十一話 探して。どうか、どうか。見つけて。
アイジスの被害は甚大だった。
魔獣と呼ばれるおそろしい存在が跋扈する世界で、何よりも外壁が崩されたことが大きかった。
しばらくは軍が駐留し、外壁の修復と周辺の見回りのすることとなり、人々の生活の再建は後回しにされた。
死臭の漂う殺伐とした街の中で、人々は自然と教会に集まり、聖堂で天から降ってきた剣をとって皆を守ったレダを、神に選ばれた『剣の聖女』と呼んで慕った。
黄金の剣は、レダの手によって祭壇に捧げ置かれた。
心の奥底で眠るレダの代わりに人々からの賛辞を受け、美和子は泣きそうなるのを必死でこらえて笑顔で応じた。
この剣は得体の知れない少年に与えられたものだと、神から遣わされたものではないのだと、彼女にはどうしても言えなかった。
暗い、暗い街の中、ただひとり、レダだけが彼らの光だったから。
常に鋭い視線を向けてくる二人の騎士の存在におびえながら、ケガをした人の手当てを手伝い、食事の準備を手伝い、死者の埋葬に立ち合って祈りを捧げた。
人々はレダが祈る姿を見ると、心慰められるようだった。
レダは絶え間なく浴びせられる試すような視線や、すがるような眼差しにだんだんと疲れていきながら、そばを離れようとしないメメリーを連れて奔走した。
助祭と修道士が話す声を聞くまでは、だから彼らのことは意識になかった。
「ロイドもミシェルも、どこへいってしまったんだ……」
びくりとして立ち止まり、「ロイドとミシェルがいないんですか?」と訊いたレダに、助祭は戸惑った視線を向けた。
レダを『剣の聖女』と呼んで崇める人々の他に、彼のように彼女をどう扱うべきか迷っている人も多かったので、それについては何も言わず、もう一度訊ねた。
「ロイドとミシェルがどこにいるか、わからないんですか?」
「……ああ、そうなんだ。教会が襲われた時、ミシェルがみんなとは違う方へ逃げてしまって、ロイドが追いかけたんだが」
襲われている最中で、教会を放って二人の子どもの後を追うわけにもいかず、彼らの行方はそれきりわからなくなったという。
レダはいてもたってもいられず、教会を出て、ロイドとミシェルを探した。
ミシェルはともかく、ロイドは賢い少年だ。
きっと生きのびて、どこかに隠れているに違いない。
あるいは二人ともケガをして、動けないでいるのかもしれない。
探さなければ。
生きて歩いているわたしが、探さなければ。
服のすそをつかんで離れないメメリーを連れて、レダは家々をまわり、火葬場を訪れ、生きている人々も死んでいる人々も、そのすべての顔を見て回った。
生きている人の顔を見る時は「どうか彼らでありますように」と祈り、死んでいる人の顔を見る時は「彼らではありませんように」と祈った。
そう祈ることに罪悪感をおぼえる余裕などなかった。
一日目は見つからず。
二日目は葬儀の立ち合いを懇願され、他にもいろいろなことを頼まれてどうにも動けず。
三日目にようやく、レダは二人を見つけた。
「ロイド……、ミシェル……」
どれだけ必死に逃げたのだろう。
裏路地の奥のそのまた奥で、折り重なって倒れているちいさな骸が二つあった。
ひとつは、背中に深々と刃物で突き刺された傷のある、薄い茶色の髪の少年のもの。
もうひとつは、彼の腕に抱きしめられた、キャラメル色のふわふわした髪の少女のもの。
守ろうとした少年の体ごと刺し貫かれたのだろう。
血だまりに沈むロイドにしっかりと抱かれたまま、ミシェルもすでに息絶えていた。
へなへなと崩れ落ちるようにして座り込み、レダはぼんやりと二人の名を呼んだ。
「ロイド」
親のいない子ども達の面倒をよくみてくれる、ちょっとぶっきらぼうだけど優しい兄だった。
時折おかしな行動をとるレダを心配して、時間の許すかぎりそばについていてくれたこともあった。
「ミシェル」
不器用で要領が悪く、何かとよく失敗する困った妹だった。
けれど無邪気で素直で、優しい彼女のことをみんなが好きだった。
夏の太陽が動かない二人を白々と照らし、乾いた風が吹き抜ける。
黄金の髪をその風に揺らされながら、レダの感覚からは周囲のすべてが抜け落ちていた。
何度名を呼んでも、もう答えてはくれない二人の変わり果てた姿だけが、青いその目に焼き付いている。
「あぁ……」
自分が彼らのことを忘れていたせいでこんな結果になったのだという気がしてならなかった。
ちゃんとその姿を目にとらえていられたなら、きっと殺させはしなかったのだ。
二人が死んだのは自分のせいだという気がしてたまらなかった。
己が許せず、なぜ彼らの姿が見えないことにこれほど長く気づかなかったのかと、声にならない声で自分をなじり、叫び、頭の中がいくつもの断罪の言葉で埋め尽くされた。
けれどのどからはただ、低くちいさなうめき声しか出なかった。
自分には己を責める権利すらないとわかっていた。
「あぁ……」
彼らが殺される時、わたしはこの世界のどこにもいなかった。
苦しくて痛いことがこわくて、人から殺されそうになるのも、逆に殺すこともこわくて。
レダに言われるがまま甘え、心の奥底で目を閉じ耳をふさぎすべてに背を向けてただ、おびえていた。
ロイドはミシェルを守ろうとしたのに。
わたしは誰も守れなかった。
何も、できなかった……
「ああ……!」
泣いて泣いて泣いて、吐いた。
体の中にあるすべてのものを出そうとするかのように、レダは嘔吐した。
驚いて、背中をさすろうとしたメメリーの手を払いのけ、うずくまってまた泣いた。
長い、ながい間、レダは動くこともできず、何もできず、ただうずくまっていた。
そして夕暮れ頃、ウェルズ侯爵配下の騎士に知らされたクリフトン司祭が現れると、そばにじっと座っていたメメリーとともに教会へ戻された。
一章、終。




