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剣の聖女は覇王と踊る  作者: 縞白
一章 剣の聖女
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八話 唐突な終わり。そして始まりが降臨する。





 初夏。


 魔獣に噛まれた足の傷がなかなか治らず、レダは長く()せっていた。

 それでもガロンに解毒してもらい、司祭たちが毎日様子を見て治療を続けたおかげで、傷口は膿みも腐りもせず、ゆっくりと治っていった。


 すこしずつ動けるようになると、レダはベッドから起きあがり、歩く練習をした。

 メメリーはそれを助けたそうにじたばたしたが、レダは相変わらず冷たく突き放した。


「だれかにすがってばかりいたら、あるけるようにならないから、てをださなくていいの。

 じぶんのしごとにもどりなさい、めめりー」


 うう、と獣のようにうなり、メメリーはそれからもしばらく近くを右往左往していたが、自分の方をまったく見てくれないレダに悲しげな顔をして、しょんぼりと肩を落とし仕事へ戻った。


 今までメメリーがまとわりついて離れなくても邪魔にせずかわいがっていたレダの、このいきなりの変化について、最初、周りの人々は「どうしたのだろう?」と不思議に思った。

 けれどきっかけは何であれ、メメリーが一人でも働けるようになったのは良いことだ、と前向きに考える。

 そしてメメリーにできそうな仕事を教えながら、なかなかケガから回復できないでいるレダを、あたたかく見守った。


 レダは毎日、歩く練習をした。

 手だけでできそうな仕事があれば手伝い、子ども達がそばに来ると、不器用な笑みを作って、美和子がしていたように彼らの話を聞く。

 子ども達の声が聞こえる時、心の奥底で、美和子はすこしだけやすらいだ顔をした。



 そんな生活の中、元から貧しかった食事が、だんだんともっと厳しいものになっていくことにも。

 街から人が減り、商人達が来なくなってきたことにも。


 教会の奥から動けず、あまり多くを食べられないレダは気づかなかった。



 けれどある日、いつものように歩く練習をしていたレダは、クリフトン司祭と助祭がちいさな声で話すのを聞いた。


「本山の助けを待っていては、遅すぎるのではないでしょうか。できるだけ早く、子ども達を安全な場所へ移した方が」

「そうですね。隣国の動きはあまりにも急すぎる。何が起きているのかはわかりませんが、ともかく、勢いがついているものは危うい……」


 不穏な空気はすぐに察したが、レダにはどうすることもできない。

 翌日、クリフトン司祭が教会にいるものすべてを集めるのにロイドに手を貸してもらって参加し、皆と一緒にその話を聞いた。


「みなさん、落ち着いて聞いてください。……もうすぐこの街は、南にある国から攻撃をうけるかもしれません」


 皆はざわめいたが、それは「やっぱり」という不安が的中したようなざわめきで、前からそうした予兆があったのだと、レダは初めて知った。

 耳をすませて司祭の話を聞く。


「これはまだ、確かなこととは言えません。ですが私達はエルゼイン聖教の本山の方にお願いして、みなさんを北へ移すための馬車を手配してもらっていました。

 ただここ最近、一気に南から来る人々がいなくなり、何の話も伝わってこなくなってしまっています。本山の馬車を待つ時間があるかどうか、わかりません」


 だから教会の馬車を使います。


 クリフトン司祭はそう言って、ちいさな子ども達から順番に北へ移すと説明した。

 皆不安そうな顔をしていたが、弱きものを助けよというエルゼインの教えに従い、最も弱きものである幼い子ども達を先に逃がすことに、異を唱える者はいなかった。


「わたしは、さいごでいいです」


 ひどいケガからいまだ回復しきっていないレダは、真っ先に避難させるべきものとして名前をあげられたが、そう言って断った。


 自己犠牲精神などではまったくなく、ただ「時がきたのだ」と感じたからだった。


 きっとグランベルクはこれを待っていたのだろう。

 ケガをして何もできないレダにどうせよというのか、さっぱりわからないけれど。



(あたしはにげない。

 もう、にげたりしない)



「もっとちいさなこたちを、たくさんにがしてあげてください」


 静かな決意とともに言うレダに、大人達はしぶしぶと引きさがり、他の子ども達を馬車へ乗せた。

 まだちいさいメメリーも当然馬車に乗せられたが、皆が目を離した隙に飛び降りて、レダのベッドの下へ隠れた。


「出ていらっしゃい、メメリー。あなたは私達と一緒に行くのよ」


 優しい修道女がそう声をかけても、メメリーはかたくなに拒んだ。


「めめりー、れだと、いっしょ」


 レダが修道女達と行くよう言っても、こればかりはだめだった。

 しまいには誰もメメリーにばかりかまっていられなくなり、ちいさな頑固者は己の望み通り、人の少なくなった街の孤児院に、慕う人とともに残った。





 ◆×◆×◆×◆





 数日後、それは空が落ちてきたかのような轟音とともに始まった。


 国同士がどんな関係で、何が起こっているのかなど、庶民はほとんど何も知らないまま戦火へ飲みこまれた。

 教会のちいさな馬車では全員を逃がすのに間に合わず、レダを含めた数人の孤児達も巻き込まれるその中にいた。


「こちらへ、早く、早く来なさい!」


 聖典にかわって剣を手にしたクリフトン司祭が怒鳴り、逃げ遅れた人々を教会へかくまった。

 街を囲う石造りの外壁は大型の投石機によって打ち砕かれ、あちこちで火の手があがり、悲鳴や怒号が絶え間なく響いている。


 教会の奥でその一つ一つの音にびくびくとおびえる人々の中、ぴったりと身を寄せてくるメメリーを片腕に抱いて毛布にくるまったレダは、不思議と落ち着いていた。

 獣が夜明けを待つように、静かに心をまどろませながら、感覚を研ぎ澄ませていく。



「みんな、ころされちゃうの…?」


 同じ部屋で毛布にくるまってぶるぶると震えながら、泣きそうな声でミシェルが訊いた。

 隣に座っていたロイドはその小さな肩を抱いて、自分自身へ言い聞かせるように答えた。


「大丈夫だ、殺されたりしない。ここは教会だぞ。きっと神さまが守ってくれる……」


 ミシェルはこっくりとうなずき、ロイドの腕の中で聖句を唱えた。





 昼頃。

 街の大半を攻め落とした隣国の兵士たちは、とうとうエルゼイン聖教の教会にも踏み込んできた。



 多勢に無勢。

 司祭や助祭や修道士、逃げてきた街の人も加わって男達が必死で応戦したが、防ぎきれるものではない。


 あちこちから入りこんでくる兵士達に追い立てられるようにして、教会にいた人々は逃げまどい、ひとり、またひとりと断末魔の悲鳴をあげて命を落としながら、最後には聖堂ひとつに追い込まれてそこに立てこもった。


 レダはメメリーに支えられて歩き、逃げまどう人々とともに聖堂のすみに座った。

 傷だらけのクリフトン司祭があちこちから血を流しながら、それでもこの最後の砦の扉を開けられないよう、修道士達とともに長椅子や戸棚を扉の前に積み上げるのを見ていた。


(あたしはなにかを、まちがえたの)


 特別なことなど何も起きず、木造の家畜小屋が焼かれ、泣きわめく女の人が引きずっていかれ、剣を手にした隣国の兵士達に街の人々が殺されていった。


 それは教会の隣に住む足の悪い老女だった。

 時折道で見かける愛想の良い少年だった。

 朝と夜の礼拝に毎日かかさず教会を訪れる、信心深い老人だった。


 何も悪いことなどしていない。

 なにもしていない、ただそこに暮らしていただけの人が殺されてゆく。



 容赦なく、慈悲もなく。



(あたしもここで、ころされるの)


 腹の底で煮えたぎるその感情を何と呼ぶのかは知らない。

 時が一瞬を過ぎるごとに烈火のような感情を育んでゆくレダに、心の奥底で美和子がおびえていたが、今はどうでもいい。


(あいつをころすまえに、ころされてたまるか……!)


 思い、天井近くにある窓を見あげ、常と変らぬ陽射しに目を細めた。


 瞬間。




 バリンッ! と激しい音を立てて聖堂にあるすべてのガラスが割れ。

 ドォォォン! と大きな地響きが轟いた。




 何が起きたのかすぐにはわからず、誰もが頭を抱えて身を縮めて、数秒。

 ぱらぱらとガラスのかけらが降るかすかな音の中で、おずおずと顔をあげた人々は、聖堂の中央の床に突き刺さる、一振りの剣を見た。





 黄金の柄にはめ込まれた、青の宝玉。

 陽射しを浴びて雪のような白銀にきらめく、細身の刃。



 この上なく美しい、黄金の剣。





 誰も、何も言わなかった。


 けれど唐突に現れたその黄金の剣が、神に遣わされた救い主のような存在であることを、人々は祈るように感じた。

 他にすがれるものが、もう本当に何もなかったから、誰もが必死で信じようとした。



 これで助かる。

 きっと私達は、助かる。



 街から逃げてきたひとりの老人が、こらえきれずその剣に飛びつき、けれど剣の放った光に弾かれて後ろに倒れた。

 二番目にその剣に飛びつこうとした修道士も弾かれ、三番目に手を伸ばした助祭も弾かれ、四番目以降も、皆が差し出したすべての手を、まばゆい光で剣は拒んだ。



 そばについて離れようとしないメメリーに体を支えてもらい、聖堂のすみで、レダはよろよろと立ちあがった。



 それは手にすると羽根のように軽く、無限にさえ思える力を与えてくれる不思議な剣。

 柄にはめ込まれた宝玉が青いのは、主の瞳の色に染まったから。

 その身がちいさいのは、まだ幼い主に合わせて変化したから。


 覚えている。

 ちゃんと、覚えている。



 青い目に黄金の剣を映して、レダは静かに微笑んだ。





(それは、あたしのつるぎ)





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