えられるように動かないと。

 もっともっと、考えないと……



 人を殺すためにどうすればいいかを考えることになるとは、美和子は想像したこともなかった。

 そのせいか、現実感はとぼしい。


 けれど元の世界で十七年を生き、この世界で四年を生きてきた美和子には、幸か不幸か考える力だけはあった。


(レダ。グランベルクを殺すのに、黄金の剣(イーリス)は使えない。そしてただ殺すだけでは、彼の配下かエルゼイン聖教の人に捕まって、処刑される。

 彼を殺して生き残りたいのなら、準備と機会が必要になる)


 計算式を入力されたコンピュータが過程と結果を表示するように、美和子は考えつくことを伝えた。

 レダはどこまでも冷静に応じる。


(わかってる。いまのあたしじゃ、あいつをころせない。

 それに、あいつをころしても、すぐにあたしがほかのだれかにころされるんじゃ、いみがない。

 でも、だいじょうぶ。あたしはいそがない。あせらない)


 そして。



(にげない)



 美和子は血の気の引いた青白い顔で、うなずいた。



(あなたの言う通り、今日も昨日と変わらない。

 わたし達は『剣の聖女』として、二十二番目の御子のもとへいこう。

 そしてそこで、彼について知り、生きのびるための方法を探そう。

 できることなら、メメリーを取り戻す方法も…)







 早朝の聖堂。


 祭壇の前で、まばゆい朝陽をあびてひざまずく『剣の聖女』を見た老人がいた。


 アイジス襲撃の際、聖堂へ逃れてレダに守られた彼は、祭壇の前でひざまずいて微動だにしないそのちいさな背中を見て、改めて「まだ幼いのに、なんと敬虔(けいけん)なお方だろう」と心うたれた。

 そして彼女の祈りを邪魔すまいと聖堂へは入らず、外でひざまずいて神へ祈った。



 至高なる神、エルゼイン。

 どうか、どうか我らが聖女を守りたまえ……



 彼は無言で立ち去り、レダがその祈りに気づくことはなかった。





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