<EP_006>車内で昼食を……
ただ、当時の私はまだ、そこまでの絶望を感じていなかったというのが本音だ。
(今の仕組みを応用すれば、なんとかなるじゃろ)
そんな甘い見通しで、私はその無茶振りを受け入れてしまった。
本来なら「全部署規模で運用するなら、外注してください」と撥ね付けるべき案件だったのだ。
もし過去に戻れるのなら、当時の自分を背後から助走をつけて全力で殴り飛ばしてやりたい。
幸いにも、全部署を回っていたおかげで、連携が必要な項目には心当たりがあった。
私はそれらをピックアップし、全部署に入力してもらう運用を考えた。
二ヶ月後、私は「全部署共通・To Doチェックリスト生成システム」とでも呼ぶべき代物を完成させた。
今振り返っても、素人がよくあそこまで形にしたものだと感心してしまう。 そして、悪夢のような運用が始まった。
素人SEもどきが短期間で突貫工事したシステムである。
当然、各部署から不具合の報告が雨あられと降ってきた。
そもそも、システムが出力するのは「これが重要だろう」という私個人の優先順位に基づいたものに過ぎない。現場ごとに異なる重要度や、私の知らない専門的な優先順位など、何一つ考慮されていなかったのだ。
システムに従って動けば現場で摩擦が起き、入力ミス一つで同じタスクが複数の人間に割り振られる。
原因がユーザー側の入力ミスであっても、それはすべて「システムの不具合」として私の元に持ち込まれた。
最初のうちは丁寧に原因を探っていたが、限界はすぐに訪れた。
他部署の人間がどこで何を間違えたかなど、データを統合しているだけの私に判別できるはずもなかった。
特殊な案件が舞い込むたびにシステムは悲鳴を上げ、私は怒りに震えながら、場当たり的な修正パッチを当てて急場を凌ぐしかなかった。
それでも、下手に動いてしまうのが一番タチが悪かった。 朝、出勤してタイムカードを打とうとすると、不具合報告の付箋が貼られている。
それがない日はホッとして自席に向かうが、今度はデスクの上やPCのモニターの付箋が私を待ち構えていた。
私が対応を失念していようものなら、「どうなってるんだ!」と怒号に近い内線が鳴り響く。
(俺だって、広報の仕事があるんじゃ!)
何度叫びたかったか分からない。そのたびに「今、修正しています」と、社内クライアントへ向けて死んだ魚のような目で謝罪を繰り返した。
この頃には、私の名前は全部署に知れ渡っていた。
皮肉なことに、広報の仕事さえもO室長を飛び越えて私に直接依頼が来るようになった。
嫌われ者の室長より、当たりの柔らかい私の方が話しやすかったのだろう。
だが、それが室長の不興を買った。
彼からの当たりは日に日に険悪さを増していく。
システム修復に追われていると、「おい、この仕事はまだか。お前が終わらないと俺が帰れないだろうが!」と罵声が飛ぶ。
広報の仕事を優先すれば、内線で不具合のクレームが入る。
私はもう、どうしていいか分からなくなっていた。
「申し訳ありませんが、今は広報の仕事を優先させてください」
全部署に頭を下げて回ったが、焼け石に水だった。
食堂で昼食を摂っていれば他部署の室長に肩を叩かれ、「例の件はどうなった?」と進捗を詰められる。
喫煙所に行けば「こんなバグが出た」とクレームの嵐。
いつしか私は食堂を避け、喫煙所にも行かなくなった。
狭い軽自動車の中で一人、弁当を食べ、紫煙をくゆらす。
そこだけが、社内で唯一呼吸ができる場所だった。
だが、休んでいても仕事が減るわけではない。
私は早々に車を出て、広報部へ戻りキーボードを叩く。
膨大なタスクを抱え、定時に終わるはずもなかったが、O室長は冷淡に言い放った。
「残業は一切認めない。お前が勝手に始めた仕事で私の管理能力を疑われるのは心外だ」
私は定時に一度タイムカードを切り、室長が帰るのをじっと待った。 彼の気配が消えた後、社用PCをこっそりと持ち出し、誰もいない会議室へ潜り込む。
カーテンを固く閉め切り、漏れ出す光を遮りながら、一人孤独にパッチを作る作業を夜更けまで続けていった。




