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剣の聖女は覇王と踊る  作者: 縞白
二章 黒獅子の戴冠
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一話 さまよう心。揺らがぬ望み。解放の言葉。





 ロイドとミシェルを見つけた日の夜。

 彼らの最期の姿が瞼の裏に焼きついて離れず、ベッドに入っても眠れなかった美和子は、ずっと考えていた。


(わたしという記憶は、なぜ目覚めたんだろう。

 いったい何のために、目覚めたんだろう……?)


 それは正しい答えのない問いだった。

 至高神エルゼインがこの世界に本当に存在するなら、あるいは答えを与えてくれるかもしれないが、偽りの“聖女”が今もこうして何事もなく生きていることを考えると、それはとてもではないが答えを求められる相手ではないだろうと思われた。


 思考はさまよい、美和子は自分と、もう一人の自分であるレダをくらべた。


(わたしは本当に何もできない。

 やれることといったら、掃除に洗濯、食事の準備と後かたづけくらい。

 食事の準備は野菜のしたごしらえなら慣れているけれど、首のない鳥の羽根をむしるよう言われると、いまだに手が震えて吐きそうになって、うまくできずに他の人にかわってもらっている…)


 どう考えても元の世界にいた時と同じで、あまり誰の役にも立てていなかった。

 けれどレダは。


(まだちいさいのに、レダにはとても勇気がある)


 刃を怖がって身をすくませた美和子とは違い、みずから望んで黄金の剣を手にしたのはレダだった。

 真夜中の孤児院に現れたグランベルクにおびえ、混乱して逃げ出して、魔獣の棲む森に入りこんで現実から逃げた美和子と代わり、ひどい傷の痛みに耐えて身を守ったのはレダだった。

 偽りとはいえ『剣の聖女』としてあの黄金の剣をとり、皆を守ったのはレダだった。


(わたしは何も、なにもできなかった)


 己を否定する言葉ばかりが頭の中で渦巻き、その嵐の中に飲み込まれた美和子はしだいに混乱していった。


(わたしが存在している理由はなんだろう?

 レダが疲れている時に、体をまもる留守番の役なのかな。

 それくらいしか、できないのかな……)


 もう何をして生きていけばいいのか、わからなくなっていた。

 それなのに己の成したことでない出来事によって「『剣の聖女』さま」と敬われることが、息苦しくてたまらなかった。


 美和子は心の奥底で眠る、もうひとりの自分に問うた。


(レダ。あなたはこれから、どうしたい?)


 獣のようにうずくまったレダは、うっすらと瞼を開いて静かな口調で答えた。



(あたしはあいつをころす。

 あのおとこをころして、じゆうになる)



 背筋が凍るようなその答えが示すのが誰のことなのか、名前を出されずともわかった。


 グランベルク・ウォーシャーフ。


 彼の狙いは今回のアイジス襲撃の際に起きた出来事によって、ひとつだけはっきりした。

 レダを偽物の『剣の聖女』に仕立てあげ、「世界を掌握する」のに有益な駒にしようとしたのだろう。


 それは同時に彼が言った“解放の言葉”の意味を教えてくれる。

 おそらくは彼が「王国に生まれた二十二番目の御子」。


 その狙いも、目的から推測できる。

 たぶん“神に剣を与えられた『剣の聖女』”を自分に仕えさせることで、エルゼイン聖教を、あるいはその信者達をとりこむつもりなのだ。



 青い目がうるみ、うっすらとまた涙が浮かんだ。



 そんなことのために、わざとこの街が危機に陥るよう、孤児院の子ども達が死にさらされるよう、仕組んだのだろうか?

 この襲撃がグランベルクの予定通りのものだというなら、ロイドとミシェルが死んだのは彼のせいなのだろうか?



 人を殺すなんて、いけないことだ。


 前に生きていた世界でなら、当然のように受け入れられただろうその一言が、今の美和子には言えなかった。

 自信を失い、グランベルクに対する疑心暗鬼にとりつかれた美和子は、レダが彼を殺したいと望むのを止められなかった。


 そして己の存在価値を見いだせず、ただレダのためにこの体を守ることが唯一の役目なのだとしか、思えなくなっていた。



 それならばもう、わたしは何も言ってはいけない。

 何も、望んではいけない。



 美和子はまばたいて涙を払い、心の奥底からじっと自分を見つめる少女へ言った。


(すべて、あなたの望む通りに……)





 翌日。


 ロイドとミシェルの葬儀が行われた後、レダは聖堂で長い祈りを捧げた。


 その心の内に神はいない。

 これから成すべきことを思いながら、ただ、背後に人が集まる時を待つ。


 『剣の聖女』が神剣の前で一心に祈りを捧げる姿に惹かれ、人々は自然と足を止めた。

 そうして頃合いを見計らったレダが振り向いた時、そこには驚くほど多くの人がいた。


 レダが慕われているという以上に、誰もが皆、出口のない暗闇のようなこの世界で、救いを求めているのだ。


 けれどそれがわかっても、どうすることもできない。


 自分は誰も救えないのだと、わかっている。

 何もできないのだと、わかっている。


 彼らの注目の的となっても、だから彼女にはかけらの動揺もなく。

 その細い体はりんとして黄金の剣を背にたたずみ、迷いのない高音の声はよく響いた。


「神託を授かりました」


 誰も何も言わず、目を見開いて息をのみ、続きを待った。

 静まり返った聖堂で、眠るレダを心の奥底に抱き、美和子は記憶に刻み込まれた“解放の言葉”を告げる。





「わたしは王国に生まれた二十二番目の御子のもとへ、お仕えに参ります」





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