<EP_004>新入社員のKくん
いつものように部署を回っていると、新人のKくんが上司に詰め寄られている場面に出くわした。
(ああ、またか……)
もはや日常茶飯事だった。
私にデータをくれるAさんが「ねえ、清水さん、どうにかならない? 見ていて可哀想で。あのままじゃ彼、辞めちゃうよ」と耳打ちしてきた。
Kくんは他社で一年ほどの経験があるという触れ込みで、即戦力として期待されて入社したはずだった。
だが、現実は厳しく、実力不足を露呈しては周囲の苛立ちを買っているようだった。
涙目で自席に戻ったKくんに「どうした?」と声をかける。
彼は、デスクワークの山に思考が飽和状態で、現場に出ても集中できずミスを繰り返していると吐露した。
彼のデスクに散乱する書類を眺める。庶務課の勤怠表と、私が作った事故報告書集計システムを応用すれば、彼が回るべき現場のチェックリストを自動生成できるはずだ。
このまま彼が潰れてしまうのは忍びない。
「Kくん、この書類、少し借りていいか? ちゃんと返すから。あと、近いうちに時間ある?」
私は前日の書類を預かると、友人のMに連絡を入れ、Kくんの激励を兼ねた食事会をセッティングした。
広報部に戻ると、自分の仕事を音速で片付け、借りた書類を精査する。
頭の中でロジックを組み、勤怠データと連動させて必要な情報を抽出していく。
今にして思えば、大学時代の恩師が口を酸っぱくして言っていた「システムを組むなら、まず仕様書を書け」という教えを遵守していれば、後の地獄は回避できたのかもしれない。 だが、その時の私は、学生時代以来となる「システム構築」という万能感に酔いしれていた。
恩師の戒めを無視し、設計図もないまま魔法の杖を振りかざしてしまったのだ。
Mを交えたファミレスでの食事会で、私たちはKくんの悩みを聞き、ひたすら励ました。 彼は根が素直な良い子で、話が進むにつれて少しずつ笑顔を取り戻していった。
それから一週間、私は空き時間をつぎ込んで「Kくん専用・業務チェックリスト作成システム」を完成させた。
とりあえずの数値を入れ替えてテストを繰り返したが、期待通りの挙動を見せてくれた。
システムを渡して使い方をレクチャーすると、Kくんは「頑張ります!」と満面の笑みで応えてくれた。
Aさんの話では、その後、Kくんの仕事は劇的に改善されたという。
滞っていた業務がスムーズに回り始め、叱責される回数も目に見えて減ったそうだ。
Aさんも誘い、今度はAさん、Kくん、M、私の四人で飲みに行くことになった。
この集まりは今でも続く大切な交流となっているが……悲劇の種はこのシステムそのものに宿っていた。
ある日、部署回りをしていた私に声がかかった。
「清水、ちょっといいか?」
Kくんの部署の室長だった。 彼は私を倉庫代わりに使われている会議室へと連れ込むと、低い声で切り出した。
「例のKに使わせているシステムだが、あれ、部署全体で使えるように作り直せないか?」
「……全員の行動をデータベース化すれば、不可能ではありませんが……」
私は思わず語尾を濁した。
部署全員の膨大なデータを入力し、管理するのは手間以外の何物でもない。
「そうか、なら頼むよ」
室長は事も無げに言った。
「いえ、全員分の入力は現実的ではありません。あくまで新人一人のサポート用に組んだものですから、全体で動かすとどこかで衝突が起きる恐れがあります」
私の精一杯の抵抗を、室長は聞き流した。
「データを入れれば動くんだろ? なら問題ないじゃないか」
(いや、そのデータを統合して破綻させないように組むのが、どれだけ面倒だと思っとるんじゃ……)
私は内心で頭を抱えた。
「よし、必要な項目をリストアップしてくれ。俺から皆に周知するから」
室長は私の背中を軽く叩き、一方的に話を打ち切って部屋を出ていった。
(うへぇ……厄介なことになりよった……)
私は、Kくんを助けたことを、少し後悔した。




