<EP_012>2年ぶり2度目の胃潰瘍
システムの刷新を命じられた私は、それをとことん無視し続けた。
(できるわけねえじゃろが……!)
私の心に渦巻くのは、ただそれだけの拒絶だった。
だが、そんな私の内情などお構いなしに、N室長は顔を合わせるたびに「刷新はいつだ?」と詰め寄ってくる。
「まあ、暇になったらですよ」と適当に聞き流してはいたが、同様の催促は施設長からも飛んできた。
あの日、私は胃の底からせり上がるような不快感で目を覚ました。
まだ夜明け前だった。
二度寝を試みるが、不快感は増すばかりで、横になったまま動けずに時間を潰した。
出勤時間が近づき、這いずるように立ち上がった瞬間、猛烈な眩暈が襲った。
どうにか家を出て、車に乗り込む。
だが座った瞬間に世界が激しく回転し、私は開いていたドアから外へと転がり落ちた。
(あかん……目が回っとる……)
もはや出社など不可能だった。
私は震える手で携帯を取り出し、119番を叩いた。
救急車を待つ間、T室長へ電話を入れる。欠勤の報告と、今から救急搬送されることを告げた。
到着した救急車の中で、私は必死に手を挙げて隊員を呼んだ。
肩を担がれ、車内へと運び込まれる。
意識が遠のく中、生体情報モニターに刻まれた「ツムラ」のロゴを見て、(ツムラって、こんな機械も作ってるんじゃな。バスクリンだけじゃないんか……)と妙に冷めた思考が頭をよぎったのを覚えている。
以前かかった病院を伝えたが、あいにく交通事故の対応で救急外来が埋まっており、別の病院へと搬送されることになった。
搬送先の病院で、精密検査のためにMRIへと入れられた瞬間、私の身体が激しく震え出した。
直ちに装置から引きずり出され、目の前にガーグルベースを突き出される。
その中に、私はどす黒い液体を大量にぶちまけた。
(あ、これ知ってるわ。血じゃ。……いっぱい出たのぉ……)
朦朧とした意識の片隅で、他人事のようにそんなことを考えた。 その病院では手に負えないと判断され、その日二度目の救急搬送が決まった。
救急車を待つ間、傍らにいた看護師に「あれ、血ですよね? 」と尋ねた。
「大丈夫よ、鮮血じゃないから」という、よく分からない慰めが返ってきた。
次に気づいた時、私は救急外来のベッドに横たわっていた。
視界の端に映った血圧計の数値は「上50台」。見たこともない低血圧に、どこか現実味を欠いたまま意識は再び闇に沈んだ。
次に目を覚ましたのは、静かな病室だった。
枕元には、今にも泣き出しそうな顔をした母が座っていた。
「……ん? 病院?」
私の声に気づいた母が、慌てて医師を呼びに走る。
ふと、強烈な便意を催した。私は点滴棒を杖代わりにして、ヨタヨタと病室のトイレへ入った。
鉄剤でも飲んだかと思うほどの漆黒の便が出て、私は自分の体内で起きていた異常を改めて突きつけられた。
ベッドに戻って横たわっていると、医師が入ってきた。胃潰瘍による緊急手術を行ったこと、そして少なくとも一週間は絶対安静であることを告げられた。
「……はい」
医師の声を聞き終えると、私の意識は再び深い泥の中に落ちていった。




